第5話 アドバイス

 夢喰ゆめくいと言う宝来ほうらいもだが、猫と人間を合わせたような火坑かきょうも人間どころか化け物であるのに不思議だ。


 人間よりも、優しく包み込んでくれるような温かさがこの店だけでなく彼らにある。


 現実に疲れ過ぎた美兎みうの心に染み渡っていく感覚が心地よい。夢でなく、これも現実ではあるが。


 こんな現実なら、美兎には大歓迎だ。



「美味しかったです!」

「お粗末様です」



 改めて言うと、火坑はまたにこにこ笑ってくれた。猫顔でも、表情は人間の姿だった時と変わらない。むしろ、こちらの方がしっくりくるくらいだ。



「ふぃ〜! 予想以上の吉夢きちむ。ちともらい過ぎだぜ」



 宝来はお腹いっぱい食べたわけではないのに、服の上からお腹をぽんぽんとさすっていた。


 すると、小さな服のポケットから何かを取り出そうとしていた。ごそごそと探していたが、やがて見つかったようで子供サイズの手に握ったものを美兎の前に差し出してきた。



「? あの?」

「貰い過ぎだから、余り……と言うわけではないが、貰ってくれ」

「あまり……?」

「お嬢さんの吉夢を食ってわかったが、最高の夢である大聖夢だいせいむに匹敵するくらいの旨さだった。なら、俺っちの手持ちであるこいつを受け取ってくれ」

「……はあ?」



 美兎は心の欠片と言うものを火坑に渡して、それが卵となり出汁巻きになって宝来とは一緒に食べただけなのに。仕組みはわからないが、どうやら彼らにとっては報酬を貰い過ぎだと言うことなのだろう。


 宝来に手を出すように言われると、差し出した手の中にコロンと乗ったのは綺麗な水色のビー玉だった。



「……宿れ、宿れ。この者のうちに」



 宝来が何か真剣に呪文のようなものを唱えると、ビー玉がカッと水色の光を発して、少しだけ熱くなったと思っていると。光が消えた時には、もうビー玉の姿はなかった。



「……え?」

「お嬢さんの中に入ったんだ。これで、お嬢さんの日常生活にもちょっとしたスパイスが加わるぜ?」

「……えーと?」



 イマイチ意味がわからないでいると、火坑がクスクスと笑い出した。



「夢喰いの持つ吉夢ですからね? 人間に直接与えるなどなかなかありません。ですが、僕も感じますよ? 湖沼こぬまさんの心の欠片は最上級品です。今日のお代には貰い過ぎなくらい」

「え? あれでお支払いになるんですか?」

「はい。物々交換とも違いますが、湖沼さんの霊力を具現化したものですからね?……僕からも、ひとつお節介をさせてください」



 そう言うと、火坑は自分の分も入れて人数分の煎茶を淹れて、それぞれの前に置いた。



「お節介ですか?」

「……僕の料理も湖沼さんの今のお仕事と同じです。ここで店を開く前は師匠や先輩料理人に、掃除や調理補助ばかり押し付けられていましたよ?」

「……かきょーさん、も?」

「ええ。それと、師匠に一度だけ言われたことがありますね?」

「なんですか?」



 とても気になった。


 この猫のような人間のような存在に、その師匠が、彼に対して何を告げたのかを。


 わくわくしていると、火坑はにこりと微笑んでくれた。



「料理の技術は見て学べ。盗めれるのなら貪欲に、と」

「ぬ、盗む?」

「聞いて覚えるのも、また技術の一つ。しかし、料理は実践で食材を扱いますからね? 視覚が特に求められます。例えば、先ほどお召し上がりになられた雑炊おじやに出汁巻きも。道具はもちろん、視覚で食感を確認するんです」

「俺っちの仕事も、目で視て吉夢を選別するぜぃ?」

「目で、見て……?」



 技術だけでも、知識だけでも仕事にはならない。


 はじめの頃に思ったような、日々の積み重ねが大事だと。あの時のような初心を持ち、無駄だと思っていた雑務が身につくようになる。


 火坑の修行時代の日々がそうであったのなら、人間の美兎も今はそんな時期。猫人の火坑が作り出した料理は、どれも繊細な仕上がりばかりだった。


 見た目で、味で、客を喜ばせてくれる。それを見て技術を盗む、との師匠の言葉以外にも色々努力してきたのだろう。


 そういった考えに行き着くと、美兎はまたすとんと、気持ちが落ち着く感覚を得たのだ。



「なーに、嬢ちゃんはまだまだ人間でも青臭い連中と変わりない。これから失敗しまくってでも、色々と覚えていきゃいい。何せ、心の欠片を作れるくらいの吉夢だ。伸びしろは期待大だぜぃ?」

「……そうでしょうか?」

「ふふ。すぐに自信を持てるのは難しいですが。気が落ちた時に、落ち着く気分になれる料理を一つお教えしましょうか?」

「そ、そんな、いいんですか?」

「簡単ですよ? 最初にお出ししたスッポンは素人には難しいですが、普通の卵の雑炊おじやです」

「え、あれだけ美味しいのが?!」



 とりあえず、手を洗って厨房の中に入らせてもらい、雑炊おじやの作り方を教えてもらった。料理の代金などは、本当に美兎から取り出した心の欠片だったあの緑の卵だけでいいと言われ。


 帰り道は、宝来が錦三きんさんよりはさかえの端まで送ろうと、風鈴のような鈴を手にして道案内してくれて。


 ビルの角を曲がる前に、ここまでだと言われた。



「ここを曲がれば人間達のいる世界だ。また来たければ、今来た道を歩けばいいさ。あの吉夢が現実になった後の方がいい」

「……ありがとうございます」

「なに。連れてきたのは俺っちだが、あそこを気に入ったのはお嬢さんだからな?」

「また……来ます」

「おう」



 そうして、宝来に手を振ってからビルの角を曲がれば。美兎が出てきたのは、見知ったビジネスホテルの角からだった。


 振り返っても、当然宝来のあの子供サイズのゾウ……ではなく、バクの姿はなかった。ゾウに見えたのだが、宝来が言うにはマレーバクの見た目らしい。


 とにかく、もう一度戻ってもあの界隈と言うところには行けなかった。だけど、お腹もだが心も満たされていたのは現実だ。


 その充実感を大事にしながら、美兎は地下鉄通路に向かう。時間の流れは、あそこもこちらも同じだったようで、スマホの時間を見たらまだ夜の九時だった。



「……明日から、心機一転しなくちゃ」



 火坑と宝来のアドバイスをしっかりと心に刻んで、美兎は上機嫌で地下鉄に乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る