座敷童子

第1話 マドレーヌで助ける


 名古屋中区にあるさかえ駅から程近いところにあるにしき町。繁華街にある歓楽街として有名な通称錦三きんさんとも呼ばれている夜の町。


 東京の歌舞伎町とはまた違った趣があるが、広小路町特有の、碁盤の目のようなきっちりした敷地内には大小様々な店がひしめき合っている。


 そんな、広小路の中に。通り過ぎて目にも止まりにくいビルの端の端。その通路を通り、角を曲がって曲がって辿り着いた場所には。


 あやかし達がひきめしあう、『界隈』と呼ばれている空間に行き着くだろう。そして、その界隈の一角には猫と人間が合わさったようなあやかしが営む。


 小料理屋『楽庵らくあん』と呼ばれる小さな店が存在しているのだった。









 湖沼こぬま美兎みう。(株)西創さいそうデザインの新入社員となり三ヶ月程度だが、立派にクリエイティブチームの一員として日々精進している最中だ。


 この春に、自棄酒がきっかけで摩訶不思議過ぎる異世界と行き来出来る機会に恵まれた。そのお陰で、仕事にも意欲的になれたし希望通りの配属先に決まったのだ。


 それから定期的に、その異世界のような妖怪達の世界。通称『界隈』と呼ばれる別空間に足を運び、行きつけになった小料理屋である楽庵で酒とご飯を食べる。それが習慣になったのが嬉しくて、ついつい頻繁にこの界隈に来てしまう。


 この界隈にはまったく人間がいないわけではないし、最近は飲み仲間も出来た。丸の内勤務は同じだが、取引先のひとつであるSNSアプリ向けの制作会社の営業さん、と。



美作みまさかさん、お酒強かったなあ?」



 楽庵の店主である、猫と人間が合わさったような妖怪の火坑かきょう。彼に助けられたことがきっかけで、よく通うようになったそうだ。美兎も助けられたとわかれば意気投合して、実は取引先の会社だとわかったのである。


 大いに飲み食いしたが、終電に間に合うようにするために美兎は帰宅することにして。


 妖怪達……あやかし達が賑やかに過ごす界隈から人間が住む世界に向かって歩いていく。


 まだ両手で数えられる程度しかここには来れていないが、あやかし達は人間とは見た目が色々違うだけであとは同じだ。


 不快な思いをさせなければ、別にこちらの懐に触れてこようとはしないし声もかけて来ない。ただ、顔見知りになれば挨拶程度はする。それだけでも、十分な進歩だ。



「……はー、今日も美味しかった」



 だいぶ馴染んできたスッポンのスープを含めるフルコースに、今日は去年仕込んだらしい猪の肉で作ったチャーシューを使ったチャーシュー丼。


 甘辛く、けど脂身もとても食べやすかったので辰也たつやと思わずかき込んだ程だ。今度市販のでも良いチャーシューを買って実践しようと決めた。さて、もう少しで出口に着くと思ったら。



「ひゃ!?」

「わ!?」



 いきなり正面から誰かが出て来た。


 あやかしか、と足元を見たら……小さな小さなおかっぱ頭の人間の子供、のように見えたのだ。子供にしては、さかえ近辺で小学生くらいの年齢の子供がうろうろしているのはおかしい。


 だから、あやかしかと思って尻餅をついた子供の前に屈むと……泣いて、いたのだ。



「え、ごめん!? どっか怪我したの!!?」

「……ううん。違うよ」



 すると、きゅるるる……と可愛らしいお腹の音が子供、女の子の方から聞こえてきた。


 その音に、美兎は『へ?』と変な声をこぼした。



「……あの、あなた妖怪さん?」

「? そうだよ?」

「お腹……空くの?」

「あやかしだって、空くもん」



 ぷぅっと、可愛らしく頬を膨らますので。美兎はなんだかおかしくなって来て、たまらずクスクス笑ってしまう。そこで、ふと鞄に入れておいたものを思い出して彼女の前に出してやった。



「どーぞ?」

「え?」



 差し出したのは、今日先輩から貰ったマドレーヌの袋。その先輩の彼氏が、栄の近くにある洋菓子店のパティシエで、彼女である先輩にも色々作ってくれるそうだ。だから、おすそ分けとしてもらったひとつがちょうど鞄に入れたままにしていた。



「いただきものだけど……甘いの平気?」

「好き……だけど、いいの?」

「私はいつでも食べれるし、いいよ?」

「…………あ、りがと」



 女の子は包装のフィルムを開けると、彼女の手の大きさくらいあるマドレーヌを少しの間見ていたが、勢いよくかぶりついた。


 次第に輝いていく表情に、余程お腹が空いていたんだなとわかってほっと出来た。



「美味しい?」

「おい……し! 甘くて、ふわふしてて……全然むせない!」

「ゆっくり食べてね?」

「うん!」



 そうして、全部食べ終えてから女の子は屈んだままだった美兎の髪を、ぽんぽんと撫でてくれた。



「?」

真穂まほからもおすそ分け」



 そう言った後、子供が笑う声だけ残して……真穂と名乗ったあやかしの女の子は美兎の前から消えてしまった。


 まさか、幽霊かと思ったが。幽霊はここだと食事が出来るのか、と違う方向に考えが逸れてしまったけれど。



「ま、いっか?」




 とりあえず、誰かを助けることが出来て、美兎は気分が良かった。

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