第3話 早く帰りたいけど

 「田所さんですか・・・」

僕はインタビュアーが男に変わったのかと呑気に思った。

 「はい、今日来てもらったのは、結婚を考えている男性に、大変お買い得なダイヤモンドの指輪を紹介するためです」

 「はあ?」

僕は自分の愚かさに、その時初めて気づいた。

田所はパンフレットを机上に広げだし、あれやこれやと説明し始める。

 「す、すみません、僕ダイヤなんて買えませんよ」

 「それは分かります。ですから当社は低い額から組める長期ローンを提供しています」

 「いやいや、ローンと言っても、僕は母子家庭だから、家にお金を入れたるので組めません」

逃げの口実ではなく、事実僕の家は母子家庭だったので、何とか断ろうと、家の事情を出した。

 「でも、坂本さんは結婚を考えているんでしょ」

 「それは、出来ればしたいと思ってますけど、彼女もいないし」

 「何年後かには必要になります、ですから今からローンを組んで、実物を手に入れている方がいいですよ」

田所はダイヤの品質、品質証明等の説明に入り、いっこうに帰らしてくれる気配がない。

一時間以上ダイヤの説明や、ローンの利便性等を繰り返し話される内に、僕もしんどくなってきて、押されるがまま、契約しそうになった。

田所は今が押し時と思ったのだろう、契約書を真ん中に置き、白い歯を見せて、握手を求めて来た。

僕は早く帰りたいが先に立ち、その手を握ろうとした。


 

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