第4話 かまいたちの失敗

 いつもの辰也たつやだったら、化け物と叫んで逃げ出してしまうはずなのに。


 そのカワウソのような妖怪は、如何にも『兄貴』な雰囲気ではあるのにとても小さかった。その小ささのお陰か、迫力はあるのに怖いとは思わずに済んだのだが。言葉を話して、人間のようにタバコをふかしていてどこかカッコよく見えているけれど……鋭い眼光は辰也を捉えていた。


 一度深くタバコの煙を吸い、少し上を向いてから大きく吐いた。銘柄はよくわからないが匂いが強めなものを使っている。少し距離があるのに、独特の苦みのある香りが辰也の鼻をかすめた。



「随分とデカくなったな? ま、人間は短命種だから仕方ないが」



 そして、そのカワウソはまだピーピーと鳴くように土下座したままのカワウソ三匹の頭をテンポ良く叩いた。



「ぐぇ」

「うぇ」

「きぇ!?」

「いつまでもピーピー泣くな!? この兄さんに言うことは他にもあんだろ!?」

『はい〜〜〜〜……』



 なんなんだ、と思っていると。タバコをくわえているカワウソよりもひと回りくらい小さいカワウソ三匹は、首を折りながらも辰也の前に立った。



「その……」

「本当に……」

「すいやせんでした!!」

「理由を言え、理由を!!?」

『あい……』



 また謝罪されたが、たしかに後ろのカワウソが言うように本題には触れていない。コントのように、いつ取り出したのかハリセンで後ろのカワウソは三匹の頭を叩き、地面に顔をぶつけさせた。



「あの……俺なにかされたんですか?」



 三匹がジタバタしている間に、辰也はハリセンを担いでいる方のカワウソに声をかけた。その彼は、空いてる方の手でもう一度タバコをふかしたら。



「お前さん。腕に幾つもの切り傷があんだろ? その長袖の下の」

「!? な……んで!!?」



 いきなり初対面の相手に、何故知られてしまっているのか。まだ、料理の手を止めている火坑かきょうにすら伝えていないのに……妖怪だからか、と思うことしか出来ないが、カワウソはタバコをくわえてからまたハリセンで軽く三匹の頭を叩いた。



「こいつらが直接の原因だからだよ」

「え?」

「あっしらは『かまいたち』と呼ばれるあやかしだ。基本的に三匹でひと組。……ひとりが風起こして相手を転ばせ、ひとりが鎌で斬りつけて、ひとりが薬を施して治す。それを生業なりわいとする種族。あっしは、最近こいつらの教育係になった治すかまいたちの水緒みずおってもんだ」

「かまいたち……って」



 妖怪に詳しくない辰也でも多少はその伝承を学生時代とかに聞いたことがあった。だが、実在していて、今辰也の長袖に隠れている、数多の傷痕に関係していると言われても……すぐに信じられなかった。これがまさか、彼ら妖怪に関係しているだなんて。


 すると、三匹の方の、壺を抱えていたかまいたちが辰也の足元にちょこちょこと歩いてきた。



「……僕が、ダメだったんです」



 壺を地面に置いてから、またペコリとお辞儀をしてきた。



「治す、僕の力量が足りなくて。今日も……実は、久屋ひさやで再挑戦しようと兄さん達に頼んで転ばせてもらったんです。けど、まさかここの大将さんに助けてもらうだなんて思わず。また……この薬を塗り損ねたんです!」

「……薬?」



 壺に薬だなんて、今時古風ではあるが彼らは彼らの理由があるのだろう。


 かまいたちは壺の蓋を開けると、辰也の鼻にも市販薬にもあるような漢方薬のような独特の匂いが届いてきた。



「僕がドジで、いつも塗れなかったんです。塗れても……効き目がイマイチで傷痕が残ってしまって……だから、今日まで修行を重ねてきたんです! 僕に塗らせてください!」



 と言って、また彼は辰也に向かって腰を折った。



「……この腕の傷。…………君達が?」



 だが、まだ辰也には信じられず。けれど、治るなら……と信じようとして袖のボタンを外して腕をまくった。大小様々な切り傷。血は滲んでいないが。見ただけで痛々しさが伝わってくるような酷い傷痕だ。これが利き腕だけでなく両方の腕。あと両脚にもあるのだ。


 恐る恐る聞くと、他の二匹もまた深く腰を折った。



「はい」

「俺らの不手際で……実は、お兄さん以外にも何人か被害者はいます。それを解決するのに……水緒さん達先輩に頼って順番に回ってきていたんです」

「あとは、お兄さんだけです」

「薬……塗らせてください!」

「……わかった」



 自分だけかと思いきや、他にも被害者がいたとは。それを順に治しているのなら、せっかくなので辰也も治してもらおう。まだ夢を見ているような気分なところもあるが。


 もう片方の腕もまくるのも面倒なので、ワイシャツを脱いで両腕を晒した。自分で見ても相変わらず痛々しい傷痕からは目を逸らさない。


 これから起きる奇跡を信じるために。



「では……」



 壺の中身は、薄緑の塗り薬のようだった。かまいたちの一匹はそれをたっぷりと手につけて、慎重に辰也の腕に塗っていく。染みるかと思いきや、冷たくて気持ちがいい感覚にほっとしていると……一瞬腕が光った。



「……あ」



 あれだけ痛々しかった腕が。


 つるつるの皮膚だけになり、傷痕なんて最初からなかったのではと思うくらい、ただの男の腕がそこにあった。


 触ってみても、カサカサしていた傷痕は一切ない。


 その奇跡に、思わず泣きそうになってしまうが。



「効き目は上々。ぜーんぶ治してやんだぜ?」

「はい!」

「……お願い」



 そして、辰也の腕もだが脚の傷痕まで綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。

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