第10話 冒険の店C&C
冒険の店C&Cは、冒険者に向けて武器防具や魔法の薬、それから食事なんかも提供しているなんでも屋だった。冒険者向けといっても、専業冒険者だけではなくて、雇い主、依頼者向けにも門戸を開いている。
『ていうか、冒険者や船乗り向けってしとかないと、営業許可がおりないのよね』
とはカーラの弁。まあ、確かに凶器が街の真ん中で売られているというのは、国の運営者としてはあまり好ましい状態ではないだろう。特に、コーマンは伯爵領であるというから、叛乱も怖いだろうし。
さておき、アリスは店番や接客。俺は裏で在庫の整理やら会計仕事やらを手伝うことになった。
「んふふ。そろばん、使えるのは、誤算。いい、戦力」
クロエは俺がパチパチと算盤を弾くのを、ご満悦と言った表情で見る。数字の表記だけは地球と少し違ったのが帳簿をつけるときに面倒だったが、他は大差がない。数学は学問の共通言語とはよくいったものだ。
「そりゃどうも……。ところで、アリスのスカート、短すぎないか? 大丈夫か?」
俺はバックヤードから、忙しそうに走り回るアリスに目をやった。時刻は昼時、近くの船着き場で旅支度をする冒険者や船乗りたちが休憩にやってきて、店は大忙しだ。
不安の種のアリスの服は、いわゆる膝上丈のメイド服だ。半袖のパフスリーブにも、スカートにもフリル特盛りで実に可愛らしい。サイハイ丈のストッキングをガーターベルトで吊っている白い太腿が実に眩しい……。というか、そんな生足が見えてしまう程度にはスカートが短いのだ。膝上丈どころではない、股下数cmの世界だ。
――お父さん許しませんよ!?
そりゃあもちろん、俺も眼福に預かっている訳だが、他の荒くれどもも無遠慮な視線を投げかけているのが実に腹立たしい。あ、あの酔っ払い手を伸ばしやがって、後で殺す。
「気の、せい。カーラ姉も同じくらい……。問題は、ない」
クロエはのほほんと否定する。
「カーラなぁ」
赤毛の店主も同じく表で働いている(裏方の仕事をさせたら、無限に仕事が増えるだけ、とはクロエの弁)が、確かに同じくらいの丈だ。しかし、アリスの純白に輝き、柔らかそうなぷに感のある太腿に対し、カーラのそれは健康的に日焼けして引き締まったアスリート的なそれだ。
好みの問題はあると思うが、俺は断然ぷに派だ。陸上選手とかは、純粋にすごいなぁと思って見る派。
「そういうクロエも着ないのか? ちょっとは店先に出るだろ?」
俺と一緒にバックヤード仕事をしているクロエは、俺と同じく野暮ったいグリーンのローブだ。グリーンと言えば聞こえはいいが、実際のところ、そこらの草木染めという奴。
とても年頃の女子が好んで着る類のものではないだろう。クロエだって素材はよいのだし。
「わたしは、いい……」
「何故」
「その、似合わない、から……」
「えー、そんなことないと思うな。似合うと思うぞ、是非見てみたい」
俺がにこにこ笑って目を見つめると、クロエは真っ赤になってうつむいてしまう。
「……その、貴重な意見として、受け取っておく」
「バルカさ~ん?」
気付けば背後に殺気。振り返れば、まあ誰かは分かっている。青筋を浮かべたアリスが、いつの間にやらバックヤードに戻って来ていたのだ。おかしい、どうやって気付かれないうちに俺の背後に回ったんだ……。
とはいえ、在庫の山でごちゃごちゃな空間だ。いくらでも死角はある。地震でも来たら大惨事だ。もしそんな事態になった日には、崩れた惨状を写真に撮ってSNSにアップすれば、確実にバズるだろう。
「ああ、アリス。お疲れ様」
やましいことは何もないので、笑顔でアリスをねぎらう。
「休憩? ここ座る?」
俺は隣のスツールに積まれた未処理の注文書の束をどけて、ぱたぱたと埃を払う。
「ううん、そうじゃなくて。カーラさん……、店長がバルカさん呼んで来いって」
さて、なんだろうか。呼ばれるままに店頭に出ると、店の忙しさは一段落した感じで、カーラは上等な仕立てのチュニックを着た髭のおっさんとテーブルを囲んでいる。親しげな感じだが、酒を飲んでいないところを見ると、恋人や友人ではなくて上客か。
「えと、店長……」
「おお、バルカ、来たか。レオさん、こいつが新入りのバルカです。バルカ、この方はレオさんだ。
「バルカ=レクターです。どうも」
俺は金髪碧眼の、短髪をきっちりオールバックにした男性に頭を下げた。大船主というには若く見える。日本にいた頃の俺よりは年上だろうが、それでも40代前半くらいの、ヤサ男だ。
「やあ、噂はかねがね……、今聞いていたよ。なかなか頭のキレる会計士さんとのことじゃないか。うちに来ないかい? 給金は3倍出すよ」
「あ、行こうかな」
「ちょっと待って、いきなりヘッドハンティングを雇い主の前でするんじゃないよ!」
カーラがキレる。
「ははは、冗談冗談。まあまあ、座ってよ。仕事の話だ」
――仕事の話?
俺は頭に疑問符を浮かべながら、促されるままに座った。なんだろう、帳簿の数字をあれこれしろとか、そういう話だろうか。
「ざっと言うと、船から積み荷を受け取って、配達して欲しいだけ。簡単だろ?」
「なるほど、お使いですね」
俺の言い方にレオが苦笑する。仕方がないだろう、MMO RPGとかでよくあるお使いクエストそのものなんだから。特に、新しい街とか移動するときに発生する奴だ。とはいえ、それこそ冒険者にお願いするような類のものだろう。
そう言うと、レオはもう少し詳しく説明してくれた。目録と品物を照らしあわせ、金額その他を確認した上で、手形と交換する必要がある……、つまり取引の完了を代行した上で、荷物を運んで欲しいとのこと。
識字率はもとより、簡単な計算もできない人の方が多い世界で、更に荒事が得意な冒険者となると数が限られるのだろう。
「加えて言うと、信用もだね。こうして店を構えているC&Cは、これまでの実績ももちろんだけど、品物を持ち逃げしたりはしないだろう?」
レオはにこやかに言う。したたかだけれど、一方でカーラとクロエがこの店をやっていけている理由でもあるのだろう。
「今まではこういう仕事、あたしとクロエでやってたんだけど、せっかく人増えたんだし、お店閉めるのもね……ってことで、あんたとクロエにお願いしようかと」
「ん、ああ、そうなの?」
「そりゃあね。お店をあんたとアリス二人に任せるのはさすがにまだ早いし、荷運びは……、できるできないの問題じゃなくて信用の問題で任せられない。かといってクロエ一人だと力仕事と、道中がちょっと心配だからね」
「そんなに危ないのか? 俺、戦えないぞ?」
「ゴブリンくらいは蹴散らせるって聞いたけど……。まあ、いいわ。そうじゃなくて、クロエ、しっかりはしてるけど、おっとりもしてるでしょ? 精霊魔法で
なんとなく分かる気がする。強く言われても不正は絶対しなさそうだが、情に訴えられたり、ちょっとした詐欺をしかけられたりしたら、ころっと騙されそうな、そんな雰囲気がある。
俺はバックヤードにちらっと目をやった。そんなこと言われているとは思っていないのか、思っていても気にしないのか、クロエは黙々と帳簿をつけているようだ。
――魔法でPOSレジとか作れないもんなんだろうか。
「分かった、そういうことなら……。せっかく雇ってもらってる訳だし、役に立つよ。――ところで、その間も店を開けるらしいけど、帳簿はどうするんだ?」
「そりゃあ、売上品目とお金だけとっといて、後でまとめて……」
「だよな……」
変にやられるよりはいいが、今度アリスに数字の書き方と、計算くらいは教えてやるとしよう。あの子の器量なら、それこそ、少し学があれば貴族のメイドとかも務まりそうだし。
「まとまったようだね。じゃあ、バルカくん、お願いするよ。――話は変わるけど、君は本当に戦えないのかい?」
「ええ、お恥ずかしながら……。子どもがやるように棒きれ振り回したり、後は見よう見まねで
意外だ、とばかりにレオはへーっと言う。
「拳闘かぁ。お隣のテインビル帝国では最近盛んだって話だね。こういうお店の護衛にはいいかもしれないけど、
困った。護身術か。できたら街の中で平和に暮らしていたいけれど、現代の感覚とは違って、それが困難であることは確かだ。
横目でカーラを見ると、「いいんじゃないか?」という風に頷いた。
――よし、訓練費用を経費で落としてもらおう。
「そうですね、考えておきます。ありがとうございます」
言うと、レオは如何にも嬉しそうに破顔した。
とても無邪気そうな、人の良さそうな笑顔だが、油断してはいけないだろうなと思う。積極的に損をさせてくるようなこともないだろうけれど、地上の荷運びや売買の完了を依頼してくるということは、何かしらの裏があるのだろう。
――まあ、恨みを買っているとか、用心深いとかいうだけかもしれないけれど。
船が入るのは二日後の予定とのことで、俺たちはそのまま、荷馬の手配や受け取りの段取りについて、打ち合わせを進めた。
――
前夜。数日は街道を旅することになるために、俺は革の肩掛け鞄に荷物を詰めていた。といっても、食料や飲み水、ワインなどの重い物は荷馬にくくりつけるため、すぐに取り出したいナイフや火熾しの道具、それから万が一のための
後は、長時間着ていても着かれないように、柔らかくなめした革で作られた
「俺の仕事は戦うことじゃないからな」
俺はC&Cの地下に割り当てられた部屋で荷物の確認をしながら独りごちた。
部屋といっても、扉は地下への階段しかなく、利便性のために区切られた
1階はもちろん、C&Cの店で、2階に本来の居住スペースがある。ただ、鍵のかかる部屋は3つしかなく色々と音も筒抜けになるということで、俺だけ地下に追いやられたと言う訳だ。
――まあ、納得はするけどさ!
カーラとクロエが同室で寝るとか、そういう工夫があってもよさそう……、いや、なんか寝る時間とか寝相とかで喧嘩しそうだな。あの二人、仲は悪くないんだろうけれど、いろいろとタイプが違いすぎる。
「バルカさん、起きてますか?」
「アリスか? ああ、ちょうど支度終わって、店のワインでもくすねてやろうと思ってたとこだ」
「もー」
俺の軽口にアリスが苦笑する気配が伝わってくる。店への階段の踊り場で、律儀に待っているようだ。
「何か手伝いか?」
「ううん、そっち、行ってもいいですか」
「ああ、むさくるしい地下室だけど、どうぞどうぞ」
じゃあ、とやって来たアリスは、何故か店のメイド服を着ている。着崩れたところもないから、わざわざ着直してきたのだろう。晩ご飯のときには、生成りのワンピースを着ていた気がするし。
彼女はきょろきょろと座るところを探して――結局ベッドにぽすんと腰を下ろした。別にいいけど。
それから、自分の隣をぽんぽんと叩いて、俺の方をじっと見る。それはよくないよ。
「じー」
分かった、分かりました。
観念して、俺はアリスの隣に腰を下ろした。5秒と待たずに、隣からアリスの体温が伝わってくる。夜だから、彼女の体温が高いのだろう。ベッドが沈んだせいで、彼女は俺の方に少し傾いてきて、肩に頭が乗り、腕と腕が触れる。
少しの間、アリスはそのまま黙っていた。
「明日から、クロエさんと二人で……、お仕事ですね」
「うん。まあ、話によるとそんなに危なくないし、すぐ帰ってこられるだろう」
アリスの頭が一回離れて、振り子のように揺れてから戻って来て俺の肩に当たる。
「痛いよ」
大して痛くもないのに、俺は抗議の声を上げた。
「むーむーむー」
そのままアリスは俺の肩に頭をごりごりとこすり付ける。洗い髪が揺られて、シャンプーの香りがした。
「無事に帰ってきてくださいね」
「おう」
「ちゃんと待ってるから、お小遣いくださいね」
そう言うと、俺が何か言うより先に、アリスは中腰になって俺の唇に、自分のそれを重ねた。つんつんと短いキスを重ねた後、俺の下唇を自分の唇ではさみ、ねだるように舌で舐めた。
俺は彼女の求めに応じるままに吸い、軽く抱きしめた。その体は、温かいのに震えていた。
「えへへ、どうですか? この服、好きみたいだから……。気に入った?」
アリスは唇を離すと、いたずらっぽく笑ってスカートの裾をぱたぱたといじった。頬が紅潮していて……、もしかしたら照れ隠しかもしれない。
「ああ、うん……」
どう応えていいか分からず、俺は曖昧に頷いた。
「さ、明日から大変なお仕事なんだからお酒なんて飲まないで早く寝なさい。……無事帰ってきたら、お姉さんがご褒美あげますから」
アリスは一転、お姉さん気取りをはじめて立ち上がった。そして、小走りに階段の方へ行ってしまう。
階段の向こうに姿を消す前に、くるりっと振り返って、寂しそうに手を振り、行ってしまった。
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