戦後処理

 ACU2308 2/4 戦時首都メレン近郊 第18師団司令部


「で? シグルズ、君は、幼女を誘拐してくるような小児性愛の持ち主だったのか?」

「まあそれは否定しませんが——今回は違うのは閣下も分かりますよね?」

「——ああ。実に興味深い。君の判断は恐らくは正解だ」


 からかわれはしたが、ヴェロニカを近くに連れていった瞬間、オステルマン師団長は事情を理解してくれた。


 この異常な波動的な何かは、シグルズ以外の魔導士にもちゃんと感じ取れるようだ。もっとも、その範囲は相当狭かったが。


「それで、この子をどうするつもりで連れてきたんですか?」


 と、ヴェッセル幕僚長。


 しかしシグルズには特に考えがなかった。そもそもこの気配が何なのかすらよく分かっていないのだから。


「だったら、まずはこれを持ってみろ」

「か、閣下?」


 師団長はどこからか魔導弩を持ってきて、ヴェロニカに押しつけた。


 ヴェロニカは戸惑いながらも——オステルマン師団長以外全員が戸惑っているが——それを小さな手で受け取った。


 そして師団長はしゃがみこんで、ヴェロニカに弩の使い方を指南し始めた。


「あの、閣下は何をするつもりなんでしょうか?」


 幕僚長に尋ねた。


「さあ。私に聞かれても分からない。師団長閣下はそういう人です」

「はあ……」


 しかし何となく分かってきた。


 これは恐らく、魔導適性検査をここでやろうとしているのだろう。もしかしたらヴェロニカはとてつもなく適性が高いのかもしれない——と思うのは自然な流れだ。


 それに必要な設備は揃っていないが。


 そしてそれを用意出来るのは一人しかいない訳だが。


「シグルズ、的を作ってくれるか」


 ——やっばりそうなるか。


「了解です。ですが、どういう的を作ればいいのでしょうか?」

「材質は鉄鋼。厚さは1.5パッススくらいで頼む。炭素の量は適当で構わん」

「了解しました」


 魔法で指示通りに鋼鉄の的を作る。大きさは人間くらいの厚板だ。師団長もそこまで精密なものは求めていないだろうと、大体で作った。


 これで一応準備は整ったことになる。


「よし。じゃあ、あの的を狙って、教えた通りに引き金を引くんだ。いいな?」

「うん。分かった」


 師団長が直々に矢をつがえ、後は引き金を引くだけの状態になっていた。


「……やっ」


 可愛らしい声を上げて、ヴェロニカは引き金を引いた。合金製の矢が飛び出す。


「おお……」

「すごいじゃないか、ヴェロニカ」

「そうなの?」


 結果はおぞましい程のものであった。


 矢は的の装甲板を貫通せんばかりの勢いで、もう少し薄かったら死人が出ていたかもしれなかった。


 これは帝国の歴史始まって以来、恐らく最高の成績だ。


 このヴェロニカは、師団長を遥かに凌ぐ潜在能力を持った魔女なのだ。やはり連れてきたのは正解であった。


 この力がダキアに渡っていたら、面倒な敵がまた一人増えていたことだろう。


「よし、私は決めたぞ。この子は今日からゲルマニアの魔導士だ!」


 高らかに宣言するオステルマン師団長。しかし速攻で苦情が飛んでくる。


「閣下、残念ですが、この子は敵国の人間です。そう簡単に軍に入れることは出来ません」


 戸籍もありませんですし、と続けるヴェッセル幕僚長。彼の指摘はいつも正しい。


「じゃあどうしろっていうんだ? ハインリヒ」

「はい。幸いにもダキアの戸籍はないようですから、我が国の戸籍を与えるのが最も簡単で確実な方法でしょう」


 当然ながら、ゲルマニアの軍人になるにはゲルマニアの戸籍を持っていなければならない。


「戸籍——っていうのはどうしたら取れるんだ?」

「そうですね……私は法律家ではないので詳しいことは分かりませんが、捨て子として誰かの養子にするのがよいかと思いますよ」


 ヴェッセル幕僚長がやけに博識なのとオステルマン師団長が法律に関心が無さ過ぎるのを面白がりつつ、シグルズも幕僚長と同意見であった。


 孤児院で戸籍を作るという手もなくはないが、この歳で拾われたというのは無理がある気がした。


「私は、どうなるの?」


 シグルズの腕をつつきながらヴェロニカが。


「多分、誰かが親になって、君を育てることになるだろう」

「そう。私は軍人になるの?」

「まあそうな……いや、そうだな……」

「?」


 ——ヴェロニカの意思をまだ聞いてないじゃないか。


 ヴェロニカの人生を汚い大人たちが決めるのは、誉められたことではない。選択権が与えられるべきだ。


「師団長閣下。いいですか?」


 ヴェロニカの意思をきちんと確認すべきだと伝える。


「確かに……そうだな。そうするべきだ。ヴェロニカよ、君は軍人になりたいか?」


 何かが違う気がしたが、まあいいだろう。


 対するヴェロニカの回答は——


「うん。あの町から出れるなら、何でもいい」

「そう、か。分かった。君には私の給料からそれなりの養育費を出すと約束しよう」


 帝国に60人しかいない師団長となれば、結構な給金をもらっていることだろう。ここの師団長からは全くそんな感じがしないが。


 それで生活費の方は何とかなるとして、問題は誰が里親となるかだ。


「里親は、軍人より一般人の方がいいかと」

「確かにな。しかし、軍人以外にマトモな知り合いはいないんだが」

「それは、困りましたね……誰か、頼りになりそうな人を知りませんか?」

「あのー」


 シグルズはゆっくりと手を挙げる。


 彼には心当たりがあった。里親として人間的に優れており、経済的に余裕がある人物である。


 と言うか、元よりシグルズは彼女の家の養子である。


「僕の姉——義理の姉なら、受け入れてくれるかもしれません」

「ああ、そう言えば、シグルズは養子だったな」


 その後、一番適役なのはシグルズの義姉——エリーゼだろうということで決着がついた。


 ○


 ACU2308 2/7 神聖ゲルマニア帝国 ノイエスライヒ大公国 首都イラクリイヴ


 ウクライナとベラルーシにまたがるくらいの位置にあるノイエスライヒ大公国に、ピョートル大公とハバーロフ大元帥は赴いた。


「——講和の条件は、このようになります」


 数枚の紙をピョートル大公に差し出したのは、神聖ゲルマニア帝国外務卿のギルベルト・フォン・リッベントロップ伯爵である。


 外務卿でありながら、見た目の格好よさから社会革命党の宣伝に一役買っている男である。つまりイケメンである。


「ほう……」


 リッベントロップ外務卿が出した草案には、賠償を要求しない代わりに、関税の決定権をゲルマニアに与え、軍備を必要最低限に縮小すべし、とあった。


「……よかろう」

「で、殿下!? 関税自主権を捨てるおつもりですか!?」

「この戦争ではっきりした。では、ゲルマニアには勝てない」

「っ……」


 大公はまだまだ諦めていないと、ハバーロフ大元帥には読み取れた。


 ○


「国爾をこれへ」

「はっ」


 ダキア大公国の国璽を、ピョートル大公は、条約批准書に押した。


 かくして、講和条約、イラクリイヴ条約は締結された。戦争は、一先ず終結した。

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