第二章 ダキア戦記
入営
ACU2307 9/3 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 リンツェ村
レモラ一揆から更に3年半。
シグルズは16才となった。
即ち、軍に志願が出来るようになる年齢となったのである。
「本当に、軍人になるの?」
エリーゼは不安げに尋ねた。
「うん。戦う理由が出来たから」
「魔法を消す、でしょ。でも、そんなことが本当に出来ると思うの?」
あまりにも漠然とした目標である。
例えシグルズがゲルマニアの総統になって国を思うままに動かせたとしても、それが実現出来るとは、普通は思えない。
シグルズに地球の進んだ知識があったとしても、だ。
「分からない。でも、これが一番の近道だと思うから」
「そう。本気なのね」
「本気だよ、姉さん」
真剣な眼差しで見つめ合う姉弟。エリーゼにいつものおっとりとした雰囲気はない。
シグルズはこの歪んだ世界を正すと決めたのだ。魔法など、あってはならない。
「……分かったわ。でも、一つだけ答えて」
「何?」
「あなたは、魔法をなくす為に、魔法を使おうとしている。それはいいの?」
「それは……」
痛いところを突かれた。
魔法は消すべきだが、貴族でもないシグルズには、魔法を使わねばそれは到底なし得ない。
それは赦されることなのだろうか。
シグルズの結論は――
「それは、いい。平和の為に、全ての戦争を終わらせる為の戦争は、必要だから」
「そう。ちゃんと考えがあるならいいわ。なら、いってらっしゃい」
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
「あ、そうだ」
突然何かを思い出したかのように、ぽんと手を叩くエリーゼ。
「な、何?」
空気をぶっ壊されたのに困惑するシグルズ。
「ワイン、あるでしょ? 前に買った。せっかくだから飲まない?」
「う、うん。分かった……」
何かと思えばレモラで買ったワインのことである。そう言えば、もう飲めるのだ。
「乾杯!」
「乾杯」
杯をぶつけて互いの飲み物を混ぜ、毒がないこと——誠意を証明する古代からの伝統行事。
そうして飲んだワインの美味しさは、残念ながらシグルズにはよく分からなかった。
「じゃあ、改めて、行ってらっしゃい」
「うん。行ってくる」
かくして暫しの別れを告げ、シグルズは故郷を旅立った。
○
ゲルマニア軍は将校も兵卒も志願制である。
但し将校と兵卒の区分は明確ではなく、兵卒から始まって師団長くらいまでなら誰でもなれる可能性がある。
ある意味究極の実力社会とも言えよう。
もっとも、参謀本部のような高級将校ともなると、貴族としてのコネがなくてはなれないというのが暗黙の了解ではあるが。
また、オステルマン師団長の言っていたように、魔導適性の高い人間には特別の待遇が用意されてもいる。
シグルズの出世の第一段階としては、これを使って初めから師団司令部で勤めることとなるだろう。
○
ACU2307 9/7 神聖ゲルマニア帝国 グンテルブルク王国 ブルグンテン基地
「……で、僕の上官はあなたなのですか……」
「ああ。君のことは気に入っている。是非とも私のもとで存分に活躍してくれたまえよ」
帝都に到着。魔導士として軍籍に編入されたのは、ジークリンデ・フォン・オステルマン師団長の第18師団であった。
確かに、魔法で地位を勝ち取ったらしい彼女ならば、シグルズの能力を適切に評価してくれそうではある。
だがシグルズは彼女が苦手である。
「しかし、こんな偶然があるものなんですね……」
ゲルマニア軍は全部で60個師団で構成される。
その中で魔導適性検査で顔見知りとなった彼女の下に配属される確率は、2%くらいである。
「いえ、偶然ではありませんよ」
「あ。あなたは……」
同じく魔導適性検査で案内役を勤めていた、めちゃくちゃ紳士な士官である。彼もオステルマン師団長の部下らしい。
「久しぶりですね。私はハインリヒ・フォン・ヴェッセル。第18師団の幕僚長をしています」
「あ、どうも。シグルズ・デーニッツです」
「よろしく、シグルズ」
挨拶に懇切丁寧な握手を交わした。
オステルマン師団長は全体的に傍若無人過ぎるが、ヴェッセル幕僚長は逆に模範的な人間過ぎる。
――ここには両極端の人間しかいないのか?
初日から心の中でため息を吐きまくるシグルズであった。
しかし、彼の紳士っぷりにすっかり圧倒されていたが、すっかり忘れていたことがある。
「その、偶然ではない、とは?」
「うちの師団長閣下がシグルズを無理やり自分の師団に配置させた、ということですよ」
「そういう訳だ、シグルズ! この私の元に着けたことを喜ぶがいい!」
「はあ……」
全て仕組まれた陰謀だった訳だ。しかし、自分で直々に挨拶しにきてくれるくらいには、師団長はシグルズを気に入っているのである。
ならば、良好な関係を保つべきである。
「では、今後とも宜しくお願いします。師団長閣下、幕僚長殿」
○
ACU2308 1/13 神聖ゲルマニア帝国 グンテルグルク王国 ミェーナ基地
魔導士には一般の兵士に課されるような訓練は特にない。
基本的に全て魔法で代替出来てしまうからである。
無論、一般的な訓練の代わりに魔法の訓練がある訳だが、それも、才能が有り余っているシグルズにとっては、3日で完遂出来るものに過ぎなかった。
であれば次は――
「さあ、君の魔法を見せてくれ。思う存分暴れていいぞ」
「了解です」
入営より4ヶ月。帝国東方、地球ではミンスクくらいの位置にあるミェーナ演習場を貸しきって、シグルズの為だけの演習を行うこととなった。
鉄板を焼き切る炎を発生させ、大岩を斬り裂く剣を振るい、地面を掘り返し、凍りつかせ、大木で防塁を立て――
シグルズは思うままに魔法を振るった。
誰もがその地獄のような光景に絶句していた。
○
「素晴らしい。素晴らしいぞ、君は」
天変地異でも起こったかのような演習場を見つめながら、ジークリンデは呟いた。
「ハインリヒ、記録はちゃんとしているな?」
「はい。勿論です」
「よろしい。やはり、私の見立ては間違ってはいなかったな!」
「ええ。彼ならば、
世界で9人の存在が認められている、他とは隔絶した力を持った魔女。それがレギオー級の魔女である。
具体的には、ヴェステンラントに7人、大八洲に2人だ。
その影響力は大艦巨砲時代の戦艦のような戦略的な戦術兵器と同等と言える。
これまでゲルマニアにそれはなかった。
だが、これよりはシグルズこそが10番目のレギオー級となるのだ。それも補給を必要としない最強の魔導士である。
「閣下、ローゼンベルク閣下より、通信が」
「ん? 何だ?」
「内容は、閣下に直接伝えるとのことで」
「そ、そうか。分かった」
水を差された。しかし、東部方面軍総司令官の呼び出しを無視する訳にはいかない。
ジークリンデは後のことを渋々ヴェッセル幕僚長に任せ、通信機の元に向かった。
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