アルタシャタ将軍
「青い外套……明らかにあれだな」
銃弾飛び交う戦場が見えてきた頃、シグルズは目当ての人物を発見した。
やけに偉そうな豪華な青い外套を着て指揮刀を杖のようにしている男が、数人の部下に囲まれ、街路の真ん中に立っている。それ以上の護衛はいないようだ。
「――閣下、敵の装備はゲルマニア製の最新兵器のようです」
「訓練も行き届いており、このままでは押しきられるのは必至かと……」
「厳しい、か……」
シグルズはそっと降り立ち、前しか気にしていない一団に忍び寄る。
「反徒の皆さん、こんにちは」
「っ! 貴様、何者だ!?」
「反抗するのなら容赦はせんぞ!」
威勢の良い護衛たちが叫ぶと、アルタシャタ将軍と思われる壮年の男性は、ゆっくり、堂々として振り返った。彼が例え目当ての人物でなくとも、一目おくべき人間であるのは間違いない。
「少年よ、粋狂などではあるまいな?」
「あんたがアルタシャタ将軍か?」
言い放った瞬間、護衛に緊張が走った。だが将軍はそれを軽く制止する。将軍もまた、シグルズがただ者ではないと見抜いたのだろう。
「いかにも。私がアルタシャタだ。この一揆を指揮している」
首魁は見つけた。後は彼を気絶させるなり殺すなりすればよい。
だが、シグルズは興味を持った。この暴挙を行った人間が何を思っているのかに。
「質問がある。どうして、こんなことを?」
「理由、か。我々の大義は、レモラ王国の解放と、機械化の拒絶。私個人としては、ガラティアが嫌いだから協力しているだけだがな」
「嫌いだから?」
——ふざけているのか?
「嘘ではない。私は元はイランの武官でな。祖国がガラティアに併呑されようとした時、最後まで抵抗する一派にいた。だが武官も文官も、ガラティアの豊かな富に目が眩み、アーリア人の誇りも忘れ、アリスカンダルの奴を王として認めてしまった。後は、察しがつくだろう?」
「ああ。典型的な亡国の志士だな」
「はははっ。そう言ってもらえると、嬉しいよ」
ガラティアは、半ば謀略とも言える宮中工作と、巨大な生産力を背景に、エスペラニウムの豊富なイランとトリツ(インド)を同君連合に組み込んだ。
エスペラニウムと引き換えにガラティアの豊富な産品が手に入り、国民は確かに豊かになる。
だが外国人を君主に据えていることに変わりはない。それを受け入れられない人間も少なからずいる。その代表がアルタシャタ将軍なのであろう。
「それで? 君は何の用でここに来たのだ?」
「この一揆とやらを終わらせる為だ」
「私を殺せば終わると考えたのか」
「そうだ。実際、大義を必ずしも共有しないあんたに頼らざるを得ないということは、逆に言えば、あんたがいなければ彼らはマトモな戦力たり得ないということじゃないか?」
満面の笑みで。
対して将軍は、決して少年を馬鹿にしたりはしない。
「賢いな、君は。しかし、君に我々を止められる力があるのか?」
「ああ。ある」
「なれば、やってみるがいい」
アルタシャタ将軍は指揮刀をシグルズに向けた。
それを合図に、護衛の兵は一斉に弩を構える。
「撃て」
将軍は無慈悲に告げた。相手が誰であろうと剣を取る者に手加減はしない。
容赦のない攻撃。銃弾のような矢が飛来する。
「壁だ」
引き金が引かれるのとほぼ同時に、シグルズの正面に先程の少女が出していたものと同様の鋼鉄の壁が現れる。弩でそれは貫通出来ない。
しかし弾かれている様子がない——つまりは壁に突き刺さっていることから、相手も上位の魔導士というのは分かる。
「じゃあ……次はツタだ」
壁から僅かに顔を出し、敵の位置を確認するや、地中から大量のツタやその他の植物が伸び、兵士の体にまとわりつき、動きを封じる。
この一手で完全に万事休すになった者がほとんど。だが一人、拘束を逃れた者が。
「草ごときっ!」
戦士の周囲に短刀が次々現れ、動きを妨害するツタを切り裂く。そして——
「覚悟っ!」
「っ!?」
彼は自由を取り戻すと、短刀片手に勢いよくシグルズに飛びかかった。
だがその斬撃はシグルズには届かない。
「楯かっ!」
片手持ちの円楯を召喚し、短刀を防ぐ。楯に正面から斬りかかったそれは容易に折れた。
だが戦士は冷静である。彼は素早く飛び退き、新たな長剣を召喚し、シグルズに向かい合った。
「まだだ。まだ——」
「そこまでにしておけ」
静かに唐突な試合終了を告げたのは、アルタシャタ将軍だった。その声からははっきりとした諦めが感じられた。
「な、何故ですか!? こいつはまだ——」
「この少年が本気になっていたら、お前はとっくに死んでいる。不殺は殺すのより難しい。それを成し遂げる彼に、お前では敵わぬよ」
「……」
「理解が早くて助かる」
シグルズは全ての魔法を解除した。護衛の兵士は皆解放された。
将軍は負けを認めた。よってシグルズにこれ以上戦いを続ける理由はないのだ。
「し、しかし、どうするおつもりで?」
「最早どうしようもあるまい。私の命はこの少年の手中にあり、少年は一揆を止めるよう求めている。なれば、私が指揮を継続することは不可能だ」
「で、では、我々は……」
「好きにするがいい。逃げるか投降するか、そんなところだろう。ああいや、その前に、私が死んだとでも、皆に伝えてきてくれ」
「……了解」
少なくとも反徒にとっては、もう指揮刀を振れないのだから、その実際の生死にかかわらず、アルタシャタ将軍は死んだ。
それは紛れもない事実である。護衛たちはそれを仲間に伝えるべく走り去った。
◯
「それで、あんた自身はどうするつもりなんだ?」
一人残った将軍に、シグルズは問うた。
「私も所詮は俗物でな。次なる好機を待つ為、どこかに逃げようと思う。まあ、しかし、君が私を殺したいのならば、それは無理だろうがな」
「別に、殺すつもりはない。この場では楽しい旅行が邪魔されたことに腹が立っただけだし、大局的にはこの世界そのものを嫌っているから」
この一揆も、所詮はこの世界の歪みの極一部に過ぎない。
アルタシャタ将軍やその兵士を殺すことに意味はない。
正すべきはこの世界の摂理だ。魔法という、道理を外れた邪法だ。
「そうか……では、私はもう消えることとするよ」
「とっとと消えてくれ」
「辛辣だな」
将軍は口笛を吹いた。
するとどこからともなく立派な馬が現れた。
将軍はそれに軽やかに乗り、前線とは反対方向に走り出す。
しかし、ふと立ち止まり、振り返った。
「ああ、そうだ。最後に、君の名前を教えてくれるか?」
「シグルズ・デーニッツだが」
「シグルズか。エウロパの英雄——いい名前だ。ではシグルズ、君は君の志を果たすがいい」
その後、反乱軍は瞬く間に瓦解。レモラ市は解放された。
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