エカチェリーナ隊長とアンナ副長

 ACU2308 1/18 ポドラス平原 ダキア軍前線司令部


「第23軍団上空に、高位魔導士が出現!」

「高位魔導士?」

「そ、それが――」


 聞けば、1人で軍団1つを壊滅させた魔導士がいるという。


 話が本当ならば、ヴェステンラントや大八洲のレギオー級に匹敵、或いはそれ以上の魔導士がゲルマニアに存在していることとなる。


 これは由々しき事態である。


「……分かった。いずれにせよ中央が突破されつつあるのは事実だ。飛行魔導士隊を投入する」


 ハバーロフ大元帥に直属する高位魔導士の部隊。それが飛行魔導士隊である。


 その名の通り、その全員が飛行の魔法を使える五百人隊コホルス級の高位魔導士だ。その数は70。正にダキアが誇る最高戦力である。


「――任務は以上だ。この魔導士を排除、戦線を支えてくれ」

「はい。必ずや、成し遂げましょう」


 この喪服のような真っ黒のドレスとベールに身を包んだ少女は、エカチェリーナ・ウラジーミロヴナ・オルロフ子爵。


 飛行魔導士隊の隊長であり、ダキアの全ての魔導士の中でも最強と謳われる魔女である。


「光栄は父と子と聖神に帰す。今も何時も世世に。アミン」

「う、うん……頑張ってくれ」


 彼女はこの世界では珍しい熱心な宗教家である。イイスス・ハリストスなる者を崇敬しているらしい。


 それが欠点であるのか長所であるのかは、人によって意見が別れるところだ。


 ○


 ACU2308 1/18 ポドラス平原上空


 黒い翼の群れが飛ぶ。


「隊長! 前方に強力な魔導反応です!」


 と、隊長に眼前の危険を告げるのは、リスのようと称される小柄な魔導士の少女、飛行魔導士隊副長の騎士アンナ・アレクセーエヴナ・ドルゴルーコフである。


「戦闘に備えなさい」


 見えてきたのは、着崩したゲルマニアの軍服を纏い、黒髪に緑の目の魔女であった。


 手には貴族の趣味のような回転式小銃を持っている。


 報告にあった魔導士とは別。しかし明らかな脅威である。


「ほう? 随分な格好した奴じゃねえか」


 随分と口が悪い。スラムの犯罪者のような風貌である。


「……」


 エカチェリーナは無言で右手を額、胸、右肩、左肩に沿わせていく動作をした。所謂十字を描くというものである。


「おいおい、話せねえのか? それともあれか? ダキア語――」

「排除しなさい」

「はっ、やろうってのか! いいぜ!」


 緑の目の魔女は、回転式小銃を構えた。


 対して飛行魔導士隊は彼女を半包囲、魔法を十字砲火で浴びせる態勢に入る。


 小銃ごとき、魔導装甲を着込んだ魔導士にしてみれば、何の脅威でもない。だか魔女の方は防具でも何でもない軍服を着ているだけ。


「そんな銃など――」

「57っ!」


 訳の分からぬ数字を叫ぶと共に、黒髪の彼女は引き金を引いた。


「は? っ!?」


 エカチェリーナはその瞬間、信じられない光景を見た。


「う、腕があ!!」


 彼女のすぐ横の魔導士の腕が、たった一発の銃弾に吹き飛ばされたのである。


 何もかもがおかしい。


 銃弾が一発で魔導装甲を貫ける筈がないし、あったとしても腕は吹き飛ばない。


「52! 54!」

「んなっ……」


 愕然と。


 放心した数秒の間に、追加で2人が落ちた。


 しかもやらしいのは、あえて殺さないところである。その為に、毎度救助の要員が割かれてしまう。


「っ、私は――」


 我に帰る。このまま棒立ちしている訳にはいかない。


「排除よ! 手加減は不要」


 一斉に現実を認識した飛行魔導士隊は、その火力の全てを叩き込んだ。


 剣の雨を降らせ(但し地上に落ちないように)、空を炎で覆い、氷の矢を飛ばした。


 エカチェリーナは小銃を構えた。


「主イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を憐れみ給え……」


 実のところ、彼女とそこの魔女は、似た系統の魔導士なのである。


「おっと、こいつぁ、ちょっと不味いかな」

「逃げるつもり!?」


 エカチェリーナが魔法を披露する前に、魔女は一気に後退して距離を取った。その素早さたるや、まるで鷹のよう。 


 この数の魔導士に囲まれれば流石に勝ち目はないと踏んだのだろう。


「156!」

「っ!」


 違かった。単なる危機回避ではなく、いい狙撃場所を探していただけ。


 距離を取ろうとも正確無比な射撃で魔導士がまた1人。そしてその搬送に人手が取られる。


「隊長!」


 アンナは指示を請う。


「……一度退きなさい。体勢を立て直すわ」

「了解!」


 エカチェリーナは撤退を決断した。無策に突っ込んだら死人を増やす――いや、負傷者を増やすだけであるのだから。


 ダキアの最高戦力は、一瞬にして敗北した。


「我より此の現世の諸の悪念を除き給え。アミン」


 ○


「シグルズ! おーい!」

「師団長閣下!?」


 爆撃の必要すら感じなくなってきた頃、シグルズの飛んでいるところに、いかにも初心者といった感じでふらふらと、オステルマン師団長が飛んできた。


「そ、そんなんで、敵の魔導士とやり合ってたんですか?」


 シグルズは、敵の魔導士が接近中であり、その排除をオステルマン師団長が担当すると聞かされていた。


 しかし、その師団長閣下はこんなふらふらなのである。とても戦えるような状態ではない。


「ま、まあな。ははは……」

「…………」


 ――一体何をどうしたっていうんだ?


 だが、全く訳は分からないが、敵の魔導士を撃退したのは紛れもない事実なのである。


 となるとやはり、その回転式小銃に秘密があるのだろうか。


「やっぱり、その銃を使ったんですか?」

「あ、ああ。その通りだ」

「見たかったんですけど」

「ああ、すまんな。見せると言っておきながら」


 オステルマン師団長は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


 上司にそんなことをされると、シグルズもそれ以上の詮索はしにくい。上手く丸め込まれてしまった。


「いえいえ。閣下が敵を撃退して下さったお陰で、僕はここに集中出来たんです」

「そうか。それはよかった」


 オステルマン師団長が戦っている間にダキア軍の陣形は完全に突破された。


 ダキア軍は南北に2分され、陣形は崩壊、包囲殲滅されるのを待っているところである。


「ああ、そうだ、シグルズ。私を抱いてくれないか?」

「は、はい??」


 何ならダキア大公国宣戦布告の時より驚いた。


「あー、まあそういう意味もなくはないが――」

「なくはない!?」

「まあ、主に言いたいのは、飛ぶのに疲れたから抱っこしてくれないかということだ。或いはおんぶでもいいが」

「あ、ああ……はい。了解しました」


 どうやらオステルマン師団長は、数日前の意趣返しをしているらしい。よっぽど魔法について詮索されたのを根に持っているようだ。


 ――適性検査の時は堂々と自慢してたくせに……


 ぶつぶつと文句を言いつつも、シグルズは最も安泰な手段であるおんぶを採用し、オステルマン師団長を連れて帰った。

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