ヴェステンラントの場合Ⅲ
「で、では、ゲルマニアを分裂させるというのは、どうでしょうか?」
オリヴィアは控えめに。
「具体的に、説明してくれるか?」
オーギュスタンは続きを促す。
「は、はい。神聖ゲルマニア帝国は、14の半独立国家の集合です。その中心のグンテルブルク王国も、全体の経済規模からしたら、1/3程度を占めるに過ぎません。ですから、それを上手いこと分裂させればよいのではないかと……」
「なるほど。悪くない。いや、実にいい。君もなかなか、狡猾なことを考えるではないか」
「ま、まあ、どうも……」
ゲルマニアが連邦国家であるならば、バラバラにしてしまえばいい。成功すれば長期に渡ってゲルマニアを国際政治の場から退場させられるだろう。
オリヴィアは平和を好むが、いざ戦争となれば容赦はしない。そういう人なのである。
「となると、ブルグンテン制圧も意味はある?」
「ああ。だろうな。まずはそれが手っ取り早いだろう」
「よかった」
クラウディアの策――帝都の制圧は、中央政府の権威を失墜させ、連邦を瓦解させるには、確かに最も効果的であろう。
「しかし、それで蒸気機関がなくなるのでしょうか?」
疑問を呈したのはクロエ。
国をバラバラにしたところで、結局はそれぞれの国に蒸気機関が残るのではあるまいかと。
「それについては、問題ないだろう」
答えたのは意外にも穏健派のシモンであった。
「と言うと?」
「産業革命の本質は、富の集中だ。ゲルマニアは、グンテルブルク王国――特にブルグンテン周辺に国中の富を集めることで工業化を進めている。が、ゲルマニアをバラバラにしてしまえば、それも不可能になるだろう」
それは経済学者としてのシモンの見解であった。
要するに、バラバラにしてもそれぞれの国がそれぞれの規模に見合った工場を運営し続ける――なんてことはないということである。
「――では、決まりましたね。戦争目的は、ゲルマニア帝国の解体。よろしいですね?」
沈黙。
戦争目的は決定された。
無論、これはあくまで目的に過ぎない。
どのよう勝利を収めるか、何を用意すべきか、周辺国にはどう対応するか、等々は、これから決めていく。
とは言え、将来的にヴェステンラント合州国と神聖ゲルマニア帝国が戦火を交えることになるのは、今この場で決定されたのだ。
「ああ、そうだ。そろそろ娘の様子を見に行かなくては。失礼させてもらうよ」
さも当然のように席を立つシモン。
「あ、ちょっと……」
「悪いな。ではまた」
エメの静止は軽くあしらわれ、シモンは去った。
「あ、私も、姉さまの様子を見に行かなくては」
「…………」
思い立ったように席を立ったオリヴィアも、去った。
家族愛が深いのはいいことだ。誰も責めることは出来ない。しかし、それにしてもだ。
――七公会議を何だと思って…………
常識人だった二人は消えてしまった。
いや、最初からここに常識人はいなかったのかもしれない。
「二人もいなくなったのなら、私も帰るわ。じゃあねー」
「……」
ドロシアは言い訳すら放棄して消えた。
「私も、読みたい本がある。帰らせてもらうぞ」
「…………」
寧ろ言わない方がいい言い訳(?)をして、オーギュスタンも消えた。
残ったのは、議長のエメと白公クロエと黒公クラウディア。
「どうしてこの国にはマトモな指導者がいないのでしょうか……?」
これはいつもの流れである。誰かがいなくなると言い出すと、ドミノ倒しに会議は自然解散となるのだ。
「これくらいの度胸がなければ、大公など務まらないと思いますよ」
「そういうものでしょうか」
「ええ。という訳で、私も失礼させて頂きます」
「はあ……」
全く成立していない酷い理論と共に、クロエも円卓を去った。
「あなたは残ってくれるのですね、クラウディア」
ぽつりと残ったクラウディアに、エメは僅かな期待を胸に声をかけた。
「規則には従うべき。勝手に去るのは、よくない」
「規則、ですか。では、私が解散と言ったら帰るのですか」
「そうなる。初めからやる気はないから」
ダメだった。
「…………解散です」
「分かった。帰る」
本日の七公会議は終了した。
○
ノフペテン宮殿の一角、白公クロエ・エッダ・イズーナ・ファン・ブラン・ド・アルシャンボーの居室にて。
「クロエ様、お気分が優れませんか?」
考え込んでいるクロエに声をかけたのは、彼女の専属メイドのマキナである。
クロエと同じように誰にでも丁寧に話すが、それに加え感情を表に全く出さないことで有名な少女だ。
「いえ。そういう訳ではありません。ただ先程の戦争目的について考えていただけです」
「そうですか。出過ぎた真似を致しました」
「いえ。ですが、首都に繋いでもらっていいですか?」
「はっ。直ちに」
この場合の『首都』とは、彼女の国の首都――ノイエ・アクアエ・グランニのことである。
窓辺に設置された装置をマキナが操作すると、たちまち政庁へと魔導通信が繋がる。
電波というのは光の一種だ。なれば光の魔法で電波を操り通信を行うことも可能なのである。
『――お待たせしました。此度はどのようなご用件で?』
相手は白の国軍務卿のハインリヒ・ピエール・ファン・ボルマンである。
「至急、我が国で用意出来る兵力と艦艇について調査し、報告をまとめて下さい」
『我が国というのは、他の大公国もですか?』
「手が余ったら、お願いします。やるのなら、優先は赤の国からで」
『承知しました。直ちに手配します』
クロエに立ち止まる気はなかった。
ただゲルマニアを、蒸気機関なるものを駆逐する為に。
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