メレン攻囲戦
ACU2308 2/4 ダキア大公国 メレン ゲルマニア帝国軍第18師団陣地
「誤差修正。上3度」
「――調整完了です!」
「よし! 撃て!」
一つ前の砲撃で目標――メレンの城壁への飛距離を魔法で測定し、射角を調整。
そしてオステルマン師団長の号令に合わせ、第18師団の所有する10門の大砲が火を噴いた。
「弾着、今!」
大砲は最新式の施条砲(ライフル砲)である。
施条砲とは、砲身内部に螺旋状の溝が入っており、それに沿って砲弾が回転することにより砲弾を安定させるものである。
その威力は現在地上に存在するいかなる大砲よりも強力であり、実際、城壁は一撃にして上から半分ほどが崩れた。
「流石は最新のGML84。この調子なら城壁もすぐに崩せますね」
ヴェッセル幕僚長は揚々と。
しかしオステルマン師団長は浮かない顔をしていた。
「どうされましたか、閣下」
「こんな脆い要塞に立て篭もることを敵が考えたのだろうか、と思ってな」
「前回の会戦の時はこちらの銃の性能を全く知らない様子でしたし、今回も耐えられると思っていたのではないでしょうか?」
ポドラス会戦の時、ダキア軍がゲルマニアの銃の威力を全く理解していなかったのは恐らくその通りだ。
だが、今回もそうだと言えるだろうか。ダキア軍がゲルマニアの大砲の威力を知らず、この城壁で耐え切れると誤認していたのだと。
「そこまで奴らが馬鹿だとは――」
「閣下! 大変です!」
「な、何事だ!?」
「城壁を見て下さい!」
「城壁? んなっ――」
崩れた筈の城壁が、そこだけ時間が逆再生されているかの如く、瓦礫が集合して再生していくのが見えた。
「魔法、なのか?」
「はい。魔法でしょう」
答えたのはシグルズ。
「あんなことが出来るのか?」
「岩を持ち上げて隙間を埋めるだけですから、そう難しいことではないと思いますが……」
――あなたも魔導士ならそれくらい分かるのでは?
と続けたかったのはぐっと堪えた。
しかし実際、これくらいなら難しい魔法ではないと思われる。崩れた破片を回収し、繋ぎの部分は魔法で生成すればいい。
師団長が驚愕していたことにこそ、シグルズは驚いていた。
「それは君が異常な魔導士だからな気がするが……私は基本的に火の魔法しか使わないからな。分からんのだ」
「なるほど……」
火の魔法は他の魔法と毛色の違う系統の魔法だ。『火』とはいうが、その本質は現代的な言葉でいうところの化学反応である。
火以外の魔法は、基本的に物質自体を変えることはなく、そのまま振り回したりして武器とする。
だが、火の魔女は物質を何らかの形で変化させる。最も基本的な火炎放射というのも、その本質は、物質が酸素と化合する反応を諸々の条件を無視して無理矢理起こすことである。
つまり、火の魔女であるオステルマン師団長が物質を持ち上げたりする魔法に馴染みがないというのは、そこまで不自然なことではない。
もっとも、それならそれで他の魔法を勉強しておけという話ではあるのだが。
「て言うか、師団長閣下は火の魔女なのですか?」
そう言えば初耳である。
「あ、ああ、そうだ。まあ、今度見せてやろう」
そう言えばこの話題は何故か地雷なのだった。
「あ、はい。了解しました」
シグルズは即時撤退を選択した。師団長もすぐさま頭を切り替え、砲撃を再開させた。
○
「このままだと、城壁を崩すのは無理そうだな」
「ええ。そのようです」
何度撃てども、その度に城壁は再生される。それは他の師団でも同じような状況であるようだった。
「こうなってしまうと、全軍でメレンに突入するしかなさそうですが……」
「最後の手段だな、ハインリヒ。ロクなことにならんぞ」
城内に突入すれば、ゲルマニア側の長射程の銃を持っているという有利が完全に失われる。
接近戦になれば兵器の条件はほぼ対等な訳であるし、地の利は市街の構造を知り尽くしている向こうにあるし、おまけに魔導士も付いてくる。
とても突入などしてはいられない。
「シグルズ。このまま撃ち続けて、メレンにあるエスペラニウムが尽きると思うか?」
確かに、エスペラニウムを使い切れば魔法の城壁はただの城壁となる。
そうなれば簡単に落とせるだろう。
だが答えは否だ。
「そうは思えません。籠城を決め込んでいるのなら相当な備蓄があるでしょうし、何なら飛行魔導士隊とやらで空輸も出来るでしょう」
エスペラニウムは非常に軽量だ。人力で運べる程度の量でも相当な人数分になる。
エスペラニウム切れまで粘るのは無理だろう。
「そうか。となると普通の攻城戦となる訳だが」
「そうなってしまえば、残念ながら、我が軍の方が持ちません」
ゲルマニア軍が展開している兵力は30万。包囲を続けるには、それだけの人間の分の食糧を鉄道路線がない荒野を抜けて運ばねばならない。
自動車も存在しない世界でそんな芸当が可能かというと――
「無理だよなー」
師団長は無気力に天を仰いだ。これぞ万事休すという状況である。
「この世界でもロシアはロシアか……」
「何だ? ロシアって」
「ああ、いえ。何でもありません」
ナポレオンの時ほど酷くはないが、ロシアの――ダキアの広大な土地という最大の武器に、帝国軍は打ちのめされようとしているのだった。
――いや、待てよ。
ふと思う。
最初に喧嘩を売ったのはゲルマニアではなくダキアだ。にも関わらずゲルマニアが攻め込んでいるせいで、逆であったように錯覚していた。
ダキアが戦争を始めた理由は、ゲルマニアに公正な商取引をさせることである。
その為に、ゲルマニアを一発殴り付ける為に、決戦を挑んできたのだと考えられる。
しかし、このまま粘り切ってゲルマニア軍が撤退するだけでは、その目的は達成されない。ダキアにとっての交渉材料が何もないからだ。
ダキアには戦争を続ける理由があって、ゲルマニアには特にない。
ここから導かれる推論として――
「ダキアが何か仕掛けてくる可能性があります」
「何か? 何だ?」
「分かりませんが、我が軍に対して、打撃を与えるような行動を。恐らくは……鉄床戦術的なものです」
戦国時代あるあるだ。
城を包囲している部隊が敵の援軍によって一転、城の守備部隊と増援部隊との挟撃の危機に陥る。
そうしてゲルマニア軍に大打撃を与え、交渉のテーブルに着かせる気だろうと考えられる。
「ほう。根拠は?」
今までの思考を説明した。
「――なるほど。確かに理論的な説明だ。周辺警戒を怠らないよう、ローゼンベルク総司令に伝えておこう」
「ありがとうございます」
城に意識が集中しているのが問題であって、この危険性を伝えておけば問題ない、筈だ。
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