第5話 心の欠片『うどんカルボナーラ』②

 痛くないのに、ずっとあったそれ。



(……んで……なんで!?)



 どうして自分に傷痕があるのか。


 どうして、自分は他の人達のように腕や脚を晒せられないのか。辰也たつやは、ずっとその傷痕がコンプレックスだった。


 夏になっても、肌を晒すことが出来ず。ずっと長袖でいるのに、同級生に理由を話しても信じられない彼らに腕の傷痕を見られて、離れていったのはひとり二人ではなかった。


 当然だ、リストカットと思われるような傷痕の持ち主を、憐れみ以外の恐怖の対象と判断しても。だから、就職した時も部長にはきちんと話した。医者に行っても匙を投げる対象でしかない傷痕を、隠すしかないが憐れみはあれど拒否はされなかった。


 それだけで十分だと思っていたのに……まさか、治る日が来るだなんて。


 辰也は、あやかしの店である楽庵らくあんのカウンターに座りながら……まくった腕の綺麗な肌に何度も触れてしまう。長年の悩みだった根源が綺麗さっぱりなくなってしまったのだから、嬉しくないわけがない。



「診療所の時も驚きましたが、美作みまさかさんはあやかしに好まれやすい霊力をお持ちなんですね?」



 うどんカルボナーラ作りを再開してくれた猫人の火坑かきょうはそう言ってくれたが、辰也には意味がわからなかった。



「霊……能力みたいなもんですか?」

「そうですね? 先程いただいた心の欠片もそうです。僕がすべての人間から引き出せるわけではありませんので」

「……? じゃあ、俺レアキャラみたいなもんですか?」



 会社でもゲーム関連の仕事をしているのでついつい口にしてしまったが、彼には通じたようでコクリと頷いてくれた。



「そのような感じです。さて、かまいたちの皆さんはお酒などはどうしましょうか?」

「冷酒!」

「同じく!」

「兄さんに同じく!」

「……瓶ビール」



 辰也の傷を治してさっさと帰ろうとしていたのを、辰也が引き止めて一緒に食事をしようと誘ったのだ。


 あの薬のお陰で、今の辰也があるのだから自分が被害者であれ、礼くらいさせて欲しかった。火坑にも、あの心の欠片と言う代金のかわりになる食材で、団体の飲み会以上の価値はあるから支払いは大丈夫だとも言われた理由もある。


 なので、今日は辰也の奢りだ。辰也はまだ熱中症の名残があるので酒はお預けだが。


 三兄弟の方は日本酒が来ると、水でも飲むかのようにごくごくと飲んでいく様は見ていて気持ち良かった。水緒みずおの方も、瓶ビールが来れば自分で注ごうとしたのを隣に座ってた辰也が注いでやった。



「悪いな?」



 カワウソのような見た目なのに、人間のような笑い方が出来るので妖怪とは面白いものだなと思う。もしくは、逆かもしれないが。


 辰也は冷たい麦茶で、とりあえず喉を潤した。



「大変お待たせ致しました。稲庭うどんで作ったカルボナーラです」



 出来上がったうどんのカルボナーラは、うどん自体が細いせいか生パスタのカルボナーラに見えた。


 しかし、全体的に黄色いわけではなくて、少し白っぽい。


 辰也が渡した心の欠片とやらのベーコンは細長く切られていたが、食欲を掻き立てるいい匂いが鼻もだが口の寂しさを潤すようで。


 皿を受け取ってから、一緒についてきたフォークでしっかり絡めとる。持ち上げた麺は少し重い程度で、パスタとは違う。


 紫蘇の葉か大葉かはよくわからない、刻んだ緑の葉と合わさったカルボナーラの香りは和風なせいか嫌とは思わなかった。


 迷わず、口に入れると。



(ん!?…………ブラックペッパーかと思ったら、ゴマだ!!)



 うどんにかけられた黒い粒は、黒胡椒ではなくすりごま。


 しかし、カルボナーラの強烈な味わいに、いいアクセントになっていた。カルボナーラの味はたしかにいつも食べるようなパスタとは違い、かつお出汁、鰹節が効いた和風だった。


 もちもちとしたうどんの麺には、まさにこれだと思えるくらい……その味達がしっかりと反映されていたのだ。牛乳とチーズの味ももちろんあるが、それらをかつお出汁の味が喧嘩することなく舌の上で踊り。


 ベーコンの油気と旨味が程よく溶けたソースが細長くもコシのあるうどんに絡んで、胃袋に刺激を与えてくれるのだ。空腹が少しずつ満たされ、爽やかな紫蘇の葉のアクセントが優しく包み込んで行く感覚。


 この味わいが出来るのに、妖怪も人間も関係ない。


 やはり、火坑の料理は美味い、と辰也は頷くことが出来た。



「ふふ。気に入っていただけたようですね?」

「マジで美味いですよ!」



 猫の顔でも、人間の香取かとりだった時と変わらない笑顔。変な偏見など、意味がないのだと思い知れた。



「おい!」

「しい!」

「です!」

「ふぅん? なかなかの霊力じゃねぇか? こりゃ、いい味だ」



 かまいたち達も喜んでくれたようで良かった。


 だが、満腹になるにはまだまだ遠い。


 それから、楽庵の本来の開店時間まで、辰也達は大いに飲み食いすることにした。

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