レモラ一揆
レモラ一揆。
後世そう呼ばれる事件にシグルズは巻き込まれていた。
ついさっきまでは賑わいを見せていた街道からはすっかり人が消え、代わりに軍服を着た魔導士が時折見回りをしている。もっとも、警邏が極めて疎らなことから、その数は多くとも千程度だ。
暫くすると爆音は止んだが、それは恐らく、反乱分子の方が官軍を制圧するのに成功したからであろう。
「面倒な……」
これは当分帰してはくれなさそうだ。
常識的に考えれば、民間人の観光客に過ぎないシグルズはこのまま黙って息を潜め、ガラティア帝国軍が反徒を鎮圧するのを待つべきである。
しかしシグルズはそれをよしとしなかった。せっかくの旅行を邪魔されたのに怒っていた。
故に彼は決断する。
「おや、お客さん。先程も申しましたが、外には出ない方が――」
「いえ、ご主人。僕は結構怒っているんです。こいつらを叩き潰しに行きます」
と言いつつ、シグルズは手のひらにぽっと炎を現出させた。
「ほう。魔導士の方でしたか。とは言え、彼らの中には元軍人のような者もおりますよ」
「僕ならば、勝てます」
「……そうですか。では、私にあなたを止めることは出来ませんよ。くれぐれも、生きて戻って下さいよ。お姉様の為にも」
「勿論です」
シグルズは宿を後にした。手始めにさっき窓から見えた奴からだ。
「お前、何をしている?」
男は弩をシグルズに向けた。間違いなくブルグンテンで借りた魔導弩と同じものだろう。
「君たちを止めに来た」
「は? 抵抗しなければ殺しはしない。とっとと建物の中に――っ!!」
「静かにしろ」
兵士の目の前に剣を召喚。それを一回転させ、弩を真っ二つに。
「お、お前……」
何事かも分からぬ間に武器を失い怯える男に、シグルズは一歩一歩近寄っていく。そして、新たに召喚した拳銃を握り、男に向けた。
もっとも、魔法というものの性質上、完璧にその構造を把握しているものしか作れない為、拳銃と言っても構造の簡単なフリントロック式の短銃だが。
「お前たちの首魁は誰だ? そしてどこにいる? 答えろ」
「い、言う訳がない! 俺たちは大義の為に――ひっ!」
引き金に指をかけ、男の顔の横を掠めるよう一発。男の顔が青ざめていく。
「答えろ。さもなければ、お前を殺すことを僕は躊躇わない」
「わ、分かった。分かったから! 首魁は、アルタシャタ将軍だ。場所は……知らない」
「本当か?」
「ほ、本当だ!」
「他に情報は?」
「……将軍は、青い外套を纏っている」
「そうか。ありがとう」
「あ、あ――」
男の頭の後ろに木製の槌を召喚して殴り付けた。死にはしないだろうが、意識を保ってはいられないだろう。
「青い外套……ま、探すか」
シグルズは飛翔の魔法で飛び上がった。
かなり遠く、レモラの郊外に、官軍のものと思われる天幕がいくらかあった。前線がそこら辺にあるということである。
それにレモラ中心部に殆ど敵兵がいないことを加えれば、現在反乱軍と官軍は正面きっての戦闘中ということになる。
これはシグルズにとって好機。ここで後ろから襲撃し敵の指揮官を排除すれば、反徒などすぐに瓦解するだろう。
「ん? あれは……」
――戦っている、のか?
弩を連射している兵士。そしてその正面には、厚い壁を盾にひたすら攻撃に耐えている、恐らくは魔導士。敵の敵は味方である。
「よっ、と」
先程と同じく木槌を作り、兵士に投げつけた。さっきまで威勢のよかった兵士はあっさりと崩れ落ちた。
取り敢えず地に足をつけ、壁に引きこもっている魔導士と会話を試みる。
「あのー、大丈夫ですか?」
「え? あ、はい。助けて頂きありがとうございます」
聞こえてきたのは、想像とは全く違う幼い少女の声。
「顔を、見せてくれる?」
「あ、はい! そうですよね。失礼ですよね」
ひょっこりと顔を出したのは、真っ白で可憐な少女。髪から肌、そしてドレスに至るまで白い。
いや一点、いや二点だけ、その双眸は赤く輝いていた。それは血液の色が透けているのだとどこかの書物にあった。
「何で君みたいな小さな子が?」
「あ、あなたに言われたくありませんが」
「ああ。確かに」
彼女も小さいが、シグルズも日本の基準で言えば中学生だ。同じくらいに小さい。
「じゃあ、小さいのは置いといて、どうして戦っていたんだ?」
――まあ一方的に撃たれてただけに見えたけど。
「そ、それは秘密です」
「そう。じゃあ、この鉄の壁は君が?」
「はい! 頑張ったんですよ!」
興奮したのか少女は壁の後ろから姿を現した。その瞬間、シグルズの目に真っ白いドレスの朱に染まったのが見えた。
「君、怪我を!」
腰から下の右の方が大きく汚れている。返り血という訳ではなさそうだが。
「これですか? ちょっと撃たれてしまって」
「ちょっとどころの騒ぎじゃない気がするんだけど!?」
そんなに血を流しては死んでしまう。
「いや、心配しないで下さい。もう止血はしてありますよ」
「——そ、そうか。よかった」
医療の常識くらいはあると見える。ほっと息を吐いた。
しかし同時に怒りが湧いてきた。
こんな子が血にまみれて戦わなくてはならない。どうしてそんな馬鹿げたことが起こっているのか。それは——
「魔法か。魔法などに縋るから、こんな馬鹿なことを……」
理解した。
この世界にとっての魔法とは、決して単なる便利な道具ではない。それは言わば旧時代の陋習であり、世界史の進展を妨げる手枷足枷なのだ。
なれば、消さねばならない。神がどう考えているかは知らないが、本来あるべき姿に世界を正すのもまた、転生者の義務であろう。
「どうしたのですか?」
「いや、何でもない。ともかく、僕はこれから敵の首魁を潰してくるから、君は安全なところにいてくれ。じゃあね」
「え、ちょ、ま……」
確かにこの子をここに置き去りにするのには引け目を感じもするが、今はそれよりもアルタシャタ将軍とやらを片付けにいくのが先だ。
シグルズは純白の羽で飛び上がり、前線に向かった。
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