空中戦Ⅱ
——そうだ。レモラの時と同じ作戦でいこう。
レモラ一揆の時に何回か使った、相手の頭の後ろに木槌を生成して殴り付ける作戦のことである。
問題はこの銃撃の中どうやって向こうを覗くかであるが。
「……鏡だ」
思い付いた。
そうと決まれば話は早い。
シグルズを挟んで盾と反対側に大きな鏡を生成。
「これで寝てろ!」
敵に思惑を気付かれる前に速攻で木槌を生成。
そして殴り付け――
「そんな攻撃、見え透いているわ」
「何だって?」
魔女はすっと動いて打撃を回避。無駄な動きの一切ない華麗な飛行であった。
木槌はくるくる回りながら落下していく。
そして魔女は再び攻撃を続行。作戦は失敗である。
「どうする。どうすればいい……」
考える。
——盾を持ったまま突撃……
駄目だ。
相手に下がられるだけで状況は何も変わらない。それどころか隙を突かれて撃たれるだろう。
——交渉……?
やけくそな頭が出してきた提案。まずそんなものが通じる筈はないのだが。
しかし、一瞬でも油断を誘える可能性はなくもないかもしれない。やって損することもなし。
であればと、シグルズは交渉を持ちかけてみることにした。
「なあ、君の名前は? 教えてくれないか? 僕はシグルズ・デーニッツだ」
「——エカチェリーナ・ウラジーミロヴナ・オルロフよ」
「エカチェリーナか。いい名前だな」
「そう」
——何言ってんだ? 僕は。
というか、完全に会話が終了した。作戦は失敗。
一応、相手の名前を知ることは出来たが。
銃声が響き渡る中考える。次の作戦を。
だが思い付かない。この状況、こちらも向こうも決定的に決め手を欠いている。
いや、時間を稼いで有利になるのは向こうだ。このままではいずれ増援が来てシグルズは負けるだろう。
「ああ、もう。銃だ。銃があれば…………ん?」
突然、両手にずっしりとした感覚。
見ればそこには銃がある。それもこの世界の銃ではない。元の世界で見た突撃銃だ。
突撃銃。
現代の軍隊の標準装備であり、拳銃弾と小銃弾の間の中間弾薬を用い、全自動射撃を行う歩兵用の銃である。
「これは——StG44か?」
突撃銃としては最古の部類。
シグルズが抱えているのは、ナチスドイツの開発した世界初の実用的突撃銃StG44と思われる。
突撃銃として旧式だが、この世界では百年先の技術の結晶である。充分に強力だ。
——だけど、何でここに?
魔法は人の意思を具現化するもの。なれば、その構造を完璧に知り尽くしているものしか作れない。
しかしシグルズはStG44の設計図など見たこともない。
であるのに、確かにここにある。
引き金を引いてみる。
「おお……」
ちゃんと動作した。決して見た目だけを再現したという訳ではないようだ。
よくは分からない。本来ここにある筈はない。だが確かにここにある。なれば、使うしかあるまい。
「食らえ!」
盾から腕と銃だけを出し、引き金を引いて弾をばらまく。
「えっ、何? それ?」
エカチェリーナは驚き、咄嗟に回避した。と同時に攻撃が止む。
「今だっ!」
隙が生まれた。
刹那、盾から飛び出し、弾幕を展開する。引き金を引き続けるだけで毎秒十発の弾丸が放たれる。その密度は一発一発を人力で生成するエカチェリーナの銃とは比べ物にならない。
更には弾倉も勝手に生成してくれるらしい。弾倉を使い切ってそれを捨てると、また次の弾倉が生えてくる。
つまり撃ち放題だ。全自動小銃の恐ろしさを思い知らせてやるのだ。
「な、何なのよ!?」
エカチェリーナは必死に逃げる。もう攻撃をする余裕はなかった。
シグルズはそれを銃口で追いかける。
「うっ……」
そしてついに被弾した。撃ち抜かれたのは下腹部。
痛みもあるが、たちまち力が抜けていく。飛行の魔法も、維持すらおぼつかなくなってきた。
「僕は死体撃ちは好きじゃないんだ。行かせてもらうよ」
「ま、待ち、なさい……」
エカチェリーナにシグルズを止める力はもうなかった。ただ安全に落下するのに全力を費やすのみ。
シグルズはクレムリ目指して再び飛び始めた。
○
ACU2308 2/4 戦時首都メレン クレムリ
「戦況は、どうだ?」
ピョートル大公はハバーロフ大元帥に尋ねた。
「今のところ順調です。アンナ副長はよくやってくれています」
「そうか。ならいい」
エカチェリーナ隊長な案は大正解だった。
或いは、これからの戦争の形態は今のようなものが主になるのかもしれない。
「ん? あれは何だ?」
「さあ……鳥、ですかね?」
ここに向かって白い翼と黒い胴を持った大きな鳥が飛んできているのが見えた。
しかし、鳥にしては大きいような——
「人? 人か!?」
「げ、ゲルマニア兵です!」
「バカな! ここは5階だぞ!」
などと不毛な議論をしている内にもゲルマニア兵は疾風のような勢いで接近し、ついに硝子を突き破って本営に侵入した。
白い翼を畳んだゲルマニア兵は、黒い髪と黒い目をした若者であった。
「そいつを殺せ! 侵入者だ!」
ハバーロフ大元帥は叫んだ。と同時に警備兵の数人がゲルマニア兵に襲いかかる。
「流石にそれじゃあ、僕に勝てないと思うけど」
「何を言う! って、あ」
「蔦だ! 動けねえ!」「いやどちらかと言うと枝だろ!」「どっちでもいいだろ!」
警備兵は枝葉に拘束され、文字通り手も足も出なくなった。
○
「ええと——どうも。僕は神聖ゲルマニア帝国軍のシグルズ・デーニッツといいます」
「自己紹介とか要らないから!」
「いや、でも……」
一応は一国の主である訳だし、シグルズはそれなりの敬意を払うべきだと考える。それはおかしいだろうか。いや、おかしくはない。
「まあまあ落ち着け、大元帥」
こんな異常な状況でも落ち着き払っている、若く剽悍な面構えをした男。大元帥を呼び捨てる辺り、この人がピョートル大公その人であろう。ゲルマニア語は普通に話せるようだ。
しかし、シグルズには疑問があった。
「え、その人が大元帥?」
「ああ。そっちはハバーロフ大元帥だ」
「マジですか……」
「わ、私は……」
それだけは信じられなかった。
まあそんなことはどうでもいい。大元帥に用はない。用があるのは大公だ。
「ええ、簡単に言いますと、僕は大公殿下に降伏して頂きたく、ここに来ました」
「なるほど。やってくれる」
「返答を。まあ、60秒以内にお願いします」
「貴様っ! ふざけているのか!?」
「……」
「……」
色々うるさい大元帥は無視。それが大公とシグルズの共通認識となっていた。
大公は机をとんとん指で叩いて、暫し思考を巡らせた。
そしてシグルズの時間指定から48秒後。ついに回答を与えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます