第6話 守護につくかまいたち
飲めや歌えやとまではいかないが。
辰也は腹もだが心まで満たされ、腕や脚の傷も治ったのだから上機嫌でいられないわけがない。
帰り道は、かまいたちが教えてくれることになったので全員で
「またいつでもお越しください。営業は十七時からです」
「絶対来ます!」
今日半日とは言え、世話になった彼に腰を深く折って礼を告げてから、今度こそ楽庵から離れた。妖怪達のいる世界とやらは、火坑のように完全人間に化けたりはしていなくても人間のところとあまり変わらなかった。
ホストやキャバ嬢とかがいるような店が多いのは、
かまいたちの後ろから離れないようにしながらキョロキョロしていると、後ろを歩いてくれていた
「なんだなんだ? そんなにあっしらの界隈が物珍しいか?」
「いや……なんか、人間には新鮮で」
「ま。ここまで真似たのは人間らのお陰もあるが」
「そうなんですか?」
妖怪も妖怪で人間の要素を真似るのは面白い。
今日はもう仕事が終わりでも、ついつい営業マンとしての仕事脳が働いてしまいそうになった。
「気に入ったなら、また来ればいい。こいつらにはしばらくあんたを標的にするのはやめて……いや、待てよ?」
水緒が止まると、先導してくれていたかまいたちも止まった。当然、辰也も。
水緒はタバコの火が口に近くなると、上着からシガレットケースを取り出してポイ捨てせずにケースの中で火を消して、また上着の中に戻した。それから数分考えて、指を鳴らした後に。
「
『へい!』
水緒はかまいたちを呼ぶと、こっちに来るように手招きした。彼らが辰也の前に立つと、今度は辰也に指を向けてきた。
「こん人の守護になりな!」
『合点!』
「……守護?」
「守護霊とかくらい聞いたことがあんだろ? それがこいつらになるだけだ」
「……けど、何でです?」
腕とかの傷はもう治ったから、その必要はないと辰也がこぼすと水緒はちっちと向けていた指を左右に振った。
「あそこの大将も言ってただろう? あんたはあやかしに好かれやすい霊力ってもんがある。何回も何回も腕や脚にこいつらがつけた傷痕は……その証拠だ。あんたの霊力にはあやかしを吸い寄せそうな魅力があるんだよ」
「……えぇ?」
今日初めて、この界隈と言うところに連れて来られて、火坑もだが彼らの正体も知ったのだ。見る能力とかもないと思ったが、どうやらこのまま放っておく方が面倒らしい。
「かまいたちは複数いるし、完全に治った今でも……辰也がまた他のかまいたちに狙われるんなら、いっそ契約を結んだ方がいいのさ。ひとりで界隈に来るのもちぃとあぶねーし」
「……けど、奈雲さん達のメリットは?」
「あるさ。契約すれば多少なりとも霊力を分け与えることになる。あんたの霊力なら微々たる量でも質がいい」
「……それだけで?」
『十分です』
三匹が強く頷くので、辰也もそれなら……と頷くことができた。
平凡な日々の延長線を送れるのなら、また火坑の店に来れるのならそれくらいどうってことはない。傷痕がなくなった代わりではないが、メリットを与えられるのなら大歓迎だ。
「……わかった」
「よっしゃ。じゃ、奈雲達と兄さん。円陣組むように手を合わせて」
「こう?」
えいえいおー、と言うようにすればいいと水緒の指示を受けて奈雲達と片手を重ね合わせた。
そして、背に鎌を担いでいる奈雲から声を上げた。
「我らが守護」
「我らの誓い」
「我らの願い」
『今ここに開眼せん!』
一瞬だけ、一番下になっている辰也の手が赤く光ったが、奈雲達の手が離れてもゲームとかであるような契約の紋章とかはなかった。
他にも、目で見えるものとかが変わったわけではない。
だが、奈雲達がいきなりひょいひょいと辰也の影の中に入ったのだ。
「……え?」
「守護霊と違って、辰也さんの影に僕らが入れるんです」
壺を持った奈雲がそう言うと、三匹とも中に入ってしまう。それを見て、水緒はまたくつくつと笑い出した。
「とりあえず、一件落着ってとこか?」
「提案者が言います?」
「願ったのは、兄さん達だろぃ? あっしは言い出しただけさ」
「……そうですけど」
とにかく、これで辰也のコンプレックス解消から、新たな社会人生活のスタートを切ることが出来。
翌日、朝イチで部長に腕の傷が治ったことを告げると、泣いて喜んでくれたのだった。本当の理由は言えないが、火坑が紹介してくれた診療所で治してもらったと嘘の情報を伝えて。
それと、奈雲達が守護についてくれたお陰で転ぶこともあの傷が出来ることもなくなったから……晴れて、十何年ぶりに半袖のシャツで仕事が出来るようになった。
(……火坑さんにも、伝えなきゃなあ? また美味い飯食いたいし)
代金を心配しなくていいのなら、御礼に持って行くお菓子で奮発しようと……
それと、心の欠片として見えたあのカフスボタンは……ベッドを掃除した時に隙間に落ちていたのを発見出来た。
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