ピョートル大公とハバーロフ大元帥

 ACU2307 10/20 ダキア大公国 首都キーイ


 時は数ヶ月遡る。シグルズが入営してすぐの頃。


 場所はダキア大公国首都のキーイ。大体キエフくらいの場所にある。


 ダキア大公ピョートル・セミョーニョヴィチ・リューリクは、東の隣国――大突厥とっけつ國の可汗かがん(一番偉い人)の阿史那あしな染圖せんととの会合を開いていた。


 ○


 アストラハヤ(地球で言うところのシベリア)の大突厥國とダキア大公国は、長年に渡って領土争いをしている非常に仲の悪い国同士である。


 だがピョートル大公は関係改善を決断し、こうして大突厥國の指導者を招いた。


 その理由は2つある。


 片方はダキアの事情。


 簡単に言えば、ゲルマニアとの貿易摩擦である。


 ゲルマニアは、エスペラニウムを産出するが大した国力のないダキアを舐めてかかってきており、安値でエスペラニウムを買い叩こうとしていた。


 ピョートル大公は無論、断固としてこれを拒絶した訳だが、ヒンケル総統の強硬案を採り、ゲルマニアは今度は武力で恐喝してきた。


 戦争の足音が迫る中、大突厥との戦争にかまけてはいられないのである。


 もう一つの事情は、大突厥の事情。


 これも似たようなもので、大突厥の更に東の北元國がこの頃軍備を拡大し、その矛先を大突厥に向けつつあるからである。


 こうして利害が一致した両国は、関係改善への同意をこぎ着けたのだ。


 ○


「――それで? 友好の為、貴国にもそれなりの用意があるのだろう?」


 椅子にどっしり腰かけた豪気な男が可汗の阿史那染圖である。国家元首というよりも山賊や海賊をやっていそうな男だ。


「勿論だ。こちらには、現状で我が軍が占領している地域を、ことごとく貴国に返還する用意がある」


 反対に、清潔感溢れる凛とした男がダキア大公ピョートルである。


「奪ったものを返しただけで贈り物になるとでも?」

「そうは思っていない。領地の返還に加え、今後予想される貿易において、我が方の輸入時の関税を可能な限り下げることを約束しよう」

「ほう。我が国の鬼石(きせき)を欲するが故か」


 東方ではエスペラニウムのことを鬼石、魔法のことを鬼道と呼ぶ。


「然り。隠しはしない」


 大突厥におけるエスペラニウムの産出量はダキアの3倍以上であり、ガラティアのそれの1/5に相当する。


「しかし、貴国の民はそれで豊かになる筈だ」

「そうだな。確かに、金は手に入る」


 アストラハヤは貧しい土地だ。


 しかし、エスペラニウムを輸出品とする貿易を行えば、国は豊かになる。それは可汗も望むところ。


 だが、それは当然、相手国の軍事力を高めることに直接繋がる。


「――それでも、貴国を信用せよと言うことか?」

「悪い取引ではない筈だ。大八洲も西突厥も北元も、貴国のエスペラニウムを買ってはくれまい」


 大八洲はエスペラニウムの輸入などしなくとも大量に産出する。西突厥も北元も不倶戴天の敵国だ。


 となると、大々的な取引相手に選べるのはダキアしかない。


「――であるならば、いいだろう。そちらの条件を呑み、向こう30年の不可侵条約及び通商条約、認めてやろう」

「感謝する。今後の両国の繁栄を願おうではないか」


 かくしてダキア大公国は背後を固めることに成功した。


 ○


 ACU2308 1/5 ダキア大公国 対西方戦時首都メレン


 そして今度は数日前。新年早々のこと。


 大体モスクワくらいの位置にある都市メレンにて。


「で、本当にこっちから仕掛けちゃうんですか?」

「どうせなら、そうするしかないだろう」


 ダキア大公と話していた中年の軍人はニコライ・ヴァシリーエヴィチ・ハバーロフ大元帥。ダキア軍の最高司令官である。


 因みに、大公と大元帥はやけに仲がいいと評判だ。


 結局、ゲルマニアとの関係は悪化の一途を辿り、開戦は避けられなさそうであった。


 ならば、向こうから仕掛けられるよりはこちらから仕掛けた方がいい。


 そういう大公の判断である。


「我が兵40万に魔導士1万。兵の数では決して後れを取りはしませんが……」


 ゲルマニア軍は総兵力90万。だがその全部をダキア方面に回せる訳ではない。


 となると兵数で圧倒的に不利な訳ではなくなる。


「やるしかないじゃないか。一度決着を着けないと、どうにもならないよ」

「それは、そうですが……」

「何、決戦に一度勝利すればいいんだ。そうしてゲルマニアに我々の意思を見せつける。そうすれば、多分――何とかなる」


 何もゲルマニアに攻め入って首都やらを制圧しようとしている訳ではない。


 全軍を集結し大会戦を挑み、見事ゲルマニア軍を粉砕し、ぎゃふんと言わせてやりたいのだ。


「勝ったところでゲルマニアが再度軍を編成してくる可能性もありますし、そもそも初戦で勝てるかも分かりませんよ」

「何とかして勝つのだよ。こっちには一応、ゲルマニアにはない魔導部隊があるんだ」

「ガラティア帝国の1/10にも満たないですが」

「ま、まあ、頑張ろう」

「まあ、考えがない訳ではないですが」

「混成軍団、だな」

「はい」


 数は確かに少ないが、無視出来る程の少なさではない。


 その微妙な数の魔導士の運用の為、ハバーロフ大元帥とピョートル大公が考えたのが、混成軍団である。


 即ち、戦列歩兵の前面に魔導士を薄く展開し、魔導士には防御に専念させつつ、歩兵が全力で攻撃を行うというものである。


 つまりは、地球における初期の戦車の運用の魔導士版のようなものだ。


「それに飛行魔導士もあります」

「ああ。彼女らか」


 飛行魔導士隊。ダキア軍の魔導士から選抜した最精鋭部隊である。


「勝てると思うか?」

「何せ実戦経験が突厥相手だけですので、予想しかねます。しかし、我々が用意出来る最高の戦力であるのは間違いないかと」

「だよな。それくらいしか言えんよな」

「まあ、はい。で、本当にやっちゃうんですね? 召集をかけたら、もう引き返せませんよ」


 ハバーロフ大元帥は念押しの確認を重ねた。


 しかしピョートル大公の意志が曲がることはない。


「ああ。やってくれ。私はゲルマニアの言いなりになど、なりたくはない」

「承知しました。全国の兵に召集をかけます」


 そうしてこの動きがゲルマニアに伝わり、ローゼンベルク総司令官が自らの軍に召集をかけたのである。

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