メレン防衛策

「――魔導士部隊の運用について、一つ、提案があります」


 黒衣の少女エカチェリーナは唐突に。


「何だね?」


 ピョートル大公は少々面倒臭げに尋ねた。


 エカチェリーナは淡々と説明を開始する。


「先のポドラスでの戦闘においては、魔導士は殆ど無意味でした。ゲルマニア軍の銃撃に対応出来たのは、ほんの一握りに過ぎません。そこで、魔導士のみによる部隊を編成し、通常戦力とは別に動かすのがいいと、私は考えます」

「言いたいことは分かる。鉄床戦術だろう?」

「はい。その通りです」


 ハバーロフ大元帥はエカチェリーナの言葉を聞いてすぐにその言葉に思い至った。世界史を勉強したことのある者ならすぐに出てくるであろうが。


 鉄床戦術。


 まず友軍部隊を重装備の鉄床役と機動力のある槌役に分割する。


 次に鉄床役と敵軍を衝突させ、その動きを拘束しているうちに槌役が背後や側面から襲いかかるという戦術である。


 これを実行するには無論、重装備の部隊と機動力のある部隊を用意せねばならない。


 古代においては前者はファランクスであり後者は騎兵であった。


 では現代ではどうか。


 後者は魔導士でいいだろう。


 だが前者に相当する部隊がない。魔導士を取り払ったダキアの陸軍は、ゲルマニア軍にとってはいい射撃の練習台でしかないのだ。


 つまるところハバーロフ大元帥はこの作戦に同意しかねているし、それはピョートル大公もそれは同じだろう。


「では誰が鉄床をやると言うのだね? そんなことが出来る部隊は我が軍にはない」


 大元帥は自分で言っていて不愉快になった。自軍の軟弱さを自ら認めているのだから当然であろう。


「簡単なことですよ。このメレン自体を鉄床とすればいいのです」


 エカチェリーナは口元を緩めた。彼女にとっては結構自信作の作戦なのである。


「……聞かせてもらおうか?」

「はい。主よ,我を永遠の苦より救い給え。主よ,我が心或は思いにて,言或は行にて犯しし罪を赦し給え……。まず、メレンは我が国の戦時首都であり、全体が要塞化されています」

「そうだな」


 メレンは街全体が高さ6パッススほどの城壁に囲まれている。加えて、外周部には武器庫が立ち並び、防衛戦の為の動線も確保されている。


 つまりメレンは世にも珍しい戦争を前提として建設された都市なのである。その防御力は世界屈指だ。


「ゲルマニア軍も、あの城壁をそう簡単には壊せないでしょう。多少の損壊ならば魔法で修復出来ます。そうしてメレンにゲルマニア軍を引きつけ、その後に魔導士1万をぶつければいいのです」

「なるほど……いけそうな気がしてきた」


 せっかくこんな史上最強クラスの要塞があるのだ。使わない手はないではないいか、と。


 なるほど、ハバーロフ大元帥の脳裏にはダキア魔導士がゲルマニア兵を蹂躙する光景が浮かんでいた。


「大公殿下は、どう思われますか?」

「いいんじゃないか? 私もいけそうな気がしてきた」


 ピョートル大公もまた、その道の先に光を見た。


「ですよね。再度の決戦はこの方針でいきましょう」

「そうだな。エカチェリーナ君、よい提案をありがとう」

「いえ。我等の神よ,光栄は爾に帰す,光栄は爾に帰す。アミン」

「ああ……」

「うん……」


 これはあくまで神のお陰であると言いたいのか、はたまた他の意味があるのか、ピョートル大公にもハバーロフ大元帥にも分からなかった。


「後は、騎兵の為の馬の用意、住民の誘導などでしょう。そちらの方は、私が手配しておきます」

「頼んだ」


 魔法でどうにもならないところはハバーロフ大元帥が用意する。


「それで、エカチェリーナ君。肝心の槌役――魔導士部隊というのは、どのようなものになるのかな?」


 ピョートル大公は興味深げに。何せダキアは魔導士単体での運用などした試しがない。どういう感じになるのかが知りたかったのである。


「基本的には、ヴェステンラントや大八洲のものを参考にしたいと思います。と言っても単なる騎馬突撃ですが。しかし我が軍には魔導装甲が不足しています。これは各自の魔法で補い、援護には飛行魔導士隊を回します」


 ダキアは人口に対して魔導士を用意出来る数――エスペラニウム産出量が少ない。


 それはつまり、魔導士の大半が高い魔導適性を持った百人隊ケントゥリア級以上の魔導士だということである。


 だがそれ故に、各自の魔法に頼って、誰でも使える魔導装甲や魔導弩を疎かにしていた。


 ヴェステンラントのような統一された装備による軍隊は作れない。だが魔導士の質はこちらの方が上である。


 なれば、十分に戦える筈。


「あのー、ちょ、ちょっと、いいですか?」


 重い口を開いたのは、飛行魔導士隊副隊長、リスのような少女アンナであった。


「何?」


 周りの将軍が白い目で見てきたのを、エカチェリーナは気にも留めなかった。


「そのー、魔導士で馬に乗れる人って、あんまりいないと思うのですが……」

「あ。確かに」「あ」「そうだ、な」


 会議は凍りついた。アンナの指摘は全然正しいのである。


 いつも空を飛んでいるエカチェリーナは、他の魔導士の訓練の具合など考えたこともなかった。迂闊であった。


 これでは魔導騎馬隊の運用すら出来ない。


「――とのことだが、どうするんだ?」

「ま、まあ、馬に乗らずとも、1万人の魔導士は十分に強力です。心配はないかと思います」

「本当に大丈夫か?」


 華々しい騎兵の姿がどうも幻覚だったらしいと知らされ、大元帥は早くも違うやり方を選ぼうとしていた。


 しかし、大公はそうでもないようだ。


「まあ、我が国で最強の魔女がそう言っているのだ。信じてみようではないか」

「で、殿下、そのような、賭け事のようなことは……」

「どうせこのままでは負けるんだ。だったら、何かを変えてみるしかないだろう」

「それはそうですが……」


 ハバーロフ大元帥はエカチェリーナの目を見た。


 エカチェリーナはゆっくりと頷いた。


 大元帥は小さく嘆息した。


「分かりました。やっちゃいましょう。ダメだったらもう降伏しかありませんが」


 もとよりゲルマニアに要求を叩きつける為の戦争である。


 決定的な勝利を得られなければ、戦い続けたところで意味はない。


「そうだな。東方で言うところの背水の陣というやつだ。よし! 私は決めたぞ。この鉄床戦術に、我が国の興廃を賭ける!」


 渋々と。誰もが頷かざるを得なかった。他に選択肢はないのだから。


「光栄は父と子と聖神に帰す。今も何時も世世に。アミン」

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