世知辛い
赤城ハル
第1話
俺は外から帰ってきて缶コーヒーをテーブルに置き、マスクを外した。
文句を言われる前にマスクを俺の名前が書かれているビニール袋に入れる。
「どっか行ってたの?」
リビングでテレビ番組を見ながら洗濯物を畳んでいる妻が聞いてきた。どこか棘のある声音だ。
「ちょっとコンビニにな」
「もう。無駄に外出したら駄目じゃない」
「ちょっと気分転換にだよ」
「マスクはしたの?」
「したよ。ちゃんと」
「手は洗った」
「いや。今から」
「ちゃんと洗ってよ」
妻は非難がましく告げる。
俺は溜息を吐き、台所で手洗いを済ませる。
別に忘れてたわけではない。する前に言われただけ。
どうして、やろうとする前に言うのか。
俺は缶コーヒーを持ってリビングのソファーに座る。
そして缶コーヒーのプルタブを開けて、ひと口飲む。苦い味が口の中に広がる。
「歩いているだけで視線を感じた」
「そりゃあ、お昼ですもの」
「なんだよ。昼間に歩いたら行けないのか?」
「買い物か犬の散歩以外は普通、外を歩かないでしょ。あなた怪しい人間とでも思われたんじゃない?」
「外歩くだけで変質者かよ」
「マスクして用もなく歩いていたらねえ」
「何言ってんだ。マスクしないと駄目だろ」
コロナ禍の今、マスクをしないと注意をされる。
「ご近所の人に会った?」
「ご近所の顔なんて覚えてないって」
「もう! それじゃあ挨拶もしてないってこと?」
「挨拶されたらこっちも挨拶するよ。されなかったってことはご近所の人とは会ってないんだろ」
「でも外で人にすれ違ったりして、その際にどこか視線を感じたのでしょ?」
「まあな」
「もう。これからは用もないのにあんまり日中出歩かないでね。無職と思われちゃうわよ」
その言葉に俺は溜息を吐いた。
「この時期、どこもリモートワークだろ」
コロナの影響で在宅ワークとなり、自室で黙々と仕事をすることになった。
正直オンラインというものは苦手で今だに慣れない。
妻は洗濯物を畳み終えてタンスへと向かう。
俺は缶コーヒーを飲みつつ、テレビを見る。今、流れているのはお昼の情報番組というやつだ。つまらないのでザッピングしようとしたが妻が見ていたので勝手に変えるとうるさそうなので止めた。
「お昼何食べる?」
台所で妻が昼食を尋ねる。
「ん〜何かある?」
「納豆と卵、ちくわ、漬物、ラーメン。冷凍にたこ焼き」
「じゃあ、ラーメンで」
15時なると小4の息子が学校から帰ってきた。
「お父さん、友達くるから」
「……ああ」
それはつまり俺がここにいると邪魔だということ。
息子は据え置きゲームの準備を始める。
準備というのはテーブルとソファーをどけることだ。
今のゲームは座ってするのでなく体を動かしてするものらしい。
もちろん中には座ってコントローラのボタンを押して操作するものもある。
俺もテーブルとソファーを動かすのを手伝ってから2階の自室へと戻った。
十数分後チャイムの音、そしてドアが開かれる音、息子とその友達の声が微かに2階の自室まで聞こえた。
俺は仕事にとりかかることにする。
パソコンを立ち上げて、まずはメールとメッセージを確認。
「……ないか」
誰からのメールもメッセージも着ていない。
「やるか」
寂しい気持ちを抑えつつ俺は仕事を始める。
世知辛い 赤城ハル @akagi-haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます