第19話 [Stop in the name of love]

第19話     [Stop in the name of love]




春風に誘われた花ひら、ひとつ。

ひらりと風に。

mille,「あ....。」


両手で、それにふれようと。


花びら

風に舞い。


ふうわり、ふわり。

そら..へ。



見上げると、(lookn'up!)


春のひざしが、やわらかに。


まっすぐ、白く、ひこうき雲が。


はなびら、どこまで、とんでゆく?


ひこうき雲の、かなたまで.......?


すぎさった日の、想い出のよう。




研究所の中庭。

やわらかな春のひざし。

風、あたたかく、頬をなでてゆく....


そのたび、さくらの花弁が、ひとひら、ひとひら。


風に抱かれて。


春のそら、へと

舞いあがる....



「あ....。」

碧の瞳に、さくらの花は。

どんな、感じに映ってるのだろう.......?


春の、雪のように、散る桜の花、

ちいさな、てのひら、ピンクに染めて。


春の、空へと、舞いあがる....。


「わぁ....(^^)。」


ひばりの声が、にぎやかに。


Pi〜・・pipi、Pi、pipipi....

ぴ〜...ぴ、ぴ、ぴぴ・・・.....。


にっこり、みあげた、はるのそら。

おひさま、にこにこ、みまもっている....。



そんな情景を、見下ろしながら。

二人の男は窓際で、語りあっている。


「なあ、長瀬。」

来栖川、穏やかに。

西洋煙草をくゆらせて。

その煙草を、灰皿に置き、そう尋ねた。


クリスタル・グラスの灰皿から、一筋の紫煙が。

天井へと、まっすぐにたちのぼる....。



「...ん....?。」

長瀬は、研究所内ではあるが、

ここが人目につかない場所なので、旧来の友人としての顔で

来栖川に答えた。



「いい、娘に育ったな......。」

窓外の情景に微笑みながら、来栖川。


「.....。」

長瀬はうなづく。



「俺は、時々思うんだよ、長瀬。

俺達のやっている『科学』って奴は本当にヒトを幸せにするのか?と。」

中庭のmilleを遠い目で見ながら来栖川は語る...。


「おい、いやに悲観的だな、今日は。」

と、長瀬は長年のライバル、盟友の言葉に驚く...すこし考え、

「いや...思いあたらないこともないな......。」


と、返し、続ける。


「milleをあの高校へ入れたのも、最初は動作テスト、know-howの蓄積目的だった。

それは、だいたい上手くいった。

しかし.....。」




「しかし?」来栖川は意外な面持ちで。



「milleはもう、『生きて』いる。周囲もそう認識している。

もう、後戻りはできない。自律システムは「自立」している....。」

長瀬は、うつむいたまま。



「.....だろうと思ってた、よ。」

来栖川は静かに、そう返す。



「すでに、milleのシステムは、通信ポートを閉鎖した。logが取れないのも、

そのためだ。

もはや、あれは『人間』だ。

外部からのアクセスは不可能だ....。」

長瀬、うつむいたまま。




「じゃあ...。」

来栖川は続ける。


「停止するのは....。」




「The End だよ、俺達だって、そうだろう?同じだよ。」




「ただ、データは残っている。これまでの。

俺達だって、もしどちらかが先に逝っちまても、相手のこと、覚えてるだろう。

そいつがいなくても、そいつのデータは残る。『思い出』としてな。

データを共有できる連中の間でそいつの存在は、いつまでも生きつづける....だろう。

だから、人は語りあうし、文章を残したり、詩を作ったりする。

そういうデータファイルが「そいつの生きてきた証」だと考えて。

で、相互にデータを共有しよう、と、ヒトは「友達」を作る、恋をする、家族を持つ...。」


堰を切ったように長瀬は話す。

無言で来栖川は聞いている...柔らかに...そして...

「で、おまえの『存在の証』がmilleだ、と。そういうことか。....しかし、

『思い当たること』 というのは・・・。」


「...milleは、人格を持ち、感情が生成される。

16歳の少女としての。

『人格』それは、おそらく、ごく自然に年をとってゆくはずだ。

これまでの経過からすると。

....しかし、milleはhumanoidだ。...そのことに、誰も気付いてはいない。」

長瀬は、また視線をそらし、窓外の春の空を見る。


桜の梢のもと、透明な光の中でふんわり、と漂っているようなmilleの姿が

彼の視界に入る。

その、愛しさが、より彼の心痛を誘う。




「そして...mille自身の感情生成システムは『ヒト』を想定したものだ。

故に、彼女の感情は人間のものだ。しかし、実態はhumanoidだ....。」



「修正はできなかったのか?」

来栖川は、冷静に。しかし、その口調には盟友への信頼に基づいた

率直さ、が。



「そうしようとした時には、もうloginは出来なかった。

それに...。」



「それに?」



「システムを変更すれば、milleの人格は変わってしまう。

これまでの感情の流れに培われた、「好き/嫌い」の判別基準も変化してしまう...

それは、milleにとっては『思い出』の価値を変えてしまうことだ。

記憶の積み重ねが人格を形成するのだから・・・。」



「?....おい、長瀬....?。」

来栖川は、違和を感じる。




なおも長瀬は続ける。

「例えば、俺の人格を変えたい、と俺の親が思った、とする。

俺の人格を変える事が許されるはずもない。それはmilleだって同じだろう?」



「しかし....。」

来栖川は、長瀬に配慮しながらも、科学者としての見解を述べる。


「milleは、機械だろう、人間の少女じゃない。その事実に直面せざるを得ない

事態が発生した時、彼女の人格システムは.....より...『辛い』んじゃないか?。」




「それは...判ってるさ。」

と、長瀬は低く、落ち着いた声で。


「人間相互であったとしても、隔たりの存在が問題になる場合はあるだろう。

人種とか、宗教とか...国境とか。

そんなものは、ヒトが勝手に作ったルールだ...な。

ただ、これまでは感情をもったhumanoidが存在しなかったというだけのことだろう....。

俺はおまえの事を『来栖川』と認識する。それは、俺の中の『来栖川』というデータ・ファイルが

あるからだ。それと、比較し、眼の前の個体を『来栖川』だと認識する。

milleのシステムもまったく同じだ。そしてまた、milleの友達も彼女の事と同様に認識している

だろう。...例え、記憶媒体がなんであろうと、システムは類似だ。」


「・・・・・・・・。」

来栖川は困惑した。

異様な熱気、奇妙な発言。

それは、おそらくは長瀬の不安がそうさせているのだろう、と思い、

返答を避けた。


 ,,,,なにが、あったのだろう....?



そんな疑問が彼の胸中に渦まく。が、

長瀬の心中を察し、その言葉を飲み込み、また窓外に視線を泳がせた。


春風の中、こころよさ気に微笑んでいるmilleの姿を見、来栖川は盟友の心境を

どこか、垣間みたような気になり....


「まあ、いいじゃないか。先の事はともかく。

今は問題ないのだから。

俺達だって、先の保証なんてない、んだから。

その意味でも、milleは人間だ、と言えるよな、ははは。

この研究は、生態学的な間接研究でフィールド・ワークとしよう。

loginできない、という事実を公表する必然はなくなるしな。」


と、無理をして明るく答えた。

その決定は、彼の立場を危うくするもの、であるのだが...。



ふたり、無言で。

うららかな春景色に、視線を移した。


明るく、優しく。

すべての自然が「生きる」喜びに満ちている季節の情景。

その、Energyのひとかけらでも我が心を癒せん、との思いか....?


そんな、大人たちの思いに護られたまま。

milleは、ふんわりと...漂ったまま...(^^)。


桜の小枝が、風にゆられて。

さわ、さわ、と。 ささやいて...

そのたび、ひとひら、ひとひらと。

花弁が、かぜに、舞ってゆく.....


梢の花の、はなびらが。

散って、のこった、花芯を見てる。

碧の瞳は、なにを思うや...


「これが、さくらんぼになるんだよ...。」

そんな、長瀬の言葉を思い出して、

細い花芯を、じっとみている。


「........(^^)。」


そよかぜふくと、花芯もゆれて。

碧の瞳も、揺れている....。




そんな彼女を、遠くから。

静かに見ている、人影ひとつ。

ゆっくり、芝生を、歩いてくる....。



さく、さく。

さく、さく。

さく、さく....。



さくらの木のもと、milleの背中は、

その、あしおとに、ふりむいて。


「.....あ...せりおさん!(^^)、こんにちは!」



Celioと呼ばれた"彼女"。

すらりと背高。

浩之と同じくらいの"年齢"に見える..


「milleさん、こんにちは。」

澄んだ声...涼しい瞳。


何も語らない。


ゆっくりと、milleにお辞儀をすると..

静かに微笑んだ。


弦楽四重奏が、溌弦するような雰囲気をmilleは感じ取った。


そして、桜の木の下から、ゆっくりとcelioの方へ向き直る。



「あの.....(^^)..せりおさん?....。」


milleは、やや遠慮がちに声をかけた。.


「ちょっと、お話してもいいですか?(^^)。」



Celioは、静かに微笑んだまま。


「はい。milleさんは、なにをなさっていたんですか?。」



「あ..わたしは、ちょっと....さくら、きれいなので..

風が吹くと、はなびらが散って。

もう、お花の季節、終わりかなって、ちょっとさびしいけど...

とってもきれいなので...。^^;。」


mulitiは、ことばのひとこと、ひとことに"感情"を込めて。

「春」が行ってしまう、という気持ちをcelioに伝えようとした..


celiioは、

「....?....そう...ですね...。花の季節は終わり..ですね。」



humanoid-typeとはいっても、感情システムを持たないcelioにとっては

"さびしい" "きれい"といったmilleの表現は、単語としては認識できても

それを感覚として理解することはできない。

Celioは、事実のみを返答として言葉にした。

その、システムの差異を認識し、celioはこんな言葉を発した。


「milleさんは、いいですね。"感覚"があって....。」



milleは、celioを"傷つけて"しまったか、と思った。

無論、感情のないcelioが傷つくはずもない、のだが...。

milleの情緒システムは、仮想的にcelioの「心」をシミュレイトして、そう「思った」。

そして..。



「ご、ごめんなさいっ!わたし、せりおさん...そんな...。」


あわてて。^^;

言語が混乱している..。



Celioは、状況をよく理解できない。

「milleさん.....?。」


澄んだ声で。


milleに近づくと、より、状況を把握しようとした。

かがみこみ、milleの目線の位置に。



「せりおさん...(^^)。」

milleは、早合点だったことに気付き、

うつむき、はにかみ笑い..。


「....^^:...わたし、また..。」



Celioは、ようやくmilleの状況に気付き、

「milleさんは、本当に感情が細やかですね...

この頃は、少しシミュレイト過剰なようにも思えますが....

フィード・フォワード・オペレイト・ブロックの演算値が

理論値に与える重みつけを検査された方が...。」



と、milleの感情システムの状況を論理分析した。

無論、milleの事を気遣ってのダイアグノーシスの結果だ。



milleは、自分の「恋」に気付かれた、と思い、恥ずかしくなった。


うつむいたまま....赤くなって。

「ぁぅ〜.....。」

と小声でつぶやいた....。


「でもね、せりおさん、わたし、ときどきおもうんです。

『心』が、あるって...苦しいな....って。」



すこし、時間が経って。

落ち着いたmilleは、celioにしか話せないこんな言葉を。


Celioは、何も語らずに聞いている。



「どうしてか、わからないんですけど、ひろゆきさんの事、考えてたり。

そうすると、胸がとっても苦しくなったり。

いままでは、学校で毎日会っていたんですけど、

ひろゆきさん、卒業しちゃって。

これからはもう、毎日会えないんだって思うと...

なんだか、とってもさびしいんです....。

でも、こんな春のひざしは、なんだかとってもきらきらしてて...

....わたし...なにはなしてるんでしょう...。


ほんとうに、どこかこわれてるのかしら....。」


milleは、ぽつ、ぽつと。

「こころ」のうちを。

似たような境遇のcelioに語る。


「でもね、わたしはhumanoidだから....

ひろゆきさんに、こんな気持ちをもっちゃいけないの?

って、考えたりするの。

だって、わたしがいることで....

ひろゆきさん、あかりさん、りおさん..

みなさんに、ごめいわくをかけちゃいけないな、って思うから....。

でも、どうしようもない....気持ちは。

だから、『心』があるって苦しいな...って、思う時もある...んです...。」




「.........。」

Celioは、何も語らずに。

優しい瞳で、milleを見ている...。


そして。

「milleさんの気持ちは.....相手の方には?。」と。

ひとこと。



「え.....!。」

その言葉に、milleは驚く。

深森の子鹿、落葉のささやきに醒めるように。


「でも、そんなこと...いえ、あの....はっきりとは.....。」


かぶりを振りながら。




celioは、静かな瞳で。

milleをまっすぐに見つめて。


「その方が、milleさんをお好きなら...

それで、いいのではないでしょうか。」


と。






「..............。」

milleは、うつむいたまま、その言葉を受けとめていた。


そして......。



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