第2話 しめきり

 デザイン事務所を営む、細谷ほそや あおい 32歳。彼はポップデザインとイラストレーターをし、友人の漫画家のアシスタントも引き受けている。

 本名は細谷ほそや Noeノエ Fournierフォーニエ あおい。生粋の日本人であるが、実父の他界や母親の再婚。実母の他界と義父の再婚などを繰り返し、今では兄弟が20人以上いる。

 未だ結婚はしておらず、今は交換留学生としてフランスから来日した、フォーニエ家の末っ子、Chloeクロエ Fournierフォーニエ 17歳と共に暮らしている。


 そんな細谷 葵のお話し…。




   🍎




Bonjourボンジュール !」

「Bonjour. あぁ…おかえり。」

 ああ…フランセを喋っちった…。

 

Hiハイ! ノエ! 可愛いクロエが帰ったよ!」

 クロエは学校から帰ると、日課のようにデスクに向う、仕事中の俺の背中に抱きついてくる。

 ああ、うざい!

「ああ。おやつはテーブルに置いといたから…。」

「…フンッ!…Merci bienメルシー ビヤン….」

 頬を膨らませながら自室に向かうクロエ。どうやらご機嫌ナナメのようだ。


「女の子は難しいな…。」

「今のは細谷さんが悪いですよ。」

 社員の秋本君が、精気の無いやつれ顔で言う。

 今のどこが悪いんだ?

「葵はさ、女心がわからないから結婚どころか彼女もできないんだよ。」

 アシスタント仲間の山本さんが嫌味っぽく言った。

「結婚していない山本さんに言われてもね。」

 反論する俺。

「何を言う! 俺はバツイチだ!」

「大声を出さないで下さいよ山本さん、2てつで頭がガンガンしているんですから…。」

 秋本君、ヤバいか? 限界か? 残りは俺と山本さんで行けそうだから帰らせるか? でも、もう少しだけ頑張ってくれ…。



 今は締め切り間近の漫画の修正作業をしている。

 今回の修正は全体的にあるようで、ウチで請けたのは、まだ楽な方だと言う。本当かよ…。



   📖



 21時36分。全ての作業が終了した。

 先に終わった秋本君は来客用ソファーで寝ている。「少しでいいので仮眠を取らせてください。」と言っていたが爆睡中。

 きっと限界だったんだな。2日間の有給をあげるぞ、秋本君。本当にお疲れさん。

 山本さんも折り畳み椅子を3脚並べ、窮屈そうに寝ている。豪快な高イビキとゴニョゴニョと寝言も言っている。

 あなたはウチの社員じゃ無いから、自分の会社から有給を貰ってくれ。

「俺のケツを触るなぁ…。」

 はぁ? 何の夢を見てんだよ!?

 山本さん、あんたのケツは命に変えてもさわらねぇよ!


 俺は二人を起こさぬように、静かに外へ向かった。

 新鮮な外の空気で、タバコを吸うためだ。


 事務所のスライドドアを開け、2日ぶりの外へ出た。隣のレンタル農園からは夜露とともに野菜の香りがする。この匂いは白菜か? 白菜のコンソメスープが飲みたいな…。

 俺は愛用タバコのコルツ・グリーンティーのシャグを巻きながら、裏のガレージに近づく。すると、猫撫で声で話すクロエの声が聞こえた。

 この子は毎日、朝と夜、欠かさずここに来ている。俺の飼っているウサギの様子を見にきているのだ。

 野菜や果物を乾燥させ、ウサギ専用のおやつを作り、それを与えているわけだ。

 この子の一生懸命に何かに取り組む姿勢を見ると、とてもフォーニエの血が流れているとは思えない。


Merci beaucoupメルシーボクゥ.」

 カタコトのフランセでクロエにお礼を言う。

「ノエ!? 昼間はごめんなさい! クロエ、ノエの仕事の邪魔したよ。Veuillez m’excuserヴイエ メクスキュゼ….」

 俺も大人気ない態度を取ったんですけど。

T'en fais pasタンフェッパ. てか、日本語にしてくれないか? フランセは大部分を忘れたよ。」

「あはは。うん、わかった。あのねノエ。今度の金曜日は文化祭。金曜日は家族だけ。だからノエは来てでしょ?」

 俺のフランセもこんな感じなんだろうな。

「ああ。金曜日は15時から打ち合わせがあるんだけど、午前中に行っても大丈夫かな?」

「うん。きっと大丈夫。でも、クロエは先生に聞くよ。待ってるよん!」

 嬉しそうだな。


「あのね、次もノエに質問だよ? 聞くよ?」

 真顔で変な日本語ってヤバい。吹き出しそう…。

「ああ。何かな?」

「私のCasqueカスクから女の匂いがするの。この匂いはオバサンだよ…。」


 あっちゃー! スッゲーな女子! 確かに被らせました。俺と同い年の32歳の女性です。

 てか、32歳ってオバサンか? 17歳からするとそうなのか?

 と言うことは俺もオジサンだよな…。

 32歳だもんな…。


「ああっと…。先週の金曜の夜にさ、10分ぐらいかな? 家まで送るのに…ね…。」

 

 腰に手をあて、頬を膨らませながら俺を見るクロエ。


「あの…。メット…カスクを被んないと危ないじゃん? 的な? あはは…はは…。あの…クロエ? ごめんね。」


Ma chérieマ シェリー?」

 何を言っちゃてんの!?

「恋人じゃないって! Nonノン!!」

C'est vraiセ ブレ?」

「本当だよ! えっと、C'est vraiセ ブレ!!」


「はぁ…。クロエはノエを信じるよ…。でも、もうダメです。わかりました?」

「ああ。その人とは会うことはないと思うよ。」


 妹よ、お前さんの勘の鋭さはジジイ譲りか?

 2徹の怠さも吹き飛んだぜ。うぇーへっへっへっ。




   🏫




 金曜日の朝。

 

 今日はクロエの通う高校の文化祭だ。海外にも日本の学校みたいな文化祭ってあるのかな?

 俺が通った向こうの学校では無かったよな。それともJAPジャップは呼ばれなかったのか?

 クロエの楽しそうな顔を見ると、向こうでは無かったのかもしれないな。

 とにかく、今朝はお弁当も無いし、楽チンだったぜ。とりあえず、今日の仕事内容を秋本君に指示してっと。


「細谷さん、同窓会ですって。」

「同窓会?」

 

 今日のテンプレを秋本君のPCにメールをすると同時に、彼はその往復ハガキを俺に見せてきた。

 その葉書を見ると、第30期生 ○○○中学校 同窓会 案内状 と書かれている。


「秋本君、質問をしてもいいかい?」

「はい、何でしょうか?」

「俺、そこの中学って、3年の1学期の…確か、2週間ぐらいで転校したんだよね。」

「マジっすか? それで案内状が来るなんて、細谷さんって人気者だったんですね!」

「いやいや。クラス替えの後だったからさ、知り合いも一人しかいなかったんだよ。しかも急に転校になったから、実質、2〜3日しか登校していないと思うんだけど。」


 俺は案内状の差出人に目を向けた。そこには(株)同窓会屋さん と書かれている。


「同窓会屋さん?」

 俺がそう言うと、秋本君は食いついてきた。


「マジっすか? それ、めっちゃ有名ですよ! コンセプトは一昔後だそうです。」


 はぁ? なんで未来に向けて過去形の単語を使うんだ? 10年後って言うんじゃダメなのか?


「コンセプトは置いといて、よく俺のことを調べられたな。Fournierフォーニエ Familiarファミリアって、そういうところはユルユルなのか?」

「あはは。細谷さんの事だけユルユルだったりして。」


 ありえるんだけど…。


「まぁいいや。クロエんとこ行ってくる。メールしたテンプレが終わったら、17時前でも帰っていいよ。戸締りはよろしくな。それじゃ。」

「はい。お気をつけて。」


 同窓会屋か…。

 気持ち悪いな…。

 ただでさえ、気が重いのに…。

 先生にうまく説明できるかな…。


 


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