魔導適性検査
「まずは自己紹介をしよう。私は、ゲルマニア帝国陸軍第18師団のジークリンデ・フォン・オステルマン師団長。伯爵だ。まあ、君たちの中には、私を知っている者も多いだろう」
残念ながらシグルズの記憶にはない。
「……姉さん、知ってる?」
「さあ。知らないわ」
姉も同様で、結局デーニッツ家に聞き覚えは全くなかった。
しかし周りの人々の反応は全く違った。その名を聞くやざわめき出し、口々に感嘆や畏敬の念などなどを零している。
どうもかなりの大物であるようだ。
「えー、知らない者の為にもう少し詳しく語るとすると、私は、魔法の才覚に恃んでここまで上り詰めた女だ。伯爵というのは師団長になったから下賜された爵位であって、決して、家柄によってこの地位を得たものではない。というか、そもそも私の出は北方ヴィークラントの寒村だ」
ヴィークラントとは、ノルウェーの北の方を少々削ったような領土をした帝国内の領邦である。数十年前に帝国に併合された国家の一つだ。
「僕の人生の手本みたいだな……」
シグルズの人生設計を体現したような人間がそこにいた。これだけで、なかなかどうしてやる気が出てくる。
「まあ私についてはこのくらいにして、君たちにはここに集まってもらった意義を改めて語ろうと思う。まず知っての通り、現下、帝国におけるエスペラニウムの産出量は、魔導軍を擁する三大国と比べ、絶望的である」
現在、三大国——ヴェステンラント合州国、大八洲皇國、ガラティア帝国のみが、魔導兵のみで構成された実戦的な軍隊を運用している。
そしてその末席であるガラティア帝国と比べても、ゲルマニアのエスペラニウム産出量はその1/400未満なのである。要するに魔導戦力の差は絶望的ということだ。
「よって我々は、この限られた資源を有効に活用せねばならず、その方法を日夜考えている。このエスペラニウムを全て使えば千人の魔導兵を運用することが可能ではあるが、そんなものはあってもなくても変わらん。最も効果的なのは、魔導探知と通信にこれを使うことだ」
実に合理的な発想である。直接の武器としてエスペラニウムを使うのではなく、軍隊を統率し指揮する道具として使うのだ。
「この仕事を行うのに、人数は大して必要ない。1個師団に10人もいれば十分だろう。そして、そこで重要なのは、個人の能力、或いは才覚だ」
この世界では通信機や電探の性能が個人の能力によって決まってしまうのだ。ならば、可能な限り優秀な人材を帝国中からかき集めたい——そう思うのも必然であろう。
「よって、君たちにはこれより検査を受けてもらい、その能力を見せてもらう。優秀な成績を出せば、将来的に、或いは今すぐにでも、男爵以上の爵位を得られるかもしれないぞ」
師団長はいやらしい笑みを浮かべた。
男爵ともなれば、実質的に生涯に渡って豊かな生活を保障されるようなもの。それを欲しがらない人間はそうそういない。
一部の例外を除いては。
「シグルズは爵位、欲しいの?」
「別に、爵位なんて興味ないよ」
「そう。あなたがそう言うのなら、好きにしなさい。お姉ちゃんは爵位なんてなくてもへっちゃらよ」
シグルズは爵位などに興味がない。
現代日本において貴族など虚しいものだと教えられたのもあるが、シグルズの遠大な計画からすれば、男爵など道端のホコリ以上の何物でもなかった。
「じゃあ、主催者からの挨拶は以上だ。あとは頑張ってくれたまえ」
○
「ではこのように、こちらの弩で、先にある的を撃ってください。射撃の精度は問題ではないので、どうぞ全力で」
と、丁寧な説明をしてくれたのは、受付にいた凄まじく紳士な兵士。
弩とは言っても、事前に設定された魔法と魔力によって鉄を溶かせる程に高温の矢を銃弾並みの速度で飛ばす、魔導士の為の武器である。因みにその加速はローレンツ力によって行われている。
その威力は使用する者の力量によって決まる為、魔導適性を見極めるのに一番手っ取り早いのが、これを使わせてみることなのである。
数人ずつ呼び出され、支給品の弩で鋼鉄の厚板を撃ち、それをオステルマン師団長などが評価する、といった流れで検査——というよりかは試験――は進んでいた。
「では、どうぞ。集中して、一発です」
側面のレバーを引いて弓を引くことの代わりとし、矢をつがえ、そして引き金を引く。
大概は鉄板に凹みを作る程度。
「刺さった……」
だが中には鉄板に突き刺さるものもある。シグルズもその一人だった。
「ほう。やるじゃないか、少年」
本心かは分からないが、後ろでふんぞり返っていた師団長が。
「いや、それほどでも……」
「素直に喜べ。君は間違いなく好待遇確定だ」
「それは嬉しいです」
シグルズは割と素直に喜んでいた。こんな簡単なことで出世が確定したのである。この時ばかりは神に感謝した。
——まあ、出世しなきゃいけなくなったのも神様のせいだけど。
しかし、事件は起きる。
「ありがとうございました」
シグルズは借りていた弩を担当者に返した。しかしそれを手渡した瞬間、彼は不思議そうな顔をして、弩をまじまじと調べ始めたのである。
そんなことをされたら不安にならない人間はいない。
「ええと……まさか僕、壊しちゃいましたか?」
「いや、そうではないんだが……」
「では、どうしたんです?」
「やけに軽いなと、な……」
兵士は弩の下部——エスペラニウムを詰め込んである部分を開けた。
当たり前だが、この類の兵器は矢とエスペラニウムがあって初めて機能するものである。
「ん? お、おかしいな……」
「な、なんでしょうか?」
「エスペラニウムが入ってない、ようだ……」
彼はその時、自分の常識を信じられなくなった。何が起こっているのかを理解しかねた。
確認の為にもう一度弩をつぶさに観察する。しかし、その事実は変わらなかった。
「き、君は、エスペラニウムなしで、魔法を使ったというのか?」
「っ、そ、それは……」
——あ、詰んだ。
ここは軍だ。田舎の故郷ならまだしも、言い逃れなど出来る筈がない。
そしてその言葉の意味が理解されるにつれ、周囲の視線がシグルズ一点に注がれ始めた。
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