純魔導士部隊
――それだけでいいのか?
奇襲を仕掛けるにしても、平地では依然ゲルマニア軍が圧倒的に優勢だ。鉄床戦術を完璧に行えたとしても、失敗に終わる公算は高い。
では自分なら、シグルズがダキア軍の司令官であったなら、どのようにして状況を打開しようとするだろうか。
結論。
「機甲部隊」
地球で学んだ知識からすると、背後を突くのなら機甲部隊である。間違いない。
だが機甲部隊などこの世界には存在しない。
ではその代わりとなり得るものは何か。
「魔導士のみの部隊……あり得なくはないか」
ナチスドイツは戦車と自動車化歩兵のみの独立した部隊ーー機甲部隊を編成、運用するという革命を起こした。
それに匹敵する頭脳がダキアにあるのなら、或いは。
○
「師団長閣下、敵が魔導士のみによる部隊を編成し、攻撃してくる可能性があります」
「魔導士のみだと? さっきの進言は良いものだったが、それはなあ……」
「しかし、ダキア軍が我が軍に対して有効な打撃を与える方法は、それ以外に考えられません」
「だからと言って、ダキア軍がそんな馬鹿な真似をするとは考えられん。今回は却下だ」
「……失礼しました」
オステルマン師団長の頭が急に固くなったように、シグルズには思えた。
だが冷静になって考えると、それは当然なのだ。
確かにゲルマニアは魔導士の能力を高く評価している。しかし、それはあくまで歩兵の支援部隊としての魔導士だ。
魔導士のみによる打撃部隊という発想がないのである。
故にシグルズの提言は世迷い言として切り捨てられる。
「仕方がない、か……」
地球の歴史でもそうだった。
ナチスドイツが先進的な戦車の運用を実践するまでは、多くの国で戦車は歩兵を援護する為のものと考えられていた。
20世紀の地球人を超える思考を求めるのは、酷というものだ。
「いや、そうなのだから……」
であれば、ダキア軍がナチスドイツ並の先進的な考え方をする筈もなし。
ならばこれは杞憂だ。勝手に敵を過大評価して勝手に怯えていただけだった。
まず考えるべきはどうやってメレンを落とすかであろう。
と、誰もが思っていた。
○
「閣下! 今、ローゼンベルク閣下より、第34師団への救援命令が出ました!」
「34? どういうことだ?」
第34師団の持ち場は、こことは随分離れている。救援を命ずるならばもっと近くの師団にすればいいものを。
「そ、それが、ダキア軍の魔導士のみからなる部隊が出現し、戦線が崩壊しつつあるとのことです!」
「なっ、本当なのか!?」
「はい! 間違いありません!」
「まさか、シグルズが正しかったとはな……」
「ええ。そのようですね……」
これ程に苦い思いをしたことは、オステルマン師団長もヴェッセル幕僚長にもなかった。
しかし、後悔している暇はない。
「総員に告ぐ! これより我が師団は、第34師団及び周辺の師団の救援に向かう! 大砲は置いていけ! 全速力で向かうぞ!」
○
「なあ、シグルズ。ちょっといいか?」
「はい。構いませんが」
「さっきは悪かったというのが一つ。それと、実は、いいことを思い付いたんだがな——」
オステルマン師団長はこの状況を利用した悪巧みを考え付いた。
シグルズはそれに悪徳貴族みたいな笑みで応えた。
○
ACU2308 2/4 メレン近郊 ゲルマニア軍包囲部隊陣地
「地上部隊はそのまま攻撃を続行! 飛行魔導士隊は周辺の敵を攻撃して下さい!」
飛行魔導士隊副長のアンナがこの魔導士部隊の指揮官である。エカチェリーナ隊長は城内の守備に当たっている。
「本当に動きにくいな、これ」
自分たちの残念な格好を嘆く。
飛行魔導士隊は現在、全身を木の枝に包まれたような格好をしている。
そういう構造である為、全身を覆われていても動けないことはないが、動きにくいことは確か。
それに非常にダサい。
さて、それはさておき、戦況は順調の一言。
こちらの奇襲はある程度読まれていたようだったが、その程度の備えはものともせず、魔導士隊は敵陣に斬り込むことに成功している。
飛行魔導士隊が空中から攻撃を食らわし、混乱したところに突入するという算段だ。
接近すればこっちのもの。
一部の士官が持っている回転式拳銃を除き、ゲルマニアの小銃は接近戦には全くもって向いていない。
せいぜい銃剣くらいが有効な武器である訳だが、そんなもので魔導士を倒せはしない。
『総員かかれ!! 数で押し潰せ!!』『死ねっ! この——』『雑魚がっ!! 他のもかかってこい!!』『怯むな!! すす——』『連隊長っ!!』
次々と白兵戦をしかけてくるゲルマニアの兵士を、ダキアの魔導士は凪払っていく。
一騎当千とはまさにこのこと。近寄ることすら叶わない。
「副長、敵の増援が押し寄せてきています。このままでは、数に押し潰されるかもしれません」
「ですか。となれば……そう、敵をなるべく殺さずに、新手の敵を狙うようにしましょう!」
「なるほど。了解しました」
部隊を預けられるだけのことはあって、アンナはなかなかエグいことを命じた。
生きているゲルマニア兵を盾とし、敵からの集中砲火をさせないということである。
そうすることで、戦場の様相は中世の水準——魔導士が絶対の時代にまで後退する。
「それと、狙うのは敵の高級将校にして下さい。人数で大幅に負けているから、出来るだけ敵の指揮系統を乱すことを考えましょう」
城内に残した分を引いて、およそ8,000がここにいる魔導士だ。
30万のゲルマニア兵に人数的な大損害を与えるのは無理がある。
ならば、敵を混乱させることを最優先にすべきである。
「敵の新手です!」
「砲撃して下さい!」
アンナの作戦で完全に中世に戻った戦場でも、こちらの飛行魔導士隊だけは砲撃を行える。
ゲルマニア軍が敵味方入り乱れるここを撃つのは不可能だが、ゲルマニアの新たにやってくる師団は撃ち放題だ。
火球や氷、荊、剣、斧などの雨を降らせる。
大混乱に陥る敵を見下ろすのはなかなか愉快であった。
「副長! あれ!」
「あれって……あっ! あいつは!」
緑の目をした魔女。
前回の戦いで飛行魔導士隊に大損害を与えた、回転式小銃を持った魔女。
それがたった一人で飛んでくるのが見えた。
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