第14話   [Something Better to do]

第14話  [Something Better to do]




「あ....。」


ふと、見上げた空は、澄みきっていて。

陽射しもどこかしら寂しげな深秋の昼下がり。



校庭の桜並木、milleは、ひとり。


青空を背景に、少し前まであんなに青々としていた桜の葉が

黄色、橙と色づき、その色合いの対比がとても際立って見えて。


.....季節、過ぎてゆく....。


milleは、初めての「秋」を実感していた。

時の移ろいは、ゆっくりと、穏やかに。

でも、はっきりと彼女に流れを伝えている...。

空の色や、秋色に染まる木々、風の匂い。


....ひとつ、ひとつが、やさしいメッセージ....。


そんな風に思えて。

16歳(?)の秋を、少女らしく感じている碧の瞳。



見上げた梢に、枯葉がひらひら。

すこし、冷たい風に揺られ..小枝をはなれて..宙に舞う。



「......。」



その、くるくると舞う様子は、秋の風情を。





...つい、このあいだは...。


満開の、ピンクの華やかなようす。

6月の、雨に打たれた桜花。

葉桜の、若葉と、うすももいろのいろどり。

生い茂る、青葉。

そして.....



そんな、ひとつひとつのディテイルは、過ぎ去った時、を思い出させて。

それぞれの季節の、情景..を。


お花見。

試験勉強..。

ピクニック。

夏休みの、一日。

...そして...?


流れていってしまった時刻、を慈しむような気持ちで、

寂しいような、懐かしいような。

不思議な気持ちで、milleは「記憶」に耽っていた。



....わたし、も.....。



こうして、想い出ができて..ゆく...。





昼食を学食ですませた浩之は、校庭のほうへ。

「...んー、いい天気だなぁ。」


ちょっと、伸びをひとつして、空を見上げた。


腕を下ろした。


....と。


校庭の隅、桜の木の下にいるちいさな彼女の姿を見つけた。



...お、mille..?あいつ..そういやぁ、最近...




「おーい、milleぃ!.」


浩之はだらだらと歩きながら、彼女のことを呼んだ。

芝生がスニーカーの足元にさくさくと心地よい感触。






「あ(^^)ひろゆきさん、こんにちはぁ。」



maltiはまるい顔をいっぱいにほころばせて、浩之の呼ぶ声に応えた。



「おぉい、なにしてんだ?」

「あ、あのぉ、ちょっと、お空、みてたんです。」




「ああ、いい天気だよな、今日。」

「はい!とってもきもちいいおてんきですね。(^^)。」



「こんな日は、授業なんかほっぽってどこか行きたくなるな。」

「...いつかも、そういってましたね。」



「ああ、そうだっけ?ははは(^^)。」

「うふふ(^^)。」



「さくらの葉が、赤くなって、とってもきれいです。」

「ああ、そうだよな、こないだまで日陰に丁度いい

って思ってたんだけどな。」



「(^^)。」

「あれ、面白いか?ははは。」



「(^^);;ひろゆきさんって、男らしいんですね。」

「^^;そうか?あんまり、そう言われないけどな。

     まあ、そうかな。milleがそう思うんなら。」




「..milleは、秋って好きか?。」

「はい。さわやかで、気持ちいいですね、はじめて..そう...。」


  ....あ...^^;





「?はじめて?」



「あ;;;いいえ、あの、秋、すきですッ。はい!。」




「??????..そうだ、あさってさ、出かけないか?どこか。」




milleは、上目に。

エメラルド・グリーンの瞳、きらきらと...



「..はい、ありがとうございます..いつも。わたしを..。(^^)。」




にっこりと、微笑んだ。

頬をピンクに染めて。





秋風がそよ、と吹きぬけようとし...たが。




いたずらなつむじ風は、きまぐれに彼女の制服の裾を...ふわり。


「あ!*」


「......お^^;」



両の手で裾を押さえた...が。

一瞬、遅かった。



「...........。」

「............。」


俯いたままの彼女。

耳まで、真っ赤になって。


浩之は、どきどき。^^;



「あ、あの、それじゃ、わたし,しつれいしますッ!」



「あ...お、おい....^^;。」



俯いたまま、校舎の方へ駈けてゆく彼女の後ろ姿、を

なんとなく微笑みながら、ちょっときまり悪いような。

妙な気持ちで、その白い、細い脚を意識していた浩之だった。


秋風が頬をすり抜け、その爽やかさが、彼を柔らかく静めてゆく..が.。



「....むふ^^;」(ぉィ。)








...もう、寒いくらい、だな...。


ひとり、自分の足音だけが響く住宅街の坂道。

浩之はゆっくりと、家路に向かっている。



...『あき、すきですッ!(^^)』...か...。


見上げた空には、遠く、星が瞬いて。

澄んだ空気は、その輝きをより美しく。

整然とした住宅街の区画のひとつひとつに、灯りが燈っている。

笑い声、ほのかな団欒の匂い。

そんな、何気ない日常は、今日も暮れようとしている。


みなれた街路を曲る。

芳香の強い、花の樹の香りが漂っている。




..いつも、この季節が来ると....。

同じ香りが、する。



花は、彼に季節の移ろいを告げるかのように。

たゆみない時の流れをささやくかのように。



精一杯、咲き誇っていた。




...ふと、足をとめ、彼はそのひそやかな花の姿に視線を映す。


深緑の葉に隠れるように、ひそやかな白い花弁が四枚。

可憐な姿を。


.....(^^)。


そのあどけないような、ちいさな花びらに

どこか想起されるものがあるのか、

彼は、表情を和らげた。




「...今ごろ、なにしてるかな..あいつ.。」




ゆっくりと、歩みを始め、彼は自宅の門をくぐり。

鞄の中から鍵をとりだし

扉のキー・シリンダに差し込むと、ロックを外した。


鋳物の重厚な、青銅装飾のドア・ハンドルを押し、玄関へ入る。



真っ暗な玄関。


下駄箱の上の留守番電話に、メッセージ・ランプが赤く点り、

それだけが僅かに人の温もりを感じる、無人の家。



今日も、両親はいない。



メッセージを聞こうと、電話機に手を伸ばそうとすると、

突然呼び出しベルがなり、浩之はどっきりとした。





「はい、藤田です....。」




「あ、ひろゆきさん、milleです!」(^^)





「おお(^^)。めずらしいな、電話なんて、どうした、何かあったのか?。」





「あ、あの、お昼はすみませんでした、急に...。」

「ああ、いーんだよ、気にしてネェよ。」



「...よかった。わたし、ちょっと、恥ずかしくって....。」

「いや,悪かったな、まあ、事故だからしゃーないよな、はは^^;。」



「....よかった、(^^)ひろゆきさんに失礼だったか、と、気になって..。」

「それで、電話してきたのか?」



「はい。」



「おまえって、いい子だな...(^^)。」



「...そんな...(^^).....。」



「いやぁ、ぜんぜん気になんかしてないよ、どっちかって言うと 

 milleのほうがおこってるんじゃないかってサ。」


「どうしてですか?」



「どうしてって、さ、その....だから、風で....。」




「......ぁ....^^;.....。」




「あ、わりいわりい、ま、忘れようよな、ま、事故だから、うん。;;;。」



「はい。」



「んじゃ、日曜、楽しみにしてっから。」



「はい、わたしも、とっても嬉しいです。」



「ほんじゃ、風邪ひくなよ、お休み。」



「はい、お休みなさい。あたたかくしてくださいね。」



「ああ、んじゃ。」




ラインが途切れると、また、静寂が玄関に訪れた。



でも、浩之は....。


「さ!風呂でも沸かすか、な!。」



さっきまでの、孤独感もどこへやら。

上機嫌で、玄関の明かりをつけた。




.....かぜ、ひくなよ......。


milleは、彼の思いやりの言葉が嬉しかった。


でも、その言葉が重かった。




...わたし....風邪ひいてみたい....。



途切れたラインの向こうに想いを告げるように、

じっと、受話器を見つめた。




静かな部屋に、オフ・ラインの信号音だけが響いていた。




「ねぇ、おとうさん?」


milleは、長瀬のことをそう呼んでいる。

その呼ばれ方にも、長瀬自身、もう慣れたようだ。

研究所の中の,居住区間にある長瀬の部屋。


リヴィング・ルームで、長瀬はくつろいでいた。



「なんだね、mille?。」




「あの、風邪、ひくって、どういう感じなんですか....。」



「まあ、人間だと、頭、痛くなったり、熱、でたり。 

みんな、virusの仕業だが。

   ?..面白い事をきくねぇ。」


「...。」


「どうして、そんな事、聞くんだね。」




「あの、ひろゆきさんが、『カゼ、ひくなよ、』って...。」






「そうか.....。」



長瀬は思慮した。




「なあ、mille?。」



「はい。」



「そりゃ、君はhumanoidだ、風邪なんかひくわけがないさ。

でも、ヒトとは違う "病気" にかかることだってある。

たとえば、"Conputer-virus"とかネ。(^^)。」



「こん、ぴゅーたぁ?」




「うむ、それも、病気の一種だ。ヒトにも"風土病" というものがあって、

ある民族しかかからない病気もある。それと同じだ、と思えばいい。」




「.......。」





「それに、ヒトでも丈夫で、一生、病気なんかしないような個体もある。」





「.......。」





「ヒトである、という境界は、実はかなり曖昧なんだ。

例えば、解剖学的には高等類人猿とヒトとは殆ど差異が存在しない。

違いを決定しているのは『文化』だ。」




「こう、とう?」



どうしても,学者っぽくなってしまい、milleの存在を一瞬、忘れてしまった^^;。

あわてて、長瀬は付け足す。




「あ...だから....チンパンジーとかと人間は、体のつくりは似たようなもので、

チンパンジーなんかにも、頭のいい奴は言葉がわかるやつもいる。」



「はあ.....。」




「で、人間との違いは"家族"の有無だ、ということだった。しかし、20世紀末、

 この家族というやつを持たない人種も生まれてきたんだ。」




「そう...なんですか?」




「で、今はあいまいになっているんだ。ヒトも、人種の類別も。」





「........。」




「君は"ヒト"としての文明を受け継いでいる。"家族"を継承している。

 君は、新しい種の『人間』なんだよ。mille。(^^)。」





「あたらしい.....。」





「そうだとも。風邪ひかないくらい、そんな奴いくらだっているさ。

 それより君は、誰よりも人間らしい。

 浩之君だって、そんな君を好きなんじゃないか?人間として。」






「..いえ...そんな...(^^:。」下むいちゃって、もじもじ。




「だから、そんなこと気にしなくて、いいんだよ。」





「......。」




「mille?。」




「はい。わかりました。ありがとうございます。

 わたし、なんだか、すっきりしたみたいです。」(^^)。



さっきまで、ゆらいでいた瞳の色も、今ははっきりとして。

まっすぐに、長瀬を見ている。




「そう、その意気だ。君は、humanoid という種のヒトなんだ。」



「(^^)。はい!。」





....その、milleの真っ直ぐな瞳を見、長瀬はちょっとだけ胸が痛んだ。

...実は、もうひとつだけ....

 

問題が、あるのだ。


...早く、研究を進めなければ...。




科学者としての自負、研究者としての完遂への思い。

そして、「愛娘」への慈しみ。


さまざまな「心」が長瀬の中を渦巻き、やがてそれは

仕事への意欲、に変化していった....。










さて、おまちかねの次のお休みは、絶好の行楽日和だった。


青空も深く,コバルト・ブルー。


ちょっと肌寒い程の朝の空気。



「いってきまーす!」


「ああ、いっといで。気をつけるんだよ。」


「はーい!」




今日は、いつかのようなつりズボンをはいて。

milleは、研究所の中庭を駆け抜けて、"だらだら坂"を降りていった。


爽やかな秋風のように。



....(^^)。

....(^^)。



長瀬と来栖川は、その、後姿を微笑みながら見送った。



「なあ、長瀬.....。」


「ん.....。」





「いい"娘"に育ったなぁ.....。」


「うむ。あれは、俺の、ライフ・ワークだったからな。

  しかし、あそこまでになるとは、予想してなかったが。」




「で。これから、どうする?」


「どうするって、道はひとつしかないだろう?」





「そう言うだろうと思ったよ。」


「すまんな、苦労かけて。」





「なーに、後でせいぜいがんばってもらうさ。

 たのむぞ!主任!」


「まかせとけ、所長!」




ふたりの男は、笑みを交わし、友情を確かめあった。


長年のライバル。いま、盟友。


瞳の色は、まるであの頃の少年のまま、だった.....。




ふたりを乗せたLRTは、郊外区間に入ると、高架の専用軌道に入り

より、速度を速めた。



見慣れた都会の風景が、びゅんびゅんと飛び去ってゆく。



「わぁ.....。」


少年のようないでたちのmilleは、運転台の横の前面ガラスから

行く手を眺め、その速度感に驚いていた。


----[次回に続く。(お楽しみに(^^))]

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る