ポドラス会戦

 ACU2308 1/18 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ポドラス平原 ダキア大公国軍前線司令部


「偵察隊がゲルマニア軍を確認。数はおよそ20万。横陣を組み我を待ち受ける様子」

「了解した」


 場所は大体ベラルーシの北部に当たるポドラス。


 ゲルマニア領内にまで進軍したダキア軍は、通常戦力50個軍団――25万に加え、魔導士1万全て動員してきている。


 兵力では優っている。向こうにはない魔導士もいる。


 しかしハバーロフ大元帥は尋常ではない不安を感じていた。それは或いは、軍人の勘が何かを感じ取ったのかも知れない。


「大公殿下、これより我が軍とゲルマニア軍は戦闘状態に入ります。宣戦布告をしている以上、引き返すことは出来ませんが――これより、最初の銃弾が放たれます」

「分かっている」


 戦争は始まっているが、未だ両軍、死者は0である。それが数を数え始めるのは、今日になるだろう。


「これから、殺し合いを行います。やっちゃって、いいですね?」

「ああ。ダキア大公の名の元に、正面のゲルマニア軍の撃滅を命じる。後は頼んだ、大元帥」

「はっ。必ずや、勝利を掴んで見せましょう」


 ○


「全軍、魔導士隊を正面に配置。前進せよ!」


 魔導通信機を全方位送信にすれば、数十万の軍勢を1ヶ所の拠点から操ることは可能である。


 騎兵はただの銃弾の的であり、戦車もない以上、互いに兵科はほぼ歩兵のみ。


 戦術としては寧ろ古代に退化している。


「距離700。まもなく会敵します」


 単位はパッスス。1パッススはおよそ1.6mに相当する。


「数はこちらが優っている。正面から突き――」

「閣下!」


 静けさを破る悲鳴のような声。何事かとハバーロフ大元帥は声を震わせる。


「ど、どうしたんだ?」

「第二軍団が攻撃を受けています! ゲルマニア軍からの攻撃です!」

「ば、バカな! まだ700も離れているんだぞ!?」


 途端に司令部は恐慌状態に陥った。


 あり得ない。攻撃を受ける筈がない。


 そんな距離で銃を撃てば、弾は届かずただ地に落ちるのみ。その筈なのだ。


「し、しかし、間違いなく正面の敵から攻撃を受けているとのこと!」

「そんな、バカな……」


 ゲルマニア軍の技術は既にダキアを遥か後方に置き去りにしている。その事実を認めざるを得なかった。


 いや、まだ攻撃を受けているだ。


 こちらにはまだ、高速の鉛弾を受け止められる魔導士がいる。


「魔導士は!? ちゃんと機能してるのか!?」

「それは――」

「閣下! 魔導士隊では支えきれません!! 防御が破られています」

「なっ……」


 ――こうなれば……


 どうやらゲルマニア軍は圧倒的に性能に優れた銃を大量に運用しているらしい。


 それでダキア軍は、魔導士すら完封する程の火力に、一方的に鴨のように撃たれている。


 なれば、ハバーロフ大元帥には、この手しか残されていなかった。


「全軍突撃! とにかく接近するしかない!!」


 魔導士も全く意味がない訳ではあるまい。ダキアの小銃が届く距離まで接近すれば、まだ勝機はある、筈だ。


 ○


 ACU2308 1/18 ポドラス平原 ゲルマニア帝国軍第18師団司令部


「圧倒的じゃないか……」


 自分が出るまでもなく壊滅するダキア軍を見て、シグルズは絶句していた。


 銃の性能差からダキア側は手出しも出来ず、頼みの綱であろう魔導士もあまりの銃弾の数に処理能力を飽和させられている。


「これなら、僕が出る幕はなさそうですね」

「さあ、どうだろうな。このままで終わってくれる程、ぬるい相手かな?」


 オステルマン師団長に気の緩みなどは全くない様子。


 そして、すぐにその言葉は真実となる。


「敵軍が一斉に突撃してきています!」


 読み通り、ダキア軍は最後の悪足掻きを実行に移した。


「ほう。まあ、妥当と言えば妥当なやり方だな」

「閣下、どうされますか? このままでも陣地を維持することが可能な公算は高いですが」


 ヴェッセル幕僚長は言った。


 このまま黙っていればダキア軍は勝手に瓦解するだろう。


 だが、このまま終わることにオステルマン師団長は不満であった。


「それじゃあつまらん。ここは逆に前進し、奴らを完全に壊滅させる。シグルズ!」

「はっ! な、何でしょうか?」


 いきなり名前を叫ばれて少々動揺してしまった。


「君は作戦通り、ダキア軍に対し単騎で攻撃をしかけよ。そうして混乱した敵兵に、こちらも突撃をしかけ、これを壊滅する。では、頑張ってくれたまえ」


 師団長はシグルズの肩をぽんと叩いた。どうやら本気でやる気らしい。


「了解しました。では、行ってきます」


 ○


 人混みから少し外れ、周りに何もないことを確認する。


「飛べ」


 念じると、背中に純白の翼が生え、シグルズの体は浮き上がる。


 空から見ると、戦場は圧巻の光景であった。


 見渡す限り、人、人、人。そして銃声やら喚き声やらの戦場音楽。


 人の奔流がゲルマニア軍に押し寄せて、しかしその波の勢いはすぐに削がれる。


「じゃあ、行くか」


 ゲルマニア軍の陣地を抜け、ダキア軍の上空に迫る。


 大勢がシグルズに注意を取られ、大勢が彼に攻撃することを試みるも、その銃弾は届かない。地上の魔導士も地上のことで精一杯のようだ。


 ならば予定に変更を加える必要はない。


「火の玉よ!」


 クソダサい決め台詞と共に、シグルズの周囲に複数の、直径が人の腕くらいの火球が出現する。


 空を焼かんばかりに燃え盛る炎。


 地上からは悪魔にでも見えたのだろうか。


「焼き尽くせ!」


 火球の全てが人の群れの中に投じられた。


 火球が地面に衝突すると同時に、高温の爆発が起こる。その性質は焼夷弾に近い。


 直撃した人間は、まあまず助からないだろう。


 周囲の人間も、撒き散らされた炎に巻かれ、銃を構えてなどいられない。地面を無様に転がって、火を消そうとするので手一杯だ。


 ただの一撃で組織的な戦闘能力は失われたに等しかった。


「まだだ。焼け!」


 だがシグルズは無慈悲にも爆撃を続けた。


 嫌いな魔法に頼るのは気に食わなかったが、出世の為と割り切った。


 魔導士の中には水の魔法の心得がある者もあるらしい。必死で水を撒いて燃える兵士を助けようとしている。


 実際のところ、軍服に火が付いたからといって、即刻命に関わるようなものではない。皆パニックになっているだけだ。


 故に、魔導士の救助活動自体は非常に効果的である。魔法で生成した水をかければ、すぐに火は消える。


 しかしそれは、正面の防御を捨てるということ。


 今度はゲルマニア軍の銃弾の嵐が彼らを襲う。


『火が!! 助けてくれぇ!!』『今助ける!!』『魔導士!! 正面の弾を防げ!! 死んじまう!!』『そいつらを無視し――』『おいっ!! お前が死んだらダメだろうがっ!!』


 完全に崩壊した。


 それは最早、軍隊と呼べるものではなくなった。ただの武装した人間の集まりだった。


 ○


「期は熟した! 総員突撃!!」


 ダキア軍の残骸に対し、ジークリンデはそれを薙ぎ払うよう命じた。


「閣下」

「今度は何だ?」


 ジークリンデはヴェッセル幕僚長を怪訝な目で睨んだ。前にもこういう状況で水を差されたことがあったからだ。


「ローゼンベルク閣下より――」

「また止めろって?」

「いえ。寧ろ、『貴官の師団を先鋒とし敵の分断、撃滅を図る』と、言ってきました」


 つまりは、好きにやれということである。


「はっ、あいつも分かってるじゃないか! 了解した! 作戦を続行せよ!」


 この上なく愉快な気分であった。ローゼンベルク総司令官は、カイテル参謀総長などとは違い、非常に開明的な方であったのだ。


 シグルズの働きは想定を遥かに凌駕するものだった。ダキア軍26万の命運は、ここに決した。

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