オステルマン師団長

「何だ何だ。何の騒ぎだ?」


 駆け寄ってくるオステルマン師団長。それに事情を軽く説明する兵士。


 説明を聞き終えると、師団長は興味深げにシグルズを見つめた。


「この話は本当か? 君がエスペラニウムなしに魔法を使えると」

「ま、まあ……はい」


 エリーゼには申し訳なかった。


 しかし、ここで誤魔化したとしてもいずれバレる。ならば、どうせなら、これを最大限売り込むしかなかろうと。


「いつからそんなことが出来るんだ?」

「物心ついた時、くらいからですかね……」

「では、その理由に心当たりは?」


 師団長は慌てもせず、非常に理知的であった。


 先ほどからがさつなところが目立っているが、やはり軍人。必要な情報だけを求めてくる。


 しかし、シグルズはその理由を知っているものの、正直に応えようとはとても思えなかった。言っても馬鹿にされるだけであろうから。


「さあ……。僕には何とも」

「そうか。なら、魔法を見せてくれるか? 何もなくても出来るのだろう?」

「まあ、そうですね。何をすればいいでしょうか?」

「軽く火の玉でも出してみてくれるか?」

「了解しました」


 手のひらを上に向け、軽くそれを念じれば、そこから炎が上がった。手から直接出ている訳ではなく、その少し上から火が上がっている。


 事前に身体検査は受け、エスペラニウムを持っていないのは確認済み。よってこれで証明は完了だ。


「ほう……面白い。君は、魔力根源問題に実質的に答えを与えたな」

「な、何ですか? それは」


 耳にしたことのない単語。元の世界での『未解決問題』のような響き。シグルズは非常に興味を持った。


「魔力は一体どこからやって来るのか、という問題だ。エスペラニウムに魔力が宿っているという説と、大気中の魔力をエスペラニウムが吸い上げているという説があったんだが、これで後者が正解だと分かったな」

「それはなかなか大変なことなのでは?」


 地動説か天動説かで割れている世界に地動説の動かぬ証拠を叩きつけたようなものだ。つまり——


「ああ。前者の説だった学者は全員失職だな」


 と言って師団長は高笑い。


 シグルズは苦笑いで何とか合わせる。というか、苦笑いをしていないのはオステルマン師団長だけであった。話が本当だとすると、恐らく何千人もの学者が干されるのだが。


「しかし、どうするおつもりですか? 師団長」


 例の紳士な兵士が師団長に尋ねた。


「別に、どうもしないさ。単に成績優秀者として記録しておくだけだ」

「それでよいのですか?」

「ああ。軍に入ってくれたらまた色々と考えるが、今はこれでいい」

「承知しました。ではそのように」


 この件は基本的に秘密にされるようだ。


 実際、これが知れ渡ったら多方面から狙われることになるであろうから、この判断にシグルズは大いに感謝した。


 ◯


 その後、全員の試験が終わり、成績優秀者が事務的に発表され、それらの者には軍から特別の認定証が授与された。


 落ち込む者と舞い上がる者があったが、今日はこれで終わりだ。受験者たちはぞろぞろと会場を後にした。これも元の世界の合格発表みたいである。


 この後は成績優秀者の中でも、すぐに軍に志願する者もあれば、一度故郷に帰る者もいる。シグルズはこの年ではまだ軍務には就けない為、帰ろうと思っていた。


「シグルズ君、ちょっといいか?」

「——な、何でしょうか?」


 シグルズは師団長に呼び止められてしまった。しかもエリーゼがそこにいるのに。


「まさかシグルズ、あなた、魔法のこと……」


 ——軍人に、バラしたの?


 姉は一瞬にして何があったのを理解した。一を聞いて百を知るとは正にこのこと。


 オステルマン師団長すら何事かと一歩退く悪魔の笑顔に、シグルズの背中を冷たい汗が走った。


「……は、はい。ご、ごめんなさい……」

「あんなに言うなと言ったのに?」

「そ、そうです……」

「これは、その、どういう状況だ?」


 オステルマン師団長は意を決してエリーゼとシグルズの間に割り込んだ。


 するとその瞬間、エリーゼから一切の殺気が吹っ飛び、人当たりのいいおっとりとした少女が現れた。あまりの変わり身に、師団長はまたしても一歩引く。


「はい。実はですね——」


 エリーゼは少し前に故郷であったことの一部始終を説明した。シグルズにその能力を使わないように言いつけた話である。


「——という訳です」

「なるほど。姉上の心配はよくわかる。だが、今回のは事故だったんだ。決して、シグルズ君が自分から才能をひけらかした訳ではない」

「そうでしたか。いずれにせよ、こうなった以上はそれなりの対応を期待します」


 一企業の経営者並みの切り替えの早さ。いや、元より彼女はデーニッツ家の経営者なのだ。


「わ、分かった。今回はその話をする為に呼び止めたんだ」

「ですよね。流石は賢明な師団長様」

「あ、ありがとう……。ではシグルズ君。要件を伝えよう」

「はい」

「まあ、言いたいことは一つだけだ。君には是非とも軍に入隊してもらいたい。軍内での好待遇は、先程も言ったが、私が保証する」

「その理由は何ですか?」


 エリーゼは鋭い目で師団長に問うた。彼女はオステルマン師団長や軍部を信用してはいなかった。


「単に優秀な魔導士が欲しいというのが一つ。それと、私個人として、シグルズ君の力がどのようなものなのか、見てみたいんだ」

「見てみたい?」

「ああ。前例のない力だ。一人の魔導士として、それが気になるのはおかしなことか?」

「いえ。素晴らしいことかと。まあ、理由はそれでいいでしょう」


 とは言いつつも、彼女の疑惑の眼差しが変わることはなかった。


「ま、まあ、いずれにせよあと4年はどうにもならないですから、家でゆっくり考えてきます」


 この2人を一刻も早く引き剝がしたくなったシグルズ。因みにゲルマニアでの成人の基準は16歳である。


「そうね。今日はもう帰りましょうか」

「ああ。今度会うのを楽しみにしているよ」


 こうして波乱の魔導適性検査は終了した。

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