第3話 夢喰い・宝来
「スッポンも食べられるんですよ。今の
「? つまり、このネズミ色みたいなのは……スッポンのレバー? 全然臭くないです!」
「ニンニクとネギの青い部分と一緒に煮込んであるからですかね?」
「……へー?」
工程はいまいちよくわからないが、何度食べても絶品だ。レバーは焼き鳥とかで食べる程度だったが、これはちっとも臭みが気にならない。
食感はクリーミーだし、味もわずかに苦いくらいだからか、ネギと同様に雑炊のいいアクセントになっている。
二杯目も完食してから、自然に手を合わせてから気づいた。
トイレを借りただけでなく、食事まで出してもらった。しかもここは、
それが顔に出ていたのか、店主はにっこりと微笑むだけで。
「お代はお気になさらずに。僕のまかないのつもりで作っただけですから」
「け、けど、悪いです! お手洗いまで借りちゃって!!」
「本当にいいですよ?」
「え……じゃあ。…………また、来てもいいですか?」
こんなにも優しい料理に……人柄に触れたのはいつ以来か。家族以外には、ほとんどなかったかもしれない。
ペコリとお辞儀をすると、店主はまたにっこり笑ってくれた。
「ええ、いつでも。ですが……お嬢さんのような素質のある方だからこそ、この界隈に来れたかもしれないですね?」
「へ? かいわい?」
「おや? お気づきではありませんか? ここは」
「ここは、あやかし達が住まう空間だぜ? お嬢さん?」
「はい?」
誰だ、と全く違う声に左を振り向けば。
子供くらいの背丈。ピンクの体毛に少し垂れた鼻。くりくりの小さい目。子供服のようなタキシードを身につけていた存在を見て。
美兎は、また頬をつねったが痛いだけだった。
「何してるんだい?」
「ゆ……め、じゃない?」
「現実と夢を取り違えちゃいけないぜ、お嬢さん? こっちの大将だって、人間じゃないのに」
「え……え?」
「ふふ。種明かしするのに、ひとつ。お嬢さん、手を出してくださいませんか?」
「……はい?」
子供サイズのゾウみたいなのも気になったが、店主まで人間じゃない。信じられないが、店主に言われたとおりに両手を彼の前に差し出すと。彼はぽんぽんと美兎の手のひらに自分の手を重ねた。
次の瞬間。
「ひゃ!?」
美兎の手の中が光り出して、また一瞬で消えた。
何が起こったかわからずに手の中を見ると、あったのは見覚えのあるゾウの缶バッジ。
そして、その側には猫の体毛に包まれた手があって。ゆっくりと顔を上げれば、厨房に立っていたのはさっきまでの店主と違った。
白い体毛の猫の顔に青色の瞳、猫の耳。
あの優しげな雰囲気はそのままだったが、何度見ても人間だった店主はそこにいない。
「申し遅れました。僕は元地獄の補佐官の一人であった、猫の端くれ。名を
「じ……地獄? え、猫?」
「
「へ、はひ!?」
「はっはっは! お嬢さん面白い顔になってるぜ?」
もう何がどうなっているのかさっぱりだ。
これは夢……これは夢と自分に言い聞かせても現実は現実。ゆっくりと大きく深呼吸をすると、美兎は手の中にある缶バッジを見つめた。
懐かしい、懐かしいものだった。今の会社に就職したいきっかけとなった思い出の品。
「さて、その心の欠片……実はあなたの目に見えているのは本来の姿ではないんです」
「え?」
貸すように言われると、彼がそのバッジを軽く叩いたら緑色の大きな卵に変化してしまったのだ。
「心の欠片は……魂の片鱗を食材などに顕現させたものなんです。お嬢さんの場合は、先程まで見えてたバッジですが」
「いい
食材、食べられる、美味しい。
まさか、人間を食べるんじゃ、と不安が込み上がってくると火坑と言う猫の店主が肉球のない手でぽんぽんと、美兎の頭を撫でてくれた。
「ご安心を。今の時世では人間より美味しいものはたくさん存在しているので、僕やこちらの
「安心しな?」
「……はい」
びっくりはしたが、猫なのに優しい手つきに不安だった気持ちが溶けていくようだった。それから、すとんと席に座った。
「しかし、ここに連れてきて正解だったなあ? いい吉夢がちゃぁんと心の欠片になってら」
「え?」
「鈴の音につられて来たと思っただろう? 導いたのは、俺っちの仕業だ」
「宝来……さんが?」
「おう。お嬢さんは、いい吉夢……叶えたい夢の塊を持ってんだ。だから、分けてもらうのにこの界隈に連れてきた」
「いい……夢……」
その言葉に、自棄酒をしてしまった今日を振り返り。
急に悲しくなってきて、美兎は涙をぽろぽろとこぼしてしまった。
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