第5話 俺が若い頃は、営業と捜査は足で稼げって言われてたんだ。

 ブラン(ほんもの)が残した資料と聞き込みの結果として、ゴブリンたちは夕暮れ時を狙ってくるということが分かった。


 いわゆる薄暮時間帯という奴だ。地球でも交通事故が多い時間帯として有名だが、多分、人間に限らず多くの生き物の視覚が鈍るから、その時間に活動する習性になったんだろうと俺はアタリをつけた。賢くない奴ほど、感覚的に上手く行くパターンを見つけて、愚直に繰り返すもんだし、と社畜経験が教えてくれる。


 そして、俺はその時間帯になったら、いつもは節約して夜までつけないかがり火を、早めに焚くように指示した。すると、効果はてきめんで襲撃してくるゴブリンは劇的に減った。ちょっとのコストをケチって仕事がうまく行かないことってよくあるよね!


 しかも、素手でKOした噂がゴブリンたちの間で広まっているのか、俺が警戒して剣を抜いて立っているのを見ると、大体のゴブリンは情けない悲鳴を上げて逃げていくのだ。なんだか、自分がやたらと強くなった気がして、正直結構気分がいいぞ。


 ――実際には、俺も戦いの素人だから逃げ出したい気持ちで一杯なんだけど。


 村への直接の危害が減ったことを確認してから俺は作戦の第二段階を発動した。


 村の猟師にゴブリンたちの捜査・追跡を依頼したのだ。何せ、ブラン(ほんもの)の仕事はゴブリンの討伐ではない。調査なのだ。


 もちろん、猟師たちは渋った。危険だし、それでは何のための冒険者か、という訳だ。もっとも、地球の動画サイトで狩猟動画を見ていた俺からすれば、クマは当然として、猪、鹿も十分ゴブリンなんかより危険だと思う。猟師たちの丸太のような腕でぶん殴ったら、ゴブリンなんか多分、ゴムボールみたいに飛んでくんじゃないだろうか。ゲッダンとか神が荒ぶるとか、そういう感じ。


「確かに危険で、危ないことをお願いして申し訳ないと思います。でも、村周辺の山林に精通していて、日々野生の動物たちを追っている皆さんの方が、俺なんかよりずっと確実にゴブリンを追跡できるはずです」


 ある日、俺は渋る猟師たちを集めて、説得を行った。仕事を渋る人たちに対しては、とにかく自信のある能力を褒めてあげて、日々の功績を認める。そうしてまずはモチベーションを高めてあげるのだ。社畜時代に培った対人テクニックのひとつである。


――薄汚い大人になっちまったぜ。


 で、会社ならこれで昇給を匂わせれば(約束はしないのが日本流!)、結構な確率でやってくれたりするんだけども、このファンタジーな世界では、俺に出せるお給料、報酬ってのがない。


 そこで集まってもらったのが、猟師さんたちの奥さんや娘さん、そして独身の猟師向けに未婚の女性。俺は彼女たちにウィンクして合図する。


「そうだよ、みんな実は凄いんだから」


「あんたもやればできるのよ」


「パパの格好いいところ、みたい!」


 女性陣は口々に猟師を褒め立てる。異性にこんなに言われて、やる気が出ない奴はなかなかいないだろう。ましてや、こんな性差の意識が強そうな村だ。俺がこれをやられる側だったらどうか? そりゃもちろんやる気を出すさ。というか、アリスにそれをやられているも同然だし。


 そう、そしてアリスとあれこれ話してて気付いたのだけど、どうもこの世界に来た俺は異性にやたらとモテる。異常だ。「※ただしイケメンに限る」とかいう次元を超越している気がする。


 それを存分に利用させてもらっているのだが、恋愛営業するホストみたいでちょっと心苦しい。ただ村のためだし、恋愛の神様がいるとしても許してくれるだろう、多分。


 あ、ちなみにアリスはここにいない。可愛いあの子にこんな役回りをさせたくないという私情が半分、そもそもアリスは俺が他の女にいい顔をするのがそんなに好きではない――というか、自意識過剰に言わせてもらえばすごくヤキモチを焼くというのが理由の半分だ。


 他の女の人たちは、老いも若きも、今のように喜んで協力してくれるけれど、そこまで俺に執着しない。アリスだけ、特別だ。


 ――やっぱり、いきなりキスしちゃったからかなぁ。


 そうとしか考えられない。多分この世界の貞操観念みたいなものなんだろう。聞いてみたいが、聞ける相手もいない。唯一いろいろ聞いて大丈夫そうなのがアリスだけど、当人に聞けるか? いや無理だ。


 ともあれ、場を乱されて余計なトラブルになるのは困るから、アリスには別のことをお願いしている。


 俺が、この世界の俺について思いを馳せている間に、猟師たちはすっかりやる気になってくれたようだった。文明が未発達で、価値観が単純な社会は話が楽でいいなぁ。おっさん連中が「俺の若い頃は……」って言いたがる気持ちが分かるってもんだ。


「それじゃあみなさん、大変なことをお願いします。俺は、ここで皆さんの村を守ります!」


「「おう、行ってくるぜ!」」


 ま、村にいる方が安全なんだけどね。内心で舌を出して、ごめんなさいしておこう。


――


 調査は数日かかった。いや、たった数日で終わったというべきだろうか。火を焚くだけじゃもったいないという名目で、俺はアリスをはじめ、村の若い女に炊き出しを依頼した。


「わたしだけで十分なのに」とアリスは頬を膨らませたが、主に食べるのが俺じゃないから、というのと、集めた女性が未婚だけじゃないことに納得して、手伝ってくれた。


 本当には未婚だけの方が猟師たちの士気は上がったんだろうけど、村にはそこまでの人口がいなかったのだ。ざんねん。


 で、肝心の分かったこととしては、ゴブリンたちがやってくる南東と北西、両方に小さなゴブリンの巣があったこと。それは予想済みだけど、更に、村の南側でそいつらがチャンチャンバラバラ、喧嘩をしているとのことだ。


 人型をしているが、やっぱりただの害獣と大差ない気がする。要は、ナワバリ争いってことだろう。まあ、結果が分かったから、後は村長の奥さんをつかって、上手いこと言いくるめて村長に報告を提出してもらえば、ミッションコンプリート……。


「で、レクターさん。いつ襲撃をかけますか?」


「俺たち、弓なら行けますよ!」


「いや、槍も使えるって!」


「え?」


 あれれ、なんだか予想外の方向に。炊き出しに酒は出していないが、どうも連日の『みんなは村の英雄』攻撃にすっかりやる気をおっ立ててしまったようだ。そういうのは、夜に奥さんに向かってやって欲しい……。


「いや、でもほら。やっぱりあいつら危ないし、皆さんに怪我でもさせたら……」


「何言ってんすか! レクターさんの頭脳と腕っ節に俺らが加わればゴブリンくらいなんてことないっすよ!」


「国軍がくるまで、俺たちに我慢しろってんですか?」


 ぐぬぬ、確かに。ゴブリンたちのナワバリ争いが過激化したり、あるいはどちらかの一族に統一されたたりしたら、今より村の被害が大きくなる恐れは、十分にある。


 さすがに少しは情も湧くし、責任感もなんとなくはある。特にアリスには、やっぱり、ね?


「……分かった、みんな協力してくれるね?」


「「応!」」


 かくして、猟師たちとの共同戦線による、ゴブリン掃討作戦がスタートした。


――


 ナワバリ争いが発生するということは、それなりのリーダーがいるはず。凶暴さと残忍さでもって人から物を奪うが、自分たちが傷つけばすぐに逃げ出す臆病さをもつゴブリンが、戦いを続けるにはそれなりの動機か強制力があるはずだからだ。


 でも、それはオークなどではないと俺は考えた。なぜなら蛮勇で凶暴なオークがいたら先頭にたって戦うだろうし、人間の村も積極的に襲うはずだ。ちんけなナワバリ争いに時間をかけるはずがない。


 しかしオークの目撃情報はないし、ゴブリンたちはちゃんばらごっこをするとすぐにバラバラになって逃げ帰ってしまう、とのことだった。ということは、リーダーも臆病な奴――知恵はあるが肉体は貧弱な、ゴブリンシャーマンあたりだろうと考えた。ブランの資料によると下手なオークよりも凶悪なウォーロードとか呼ばれるのもいるらしいけどね!


 しかし、ゴブリンに臆病なのしかいないというのは、こっちとしては助かる。何故なら俺も臆病だから、どうやったら相手のか想像しやすいから。何も皆殺しにする必要はない。


 よく、軍事で死傷者が3割で事実上の全滅なんて言われるけど、臆病で、かつ軍人でもなんでもないゴブリンならもっと少なくて済むだろう。野生動物が狩りをするときは、死ぬ危険を冒さないことはもちろん、怪我だって極力避ける。


 ――病気になっても働く現代日本人ってつくづくおかしいよね。


 そんなことを言いながら、俺は2氏族……2家族? のゴブリンを一網打尽にする作戦を立てた。村に半農半猟の人が多かったのも幸いした。


 ひとりふたり、怪我人はでるかもしれないけど、まあ、大丈夫だろう。たぶん。しらんけど。


――


 当日、作戦の説明と演説を終えた俺は、軽く目眩をおぼえた。あわてて、控えていたアリスが支えてくれる。ほんといい子。最近、夕方からゴブリンの襲撃に備えて夜警戒したり、作戦考えたりをしていたせいか、日光に当たると具合がよくない。


 いや、最近というか、日本にいた頃から夜行性だったんだけどね。引きこもりだし、テレワークだったし……。


「無理しないでくださいね?」


 アリスが心配そうに俺を覗き込んで、額に手を当てる。「冷たい」と余計に心配そうな顔をする。割と体温低いし、低血圧気味なんだろう。俺は笑って、「大丈夫」と返す。


 不安要素があるとしたら、ゴブリンシャーマンが使うという魔法。


 ――魔法。地球にはなかった超常的な力。


 ある人は、発達した科学こそが魔法だと言ったけれど、ゴブリンの持つ棍棒を見る限り、科学文明が発達しているわけではなさそうだ。金属がないにしても、釘バットとか、黒曜石強化木剣マクアウィトルとか、科学の入り込む余地はある。


 だから、多分きっと、大丈夫。俺は心配そうなアリスの頭を軽く撫でた。柔らかいブロンドの髪が、心地いい。


 アリスはそれに、俺の胸に顔をごしごしとこすり付けることで応えた。やっぱりこの子、実は猫なんじゃないだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る