進軍

 ACU2308 1/20 ダキア大公国領 神聖ゲルマニア帝国軍第18師団前線司令部


 ポドラス会戦は、ゲルマニア軍の圧倒的な勝利に終わった。


 ダキア軍はおよそ10万の兵力を喪失(俘虜を含む)。対してゲルマニア軍は千にも満たない戦死者を出したのみである。


 国境付近にてダキア軍を壊滅させたゲルマニア中央軍は、そのままダキア大公国領内への進軍を開始。集結した北方軍と共に戦時首都メレンを目指す。


 ○


 街道を延々と歩く数万の軍勢。その中に第18師団はあった。


「しっかし焦土作戦とはな……まだまだやる気らしいな」


 師団長はため息を吐いた。


「ダキアの交通網が中世の水準に留まっていることが、かえって我々に牙を剥くとは……」


 ヴェッセル幕僚長の的確な分析。


 問題は、ダキア大公国の近代化が全くもって進んでいない――具体的には鉄道路線が1ミリもないことである。


 鉄道網の整ったゲルマニア領内であれば、どこへでも兵士や物資を簡単に送ることが可能である。


 しかし、そんな便利なものがないダキア領内では、頼れる運送手段は馬車くらいしかない。兵の移動も徒歩だ。


 そしてそんな折にゲルマニア軍の進路の食街や村を焼き尽くす焦土作戦をやられたものだから、首都への侵攻は遅々として進まない。


「誰か、この状況を何とかする方策を思い付く奴はいないのか?」


 師団長は戯れに尋ねた。


 答えなど最初から期待してはいない、愚痴のような問いかけ。


 しかし、真面目に答える者があった。


「自動車を造ってはどうでしょうか?」


 シグルズである。


「自動車? 何だそれは?」

「ああ――つまりは、線路なしに走れる機関車のようなものです」

「なるほど……そう言えば、そんなものを作ろうとしてる技術者がいるとは聞いたことがある。上手くいってはいないそうだがな」


 実は蒸気自動車の方が蒸気機関車より先に試作されていたりはする。この世界でもそれは同じだ。


 しかし、余りに体積がかさばることや、性能がとても必要に達しないなどの理由で、実用化はされていない。存在はするが、軍の要求を満たさない以上、生産はされていない。民生用という概念は最初からない。


 それに、ある程度実用的な性能を獲得したところで、それには限度があり、その他の自動車――ガソリン自動車などに放逐されるであろうことは、地球の歴史を見れば分かる。


 つまり、戦場で実用に適う自動車は、未だに理論くらいしかないガソリン自動車しかないのである。


 また、自動車が造れるようになれば戦車も造れるようになる。


 故にシグルズは進言する。


「馬車の大きさにまで小型化するには、蒸気機関では恐らく無理があります。ガソリンなどを燃料とした、内燃機関を動力とする自動車が必要です」

「そ、そうなのか? 私は、その手のことは分からないんだが」

「……ああ……そんな気がします」


 魔法専門のオステルマン師団長に科学技術の話はダメだ。理解してはくれないだろう。


「ハインリヒ、お前、分かるか?」

「いえ。私も、機械のことは何とも」

「そうか」


 どうやら第18師団に話が通じる人間はいないようである。


 と言うか、実用化もされていない技術について話が合う人間など、方面軍全体を探しても殆どいないだろう。


 話を無理矢理進め過ぎたのだ。どうやらこの話を続けるのは不可能らしい。


 しかし、シグルズが諦めていたところ、オステルマン師団長が意外なことを口にした。


「私にはよく分からんのだが、帝都にそういうのに詳しい知り合いがいるぞ」

「おお。どういう方ですか?」


 正直シグルズもダメ元で始めた話題だったが、案外実を結ぶかもしれない。淡い期待が膨らむ。


「帝国第一造兵廠所長のライラって奴だ。まあ、私の昔の友達だな。この銃を造った奴でもある」

「ほう……それはなかなか」


 帝国第一造兵廠とは、帝国軍の兵器の研究開発をひたすらに行っている機関の名である。


 そこの所長の知り合いがここにいる。


 なれば、シグルズが本来与えられていた未来技術の伝道者の役目も、そのツテを使えば案外簡単に達成出来るかもしれない。


「但し、相当変な奴だから、会うんなら気をつけるんだな」

「え」


 嫌な想像が頭の中をかけぬけた。


 この変な人が変な人と呼ぶ人とは、とてつもなく変な人なのではなかろうかと。


 しかし、現に所長を勤めているのならば、その能力は折り紙つきである。どんな奇天烈な人物であろうと、会わない訳にはいかない。


「ま、まあ、その時が来たらご紹介願えますか?」

「勿論だ! いつでも紹介してやるぞ!」


 ○


 ACU2308 1/23 ダキア大公国 戦時首都メレン クレムリ


 他の言語では一般的にクレムリンとして知られているそれは、当のダキア語ではクレムリと呼ばれ、城塞を意味する。


 ポドラス会戦で大敗北を喫したダキア軍は、メレン近郊にて再び決戦を挑むべく、準備を整えていた。


 その司令官は、メレンの中央に聳えるクレムリに司令部を置いていた。


「――それで、エカチェリーナ君。報告というのは?」


 大公と大元帥の前にエカチェリーナは報告を持ってきた。


「先の会戦で我が飛行魔導士隊に大損害を与えた敵魔導士ですが、その武器の正体が判明しました。これをご覧下さい」


 エカチェリーナが持ってこさせたのは、銀白色の細かな破片であった。


「それは、何だ?」


 ハバーロフ大元帥は不思議そうに。


「これは、敵魔導士が放った弾丸の破片です。負傷兵の傷口から見つかりました」

「破片? 人間の体内で弾が砕けたというのか?」

「いいえ。この破片はタングステンで出来ており、とても体内で砕けるものだとは思えません」


 タングステンは、金属の中でも相当に堅い部類に入る。人間など容易く貫通するのだ。


「では、どういうことだ?」

「つまりは、これは、人の体内で恣意的に爆発を起こせる弾頭です」

「そ、そんなバカなものがあるのか?」


 接触で爆発する信管ならば、魔導装甲に触れた時点で爆発する。


 なればこれは、謂わば意思を持った弾頭でなければならない。明確な殺意を持ち、人間だけを殺さんとする弾頭である。


「ええ。そうとしか、現状考えられません」

「し、しかしだな……」

「分かった。原理など、この際はどうでもよい。対策があって来たのだろう? エカチェリーナ君」


 ピョートル大公は気高く振る舞う。威厳を維持する為に無理をしているのであるが。


「勿論です、大公殿下。——永遠の神,万物の王,我を是の時に至らしめ給いし主よ,我が今日行と言と思にて犯しし所の諸の罪を赦し,我が賎しき霊と体と心の諸の汚より浄め給え」

「う、うん……」

「あ、ああ……」

「では、ご説明しましょう——」


 やっぱりこの子は苦手だと、後に大公と大元帥は語らうのだった。

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