第三章 大戦前夜
帰郷
ACU2308 2/8 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 帝都ブルグンテン
「うむ。君の活躍は実に素晴らしい! 今後とも活躍を期待するぞ!」
フランツ・ヨアヒム・フォン・ローゼンベルク東部方面軍総司令官。
端的に言えばうるさいおっさんである。いつも陽気で距離が近い。一緒にいると疲れる類いの人間だ。
「じゃあ、これを受け取ってくれ。この年で柏葉付騎士鉄十字章とは、君の未来は明るいぞ!」
「……はっ」
特に何も答えず、敬礼をした後、勲章を受け取った。
柏葉付騎士鉄十字章は、軍人に与えられるものの中では帝国で最も名誉ある勲章である。
つまりダキアでのシグルズの活躍がすこぶる評価されているということだ。メレンの(ほぼ)無血開城の立役者であるのだから、当然と言えば当然ではあるが。
これでシグルズの名は帝国全土に1ヵ月くらいは轟くことになるであろう。
○
ACU2308 2/19 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 リンツェ村
「あら、シグルズ。脱走でもしてきたの?」
「してないよ……ちゃんと用事があって帰ってきた」
戦争は一旦は終了した。そこで、師団ごと後方に下げられている間、ヴェロニカを連れ故郷に戻る許可が出た。
「——で、どうかな? 姉さん」
まず、どうせ軍人となって負担はかけないからヴェロニカの里親になって欲しいと、エリーゼに素直に説明した。
「ええ。いいわよ」
——即答!?
「ほ、本当?」
「本当よ。けど、そうするとシグルズが叔父さんになっちゃうけど、いいの?」
「ああ…………」
言われてみればそうである。姉が母となるのなら、自分は必然的に叔父となる。考えてもいなかった。
しかし、ヴェロニカとシグルズの年齢差は、恐らく5つもない。とても叔父のように振る舞える気はしなかった。
「まあ、その、書類上は叔父なだけで、妹みたいな感じでいても問題ないよね」
「まあ、そうねー。それが自然だと思うわ。私もそうしようと思うし」
「よかった」
「但し、これからはちゃんと家族として接すること。いいわね?」
エリーゼはヴェロニカが軍人一色に染まるのが気に入らないらしい。
「わ、分かった」
「よろしい」
必要書類の用意はエリーゼが一瞬で完了させた。当初こそ悪いとは思ったが、任せて大正解だったとシグルズは思った。
因みに、年齢は適当に14才ということにしておいた。
こうして、ヴェロニカを義妹ということにすれば、眼の色も髪の色も全く違うきょうだいが出来た。
「あなたが、私の親になるの?」
あどけない瞳で義姉を見つめるヴェロニカ。
「ええ、そうよ。まあ、親っていうよりは、お姉ちゃんって感じかな」
「分かった。じゃあ、お姉さん」
——か、かわいい。
「え、ええ。そうね。じゃあ、シグルズはお兄さんになるのかしら」
「それでいい?」
「ああ。いいんじゃないかと……」
そこでシグルズは問題を発見した。
軍に入って『お兄さん』などと相手を呼ぶのは、場違い感が否めない。
「ここではいいけど、後々に困る気がする」
「?」
「そうねー。軍人なら普通は名字で呼べばいいけど、名字はおんなじだから……」
シグルズはシグルズ・デーニッツで、ヴェロニカはヴェロニカ・デーニッツとなった。デーニッツでは区別がつかない。
そんな話をヴェロニカは理解してくれたようである。
「なら、シグルズ?」
「でも、多分僕の方が偉いからな……」
家でならそれで問題ないが、軍ではなんとも。
「じゃあ、どうすればいい?」
「上司を名前で呼びたい時……じゃあ、シグルズ様とかはどう?」
「様!?」
それは流石に大げさ過ぎる気がする。まるでシグルズが君主になったかのような感じだ。
「シグルズ様、でいいの?」
「うーん、まあ、いいんじゃないかな」
「分かった」
取り敢えずそういうことにしておく。時が来れば、いずれまた考えることになるだろう。
「それで、シグルズ。ヴェロニカはどれくらいここにいていいの?」
「半年くらいかな」
「あら、そんなに?」
「うん。うちの師団長が約束してくれてる」
ダキアには停戦と軍備縮小の監視の為、およそ10万の兵が配置されている。だがそれは大して戦っていない部隊や他の方面軍からの応援であって、中央軍や北欧軍は皆、休息を取ることとなっている。
その期間が半年であって、その間にゲルマニア語や礼儀作法を覚えさせてこいというのが師団長の命令である。
「分かったわ。じゃあヴェロニカ、よろしくね」
「よろしく」
「ああ、僕もな」
「うんっ」
ヴェロニカはここに暫くいられるのに安心してか、笑みを浮かべていた。
○
ヴェロニカの学習能力は全般的に非常に高かった。
既に基本は出来ていたゲルマニア語は、あっという間に純粋ゲルマニア人並みに成長した。
来たときはフォークとスプーンの扱いすら知らないほどであったが、すぐに最低限の礼儀作法は習得した。まあ軍人に貴族のような行儀は必要ないだろう。
それともう一つ。
「じゃあ今日は、10パッススくらいを目標に飛んでみようか」
「はい! 了解です」
気付けば、あんなに怖がっていた空を、ヴェロニカは楽しげに飛び回っていた。少なくとも彼女が
どれほどまでの魔法が使えるかを見極めるのも、シグルズが拝命した任務の一つである。
因みにエスペラニウムは、師団長が横流ししてくるものに加え(それもダメだが)、エリーゼがガラティア帝国から個人輸入してきたものを使っている。
エスペラニウムは重要な戦略物資で基本的に禁輸の筈なのだが。
とにかく、そんな後ろめたい事情に囲まれながらも、ヴェロニカはゲルマニアに馴染んでいった。
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