つぶやく猫
尾八原ジュージ
つぶやく猫
新型コロナウイルスの影響で外出の機会がめっきり減って、代わりに在宅時間が増えた時期、私はあることに気づいた。愛猫がスマートフォンを持っているのだ。普段は彼女の寝床に隠していて、誰もいない(と思われる)ときにこっそり取り出している。
フリック入力する猫を初めて見たときは、さすがに驚いた。家にいた母に慌てて報告すると、
「しっ、あれでバレてないつもりなのよ」
と言われた。
「誰が契約してるの?」
「静岡のおばちゃん。でも、あんたも今頃気づくなんてねぇ」
ひとには「しっ」と言っておきながら、母はゲラゲラと笑う。
だって仕事が忙しくてさ……なんて私の言い訳はどうでもいい。ともかく、我が家の猫はスマホを手にした。それで何をやっているかというと、ツイッターを始めたらしい。
「個人情報や写真はアップしちゃ駄目だよって教えといたから」
とは、彼女にスマホを与えた静岡の叔母の言葉だが、ともあれ今のところ炎上したり、自宅が特定されたりはしていないようだ。平和で何より……なのはいいとして、私は自分の心に芽生えたある欲望に悩まされることになった。
(特定したい……猫ちゃんのアカウントを!)
そもそも、まったく気にならない人がいるだろうか? 自分のペットが日頃何を考えているのか、ネット上でどんなひとたちと交流しているのか……。
アカウントを特定すること自体は簡単だ。猫がスマホをいじっているところを襲って、ツイッターの画面を見てしまえばいい。
でも、やらない。そんなことをしたら猫は傷つくし、私は数年来の信頼を失うことになる。肝心のアカウントもきっと削除されてしまうだろう。
こっそり寝床を漁ることも考えたが、猫はどうやらスマホにロックをかけているらしい。解除方法はわからないし、いじっているところを彼女に見つかったらと思うと……やっぱりできない。
だけどこの気持ちをどうしても一人で抱えきれなくなった私は、親友の凛とリモート飲み会をしているときに、ついぽろっと漏らしてしまった。すると、
『ああ、あるある。私も最近気づいたんだけど、うちのボスもブログやってるみたい』
なんてあまりにあっさり言われたので、私はすっかり驚いてしまった。
「えっ、あのベルツノガエルの!?」
『そうそう。防水のやつを水槽に隠してるの。まぁ、こっそりのつもりなのは本人だけだけど』
内緒にしてね、と凛は笑った。
自分のスマホを隠し持っているペットは、意外と多いのかもしれない。
ところで、最近相互フォロワーになった中に、気になるひとがいる。
『予防接種おわった~!』とか『さっき起きたところ』などとツイートするタイミングが、いちいちうちの猫の動きと被るのだ。
確認してみたいのは山々だけど、そうすると私のアカウントも猫にバレてしまう。リアルの知り合いには言いにくいオタク趣味専用のアカウントなのだ。
ひとまず今のところはこのまま、お互い「いいね」したりするだけの関係でいようと思う。
つぶやく猫 尾八原ジュージ @zi-yon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます