第16話 聖なる蛇の団(3)
その日の夜――、襲撃の翌日の夜、俺はレオに無理矢理、
「うーん、僕の方も明日辺り行こうかなぁって思ってたんだけど、同じ件かな?」
ちなみに、俺以外は店に待機してもらっている。狙われたのは俺の可能性が高いが、ラージュラ村のことを考えればないとは言い切れない。だから、店に残っているカーラとクロエが警戒してくれている。特に、精霊魔法は警戒するための目に優れた魔法であるというし、昨日のように無防備に襲われることはないだろう。
俺の方は俺の方で、腰の鞄に
――たぶん。
「てことは、そっちも襲われたんですね?」
「襲われた? いやいや、バルカ、君が襲われたの?」
全然同じ件ではないらしい。
「ええ……。昨日の夜に、アリスとマクシムのところから帰るときに、聖白蛇騎士団から……。てっきりレオさんの商売敵が
「いや、やっぱり同じ件か」
ん、どういうことだ?
「新聞は……、C&Cはとってないのかな。……あの二人だもんな。
聖白蛇騎士団の紋章を持った3人が、今朝、この街の川下で、変死体で見つかったんだよ」
そう言って、活版印刷された新聞——現代人の感覚からすると、チラシ程度のもの——を投げて寄越した。そこには、センセーショナルな見出しで『聖職者の変死体、川で見つかる。悪魔の攻撃か?』となっている。
軽く中身を見ると、首や手足がちぎれ、全身から血が抜かれた上で水を吸った死体が3つ、今朝見つかったという。身につけていたものから、この町の大聖堂に勤める聖職者である可能性が高いという。ただ、死体の状況から、確かな身元は分かっていない。
——そして、その異常性から、先日、この街の近くで発生した、ブラン=レクターの失踪事件との関連も疑われる。
俺はぞっとした。ブランの死体の様子は俺しか知らないが、確かに血が抜けている――ミイラのようになっていたという点では一致している。
「……確かに、3人組に襲われた……んですが、どっちかというと、俺はアリスを逃がして、そいつらにやられた方なんですよね」
やられた時の状況、目覚めた時の状況をレオに聞かせる。
「無茶するね」
苦笑された。自分でもそう思うので、俺も苦笑いで応じる。
——いいとこ見せたかったし! ほら、クロエとの件があってアリス拗ねてるし!
「ということは、異国から来た君を誰かが助けてくれた、ということになるんだろうね?」
レオの眼光が光る。言わんとしていることは分かる。そう都合よく、俺だけが生き延びて、襲った方の3人が悪魔の仕業かと疑われるほどのことをする、何者かに殺害されるか? というと可能性は低いように思う。本物の悪魔憑きであれば、俺も殺されていただろう。
そうではなく、誰かが俺を助けてくれた、と考えるのが自然だろう。
俺はキョロキョロと辺りを見回し、声を潜めようとレオに近づいた。
「そう警戒しなくても大丈夫、防音は完璧だよ」
そういうことなら、と俺は肩から力を抜く。そして、今まで曖昧にしていたラージュラ村で処刑されかけたこと、そこで司教から助けられたことを話した。もちろん、他言無用の念を押すことは忘れずに。
「それこそ、記事にあったブランの目的地が、そのラージュラ村だ」
レオは渋面を作る。もちろん、ブランの死体については教えていない。
「状況を考えると、確かにブラン殺しの犯人が君を助けてくれた、か。司教猊下が助けてくれた、か。だけど」
「あるいはその両方」
「んー、それは考えづらい、かなぁ」
レオは苦笑する。
「そもそも、吸血鬼が迷信であり、病であるとつきとめて教皇猊下にかけあったのはこの街の司教猊下なんだよ。だから、聖白蛇騎士団に肩入れすることはあっても、それを邪魔する……、ましてや惨殺するなんて考えられない。もちろん、冒険者殺しもね。無辜の民を処刑から救う理由だけは、あるかな」
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺はレオの話を遮る。彼は少し不思議そうな顔でこちらを見る。
「確か、アリスの話だと吸血鬼が迷信で、実在を匂わすようなことを言うと背教者とされるようになったのは、20年以上前……、なんですよね?」
「ああ、確かそうだね。割と最近の話だ。それが?」
「だって、俺が見た司教猊下の顔は、どう見てもハタチそこそこでしたよ?」
レオは俺の言葉を聞いて、一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに大口を開けて笑い出した。
「そんなわけないだろう。司教猊下といえば、御年80にもなる爺さんだ。見間違えるにしたってもう少しあるだろう?」
——いやさすがにそれは見間違えないと思う。
そうすると、あそこにいたのは司教ではなかったのか。でも、そうだとすると、村人もアリスも、全員があの人物を司教だとすぐに認めた道理が分からない。
年齢だけなら、実は長命な種族だったとかならあり得るかもしれない。でも性別も違うとなると、うーん。
——老い先短い80過ぎの爺さんが、美少女に憧れて魔法とかで変装していた。
割と納得できる説になってしまった。そんな魔法があるかは知らないが、ジャパンに持ってったら男の三割くらいは使う気がする。ただ、それだと面白いけれど他の人が司教だと認める理由がない。
「そう、ですか」
ともあれ、そう言われたら引き下がるしかない。
「当たり前だけど、聖職者殺しは重罪だ。ただ、死んだと目されている3人はうちの者に調べさせたところ、この街の大聖堂でも浮いた存在だったようだ。聖白蛇騎士団仲間でも、ね。だから、積極的に犯人狩りが行われることはないだろう。その点は安心だけど」
「……変な動きは控えた方がいい、ってことですね」
そうそう、とレオは頷く。まあそれはそうだ。元々、吸血鬼ハンターのところに厄介になっているわけだし、クロエはともかく(元々浮世離れしていて何を考えていたか分からない)、カーラもレオも俺たちのことを上手く利用しようと考えているのだから、俺も仲間だと見做されるだろう。
「で、君が来た件の、僕の商売敵に聖白蛇騎士団の関係者がいないか……、なんだけど、あいつらは基本的に聖職者しか仲間と認めないからね」
「あっ」
前提が抜け落ちていた。レオが笑う。
「ただ……、さっきも言ったようにいなくなった3人は教会組織の中では浮いていたんだ」
レオと言わんとしていることが分からず、俺は小首をかしげる。いくらイケメンに転生していてもおっさんでは可愛くない。やはり司教が美少女に変装したくて変装していたとしても、俺は理解できる。
「そうすると、外部に助力を求めることは考えられる。一方で、浮いているとはいえ、大聖堂の司祭クラスからの便宜ってのは、やっぱりこの国では強力な後ろ盾だ」
地方都市での政治のあり方はまだよく分かっていないけれど、国政の中枢を教会が握っているのであれば、やはり有用だろう。それか、地方行政を飛び越えて、国政にアクセスできるか。
「両方だね」
伯爵閣下の統治も、やはり教会に強く影響されるらしい。神権政治……だったっけ。後1ターンだけ……が徹夜になるゲームで出て来た気がする。
「つまり、レオさんのところが邪魔な奴らに、聖白蛇騎士団が目をつけた可能性があるってことですか」
「うちとは限らないよ? そりゃあ、僕も手広くやってはいるけど、C&Cだって相応に商売敵は多いからね」
「そうなんですか?」
どう見ても、経営に窮してあちこち手を出してなんとか自転車操業している、シャッター街の生き残りみたいな感じだが。
あのね、とレオが苦笑する。
「僕が運びの依頼した理由覚えてる? 無頼の冒険者や船乗りなんかより、ずっと信頼をおけるからだ。担保がとれるからね。しかも、君という計算ができて、しかも何やら達人から訓練を受けている人間が入って来たんだ」
なるほど、業種柄、頻繁に引き合いは来ないものの、運び屋としては非常に強力な会社みたいなもんか。そう言われれば、冒険者からも運送屋からも疎ましい存在であるだろうし、信頼されていれば、普段の商店としても愛顧してくれる客が付くだろう。運びの仕事をしたくない冒険者にとっては、商売敵にはなり得ないし。
……待てよ?
「俺がマクシムの訓練を受けたら、よりそういう意味で悪目立ちするって知ってたんじゃ?」
「知ってたけど、聞かれなかったからね」
悪びれた様子もない。まあ、確かに、聞かなかった。聞いたとしても受けたとは思うし。条件としては圧倒的に俺に有利なままだ。今のところ。
決闘の代理人がどれほど大変かは分からないけれど(下手をすれば命を失うのは確かだ)、これだけ一見したら俺に得でしかない条件、もっと他にも副作用があると思っておいていいだろう。
渋い顔で頷く俺を見て、レオは笑う。
「まあ、そんな深く考えないでよ。そこで変に怒ったりしないところを見込んでいるんだよ。これは本当」
抑制的な性格は黒企業で生き延びるために必須の
「そりゃどうも」
「それに、確かに——僕もカーラも、聖白蛇騎士団が市井と手を結ぶなんて考えていなかったからね。言われると……、確かに、可能性はある」
突然、酷く冷酷な目つきになり、レオは唸る。
「互いに信念が違うのは仕方ないけどね、それを教会に取り入るために使おうなんて考えは気に食わない。……でもまあ、教会の外でなら、手を出せる。うちはもちろん、C&Cの周りでもなにかおかしいことがないか、うちの者に調べさせよう」
その申し出に俺は、さすがに警戒する。
「またなんか裏があるんじゃないでしょうね」
「ないない、それは警戒しすぎだよ」
といってレオは表情を緩める。
「あ、でもそもそも僕にとって……、商売人としても、吸血鬼ハンターとしても、という意味だけど、C&Cと、君は大事な存在だよ。こういう言い方が気に入らなければ、駒としてとっても有用なんだ」
「うん、そっちの言い方の方が信頼できますね」
「君はほんとに……よっぽど荒んだ国で生きてたんだろうね?」
そうは言うが、レオのやり口も大概だと思うが。さすがに日本で、商売敵を喧嘩で殺してやろうなんて発想はなかった。
「ま、信頼してくれるなら何より。警戒は続けながら、それでもマクシムには引き続き会いに行って欲しい。彼も街から離れたいみたいだからね」
「よっぽど変わって……、ますよね。あの人」
俺はマクシムの人間離れした生活を思い起こして言う。
「うーん、僕は彼、
「なるほど」
日曜日は必ず休むと言っていたのを思い出す。あれは単に働きたくないのかなと思ったが、吸血鬼ハンターたちと同じように、教会に逆らう意志はない、理性のある人間であるという無言の主張なのかもしれない。
野山を駆けまわって野ウサギだの鹿だのを狩ろうというのだし、その線は確かにありえる。というか、普通の人間と考える方が無理があるか。
「まあ、触らぬ神に祟りなし、だよ。この話はマクシムには言わないでよ。当たっててもそうでなくても、いい気分はしないでしょ」
「言わないですよ」
俺は苦笑した。
「……じゃあ、夜分遅くに、失礼しました」
俺は一呼吸置いて、おいとますることにする。
「いや、早めに動いてくれて助かったよ」
——これでなんとかなりそうだ。
この時、俺はなんとなくそう考えていた。対面して話し合うと、なんとなくプロジェクトが前進したような気がする、日本でも陥りがちな罠だ。
ただ……、俺もレオも、もう一つの可能性を失念していた。それに気付くのは、もうしばらく経った後なのだけれど。
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