空中戦

「はっ、ははは、お前ら、何て格好してやがる」


 開口一番にそれ。しかも腹を抱えて本気で笑っている。


「う、うるさいです……」


 それに関しては全然否定出来ないのが、アンナは悔しくてたまらなかった。泣きそう。


 だが、この無様な格好には意味がある。それも、この魔女に対抗する為のものだ。


「例の魔女です! 全員、手筈通りにいきましょう!」

「ほう……またやるか?」

「望むところです! 撹乱始め!」


 アンナの号令と共に、飛行魔導士隊は前後左右上下と適当に飛び回り始めた。


 これが第一の策である。


 全員がランダムに動くことで、あの銃の餌食になることを防ぐのだ。


 また、そうしつつも全体としては前進。徐々に緑の目の魔女を包囲していく陣形を構築していく。この魔女一人の為だけに数日かけて訓練したものである。


「面倒なことしてくれるじゃねえか……」


 魔女はじわじわと後退する。得物が銃である以上、包囲されるのは弱点の筈だ。


「だがなっ!」


 銃を構える。じっくりと照準を覗き込み、正確な狙撃を狙っているようだ。


「32!」


 そう唱える数字は恐らくは距離。魔女と狙った魔導士との距離だ。


 敵味方が飛び回りながらであるのに、その腕はやはり凄まじい。命中である。


 しかし——


「大丈夫!?」

「平気です! 副長!」

「何?」


 確かに命中した。しかし、前回のように腕が吹き飛ぶことはない。


 代わりに吹き飛んだのは、体を覆う枝である。


「……なるほどな。弾を遅くしたのか」

「ええ! あなたが時間で弾を爆発させているのは、お見通しです!」


 騎士道物語の主人公のようにアンナは叫んだ。


 体内で爆発するような弾丸を機械的に作るのは不可能だ。ならば、ちょうど体に入った瞬間に魔法で爆破するしかない。


 しかし、弾丸を目で確認するなんてことは当然無理。となると、距離を測定してそれに対応する時間で弾丸を爆発させるしかない。


 とても人間技であるとは思えないが、それならば不可能ではない。


 だがそれには弱点がある。


 今のように途中で弾丸の運動が妨げられると、時計が狂い、目標の手前で爆破してしまうのだ。


「木の枝ごときで弾速が変わるのか?」

「これはただの枝じゃありませんよ! 中はカチカチに凍りついているのです!」

「なるほど。やるじゃねえか」


 これで攻撃は封じた。だが魔女の運動能力は健在だ。ちょこまかと攻撃を躱し続けている。


「逃げ回ってばかりでは勝てないですよ!」

「勝つ必要なんざ、ないんだぜ?」

「ど、どういうこと、ですか?」


 魔女の言葉が本当だと仮定する。


 すると、これは飛行魔導士隊を引き付ける為の時間稼ぎというのが普通の解釈だろう。


 ——時間稼ぎ? 何の?


「何が目的なのですか!?」

「さあな? 私はただ、に言われたままにしてるだけだ」

「シラを切るつもりですか……構いません! この人は何としても排除します!」

「頑張るねえ、嬢ちゃん」

「うう…………」


 確かにアンナは小さい。だが確かに実力のある魔導士、いや、魔女なのだ。


 安易な挑発に乗せられて、アンナは集中攻撃を続行させた。


 ○


 ACU2308 2/4 戦時首都メレン上空


「大したことない奴らだなあ」


 ダキア大公国の戦時首都メレン。その上空を悠々と飛行する黒髪の若者が一人。


 シグルズである。


 城壁の上に陣取っていた敵の魔導士は排除し、今はメレンの中央に聳えるクレムリをめざしている。


 オステルマン師団長の悪巧みとは、城内に魔導士がいないうちにシグルズを送り込み、中にいると思われるダキア大公ピョートルに殴り込みをしかけることである。


 今のところシグルズに対抗出来るような魔導士はおらず、順調に進んでいた。


「ん?」


 どうやら強そうな雰囲気を纏っている魔導士が一人、空中に立っていた。


 全身を喪服のような真っ黒な服で覆った少女である。背中の羽が黒いのも相まって、本当に全部が黒い。


「あなたが例のレギオー級の魔導士ね」

「レギオー級かは知らないけど、多分、その通りだ」


 あれだけ派手にやらかしておいて、敵がシグルズの存在を察知していない筈がない。


「君一人だけか?」

「ええ。私だけよ。もしかしたら魔導士の不在を狙ってあなたみたいな人が来るかもと、私だけでも警戒していたの」

「そうか……」


 となると、この魔女は一人で任務をこなせる程の相当な実力者。それにこちらの考えを読んでいる。


 これまでの雑魚とは訳が違うということだ。


「僕はその先に行きたいんだけど、通してくれないかな? 出来れば人はあんまり殺したくないんだけど」

「通す訳がないわ。バカなの?」

「ぬ……」


 そりゃバカな質問であるのは間違いないが、面と向かって言われると傷付く。


 ——ちょっと冗談言っただけなのに。


 しかし、向こうがやる気ならば手加減の必要もなし。


「じゃあ、お手並み拝見といこうか?」


 シグルズには決まった武器がない。まずは相手の出方を見るのが最適な行動だ。


「ええ。聖なる神,聖なる勇毅,聖なる常生の者よ,我等を憐めよ。我が国を祐け給え。アミン」

「う、うん?」


 この世界にそういう感じの信仰篤い人がいるとは思わず、ドン引きしてしまった。


 しかし、その神々しい口上とは正反対に、彼女が構えたのは武骨な小銃。


 師団長のもののような回転式小銃ではなく、普通の燧石すいせき式銃である。備え付けの火打石を叩いた火花で火薬に着火する形式の銃のことだ。


「だったらこっちは——」


 シグルズは鋼鉄の盾を瞬時に生成した。全身を覆い隠せる大きな盾である。


「っと」


 まずは銃声。だが盾が揺らぐ様子はない。弾の威力を強化する系統の魔法ではないようだ。


「だった—— っ!?」


 続けざまに銃声。間は僅か3秒程度。前装銃で出せる早さではない。


「また!?」


 今度は更に間隔が縮まり銃声。


 と思えば次から次へと銃声が鳴り響く。


 それはまるで、元の世界の自動拳銃に撃たれているようであった。しかもリロードの必要なし。何発でも延々と撃ってくる。


 銃声とその度に弾丸が跳ね返る音が絶え間なく響く。


 盾の向こうの様子を窺おうにも、銃撃が恐過ぎて顔も出せない。


「ねえ、流石にそれはおかしくない!?」

「魔法は人の意思の力。鍛練を積めば何でも出来るのよ」


 魔女は自信満々に。


「鍛練、か……」


 魔法の正体は、少し考えれば分かる。


 弾を撃つ度に銃身の中に火薬と弾丸を一瞬で生成しているのだろう。


 しかし、言葉で言うのは簡単だが、実際にやるのは至難の技だ。


 魔法は基本的に細かいことが苦手である。何故なら魔法は人の頭の中にあるものを具現化するからだ。


 魔導適性の高さは、魔法による工作の質と何の相関関係も持たない。


 それを補うのが鍛練というものなのだろう。シグルズはそんなことを考えたこともなかった。


 悔恨の極み。


 シグルズは後れを取っている。いずれにせよ、何か手を打たなければ。

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