第13話 [ Teacher , Teacher ! ]
第13話 [ Teacher , Teacher ! ]
「いってきまぁーす!」
「ああ、いっておいで、車に気をつけてな。」
「はぁーい!!(^^)」
あっという間の夏休み。
はじまる前はながーく、感じるのに。
終わってしまうと、あっけない。
そう、彼女が思っているか、どうかはわからないけれど。
きょうも、研究所の中庭を駆けて行く...。
と..
中庭の芝生。髪の長い少女がひとり、空を仰いでいる。
..と、いうより、茫洋と漂っているみたいに。
冬でもないのに黒い外套を着、ただ遠い目をして空を眺めている...
「あ、おはようございます!」
milleは、元気に挨拶をした。
「........。」こくり。
静かに、うなずいた。
穏やかに、微笑みながら。
その、深淵の湖水のような瞳を見ていたmilleは、どこか
磁石に引かれるように、、駆け足だった歩調を緩め
立ち止まってしまった。
「......。」
外套が秋風を孕み、ふうわりと揺れている。
わけもなく、milleはその視線の行く先を追い、同じように..
してみると、いままで感じられなかった街のざわめき、人の気配とか。
遠く、大気を通じて伝わって来るみたいに...。
並木も葉が茂りきって、そろそろ秋...という気配。
遠い、山々にはもうちらほらと紅葉の便り。
澄み切った空気、コバルト・ブルーの空色。
水彩画のペイントのような、絹雲。
それら、ひとつひとつのディテイルが、milleを包み、彼女の記憶に
「秋」という語感を形成している....。
「...。」
その、遠い峰の鋭く尖った頂上は、彼女に夏の日の思い出を回顧させて。
水しぶき。
冷たい沢流。
頬撫でる風。
みんなの笑顔...遠く、野鳥のさえずり...。
「...たのし、かったな..(^^)。」
鳥の声?ここでも聞こえるかしら?
耳をすませば、
電車の音、バスのクラクション
それら、雑音にしか聞こえないそれらが、まるで生き生きとした
音楽のように思える。
自動車の音、電車の音、LRTの...
LRT?
「あ、いけない!」^^;
学校に行く途中だった!
慌てて駆け出すmilleを、芹香は微笑みで見送った....。
だらだら坂を下って、LRTの停留所へ、と。
坂道を渡る風も、どこかしら爽やかな10月。
今日も、駆け足....^^; 。
でも、暑くない。
・
・
・
殆ど音も無く、LRTは到着し、カーヴド・グラスのドアは閉じようと....。
milleが飛び乗り、ドアは一瞬のためらいの後、静かに閉じた。
肩で息をしている彼女を見、乗客たちは柔らかな視線で微笑んだ...。
「お嬢さん....?」
声を掛けられ、振り向くmille。
「...は..い。」
まだ弾んだままの息で、ようやく返事。
「いつかは、ありがとうね。おかげさまで、たすかったわ....。」
milleは、声の主に向き直した。
老婦人..
淡い色彩の秋物の服..
白髪。
柔らかな物腰。
「#!」
いつか、スコーンを頂いた。
あの、雪の日に。
「おはようございます!、すみません、ぼんやりしていて..。」
「いいのよ、さ、こちらへいらっしゃい..。」
婦人は、いつかmilleがそうしたように席へ誘った。
今日は、いくらか空席がある。(遅刻時間だから。^^;)
「お元気になさってましたか?、わたし、あれから会えなかったので、
気になっていたんです。」
「ごめんなさいね、心配させて。ちょっと、故郷へ戻っていたのよ。
あ、そうだわ.....。」
静かに語る、婦人。
LRTのインヴァーター・サウンドがBGMのように。
「これ、いつかの続きなのよ、また...。
この間のは、いかがでした?。」
ラタンのかごに、包みがいくつか。
ワックス・ペーパー、バターの匂い..。
「あ、とってもおいしかったです。そのこと、
お話したいなって思ってました。
なんだか、お日様のあったかい感じがして....
うまく、いえないんですけど...。」
「そうぅ、それは良かったわ、気に入っていただいて。
今度のは、ちょっと自信作なのよ?
また、味見してみてね...(^^)。」
婦人は、包みのひとつをmilleに差し出した。
ペーパー・ナプキンに丁寧に包まれた、まだ暖かい焼き菓子。
いつかのようなミルクの匂いがする。
「あ、いえ、いつもそんな..^^;。。」
「いいのよ、誰かに美味しいって食べてもらえれば、
お菓子だって幸せなのよ。
さ、どうぞ(^^)。」
滑るように高速で移動するLRTは、もう、学校前の停留所が近づいた事を
アナウンスの声で知らせている。
「....あ..。」
もう学校のそばまで来ている。
メロディ・チャイムが鳴り、VVVFインヴァータはその音程を下げてゆき、
LRTは回生制動で静かに停留する。
静かに電磁制御のスライド・ドアは開く。早く、降りないと...。
「そ、それじゃ^^;いたただきますッ。ありがとうございます。;;;。」
「はい、お勉強、がんばってね。」
制服の裾を翻し、停留所に降りる。
直後、LRTはドアを閉じ、今度は音程を高めながら走り去ってゆく。
婦人が、窓越しに掌を小さく振っている。
「いってらっしゃーい!」
milleも、大きく腕を振り、微笑みを交わした。
胸に抱えた洋菓子の、甘い芳香は優しく、
彼女に、慈しみ、という感覚を想わせた.....。
「あ...。」
?
「おなまえ、聞き忘れちゃったわ...。^^; 。」
・
・
・
お昼休み。中庭にいても、もう暑くない。
渡り廊下をちょこちょこと歩き、芝生の方へ。
木影が揺れて。そう。今朝頂いたあのお菓子。ちょっとだけ...。
手提げ袋の中から、取り出して。
紙の包みを広げると。甘い芳香が漂う。
「....(^^)。」
ひとくちくらいの、ちいさなケーキ。
真ん中に、干し葡萄とか、さくらんぼ。
可愛く、アクセント。
大きな幹のそばで、そのひとつを、milleは食べよう、とした...が。
足元に、何かが触れた。
驚いて、下を見ると。茶色の子犬。ころころとして。
短いしっぽを元気よく振って...「あん!」
「どこから、きたのですかぁ?」「あん!」
きちんと、お座りをしてしっぽを振っている...。
milleは、しゃがんで小犬を撫でた。
「おなか、空いてるの?」「あん!」
黒いまんまるの目が、手元をじっと見ている。
「そうですねぇ..これは、頂きもの、ですから....。
とても、こころのこもっているお菓子ですし....。」
ちょっと、milleは困ってしまった。
「..わんちゃんにあげちゃって、しつれいじゃないかしら
..あの、方に....。」
そう、考えているうちに、
小犬は右手のケーキのワックス・ペーパーをひとなめ...。
「あ、^^;こら、だめよ、これは...。」
...でも、なめちゃった...から..^^;。
しょうがないなァ。
ワックス・ペーパーをはがして、
milleは子犬に...「どうぞ。」
「あん!」子犬は喜んで、ケーキにかぶりついて。
しっぽを振りながら。おいしそうに。
かがんで、それをにこにこと見ている彼女。
碧の黒髪を、爽やかな風が撫でて行く..。
「こんなに、よろこんでる(^^)。かわいい..。
お菓子も、幸せね、きっと。こんなに、喜ばれて。....。」
今朝の、婦人のことばが、記憶の中に広がった。
milleはひとつ、プチ・ケーキを味わってみた。
ふんわりとした柔らかさ、なめらかな甘さは引きもさっぱりと。
爽やかな風味。
秋の高原、そよ風が渡り、雲が流れてゆく。
そんな、情景を彼女は思い浮かべて。
「.....(^^)....。」
「ぁんた、なにしとん?」
校舎のほうから、お下げの少女。
3年生のようだ。
「あ、あのぉ、わんちゃん、お腹すいてるみたいで..。」
初対面の人が、友達のように話しかけてきたので
milleは、すこしどぎまぎした。
メタル・フレームの眼鏡をかけて、薄い茶色のしなやかな
髪を両に分け、お下げにしている。
あまり表情に柔さがなく、その事もmilleを緊張させた。
「ふーん、かぁいいぃぬやな、それ、ぁんたのぃぬ?」
無造作に、彼女は尋ねる。
「あ、いえ、どこからか入ってきちゃったみたいで...。」
まだ、どぎまぎしながら。
「そっか。せんせに見つからんょぅ、気、つけんとな..。」
「はい、気をつけます..あら..。」
と、いっているうちに子犬はどこかに行ってしまっていた。
「おみずでも飲みにいったのかな....?。」
あたりを見回したけれど、どこにも小犬のすがたは見えない。
「どこ、いっちゃったの?...。」
・
・
・
壮年の教師が、何やら、数字と文字の羅列について述べている。
どうやら、数学の授業のようだ(僕、学問はニガテです。へへ^^;)
黒板と白墨の触れ合う硬質な音だけが響く教室。
窓際の席のmilleは、さっきの子犬のことが気にかかっていた。
...車にひかれたりしないかしら...保健所に連れて行かれたりしないかしら....
そんなことを考えながら、もう、いくらか茶色の木の葉もちらほらとしている
中庭をぼんやり眺めていた。
...と。
...さっきの子犬が中庭をとことこと歩いて行った...
milleの視線に気づき、子犬は喜んで駆けてくる。
しっぽを振りながら牛B舌をだして、にんまりと。
おねだりのポーズ。
「...ダメヨ、こっちきちゃ...静かに...。見つかっちゃいます、先生に。」
milleは、こころでつぶやき、子犬がおとなしくしているように祈った...。
「はい、じゃあ、この問題を、長瀬くん。」
「......。」
窓の外に気を取られているmilleは、“当たった”ことに気づかない。
「長瀬くん?」
「...ちょっと、mille、当たったわよ..。」
後ろの席のショートカットの女の子、小声でささやく。」
子犬に気を取られているmille、気づかない。
「長瀬くん。」
教師、教壇から降り、milleの方に歩いてくる..。
「milleってば....。」
milleの背中を指でつつく。
「え、あ...。」つつかれて、驚く。その場で飛び上がるように。
「長瀬ーっ!なにをしている!。」
「はいーーッ!^^;。」
いきなり起立。床と机の脚が擦れて。ノイズが起きる。
「あん。」
子犬が、ちいさく吠えた....。
「あちゃ〜・・・・^^;。」
見つかっちゃった...^^;。
「君の犬かね?長瀬くん?」
教師は、務めて冷静に尋ねる。かえって不気味だ。
「いえ...あのぉ...。」嘘がつけないmilleである。
「そうか。もういい。あとで職員室まで来なさい。」
教師、額の汗をハンカチで拭きながら。
「...はい...(T_T)。」
タイミング悪く、終鈴が鳴った。
あと、5分早ければ.....。
・
・
・
・
放課後の職員室。いつものことながら、雑然としていて埃っぽい。
話声。
もう、練習をはじめた野球部が、金属バットの快音を響かせたり
柔道部員なのか。重苦しいかけ声を上げながらロード・ワークをしていたり。
そんないろいろなノイズ、混沌と、ひとつひとつが
「放課後」。
斜めの太陽が、夕暮れを告げている窓際、
milleはうなだれて、教師の説教を聞いていた。
「そうか。でもなぁ、授業中は勉強せんと、後で困るぞ..。
今後は、気をつけんとな。」
恰幅のいい教師、また、短髪に脂が滲みでている。
「はい...すみませんでした。」
「まあ、解れば、いい。それから...。」
「はい?」
「あの犬は、君の犬じゃないのか?」
「.....。」
...どうしよう..なんていえば..いいの?
うそのつき方など知らない彼女。もどかしく、時間がとても長く感じた....
だが。
「そうか。じゃ、かえっていいぞ。」
教師は、極めて事務的に、そう伝えた。
無言の意味を、察したつもりだろうか。
「あの..。」
「なんだね。」
「先生、あの、わんちゃんは..。」
「ああ、あの犬か。まあ、飼い主が見つからなければ、
保健所へ連れて行くしか...
さっき、、用務員さんが捕まえてたそ...。」
「!そんな...先生....。
B野良犬は。今は可愛いかもしれんがな、
餌やって、学校に居つかれてもな....。」
「!!....。」
「せんせ、あれ、野良犬と違ぅ。ぅちの犬や。」
「お..保科..なんだ、薮から棒に。」
昼下がり、milleと中庭でであった3年生、毅然とした態度で...
ごまかす^^;
「今朝、学校に来る途中、拾ったんや。」
「でもな、学校に連れてきては....。」
「どうしようもなかったんや。くる道すがらやったし...。
学校に連れてきた事はもうしゎけないと思ぅてます.....(-_-)。」
そういうと、少女は頭を深く、お辞儀した。
頭を上げず....無言の..圧力。
「まあ、いいだろう。学級委員長のお前がそういうなら。
今後は連れてくるなよ。」
「せんせ、おおきに。」^^;
「うむ。」
「さ、ぁんたもはよ、おいでや。」
状況が呑み込めないmille、あっけにとられたまま、
智子に促され、職員室を出る。
「ありがとうございます!保科...さん。」
「ああ、きにせんといてや。ぃぬの命、助けたかっただけや。」
「え...。」
廊下を歩きながら。ちょっと、浩之達とは感じが違う智子の受け答えに
戸惑いながらも、milleは、よかった、と心の中で安堵の息をついた。
・
・
・
・
・
「へ〜、あの委員長がねぇ...。」
浩之は、間延びしたいつもの調子で、子犬を撫でながら。
「でもさ〜ぁ、なかなかいいとこあるね。」
と、志保は、ちょっと意外な智子の行動に、不思議そう。
・
・
・
mille、しゃがんで。子犬を抱き上げて。
子犬、喜び。しっぽを振りながら彼女の顔を舐めている。
「あ^^;..うふふ..かわいい...。」
「かわいいわねえ...ねえ、名前、どうするの?」
あかり、その様子を微笑みながら。
「そーよねぇ...ヒロなんてどう?」
志保はまた...。^^;
「よせやい、よりによって....。」浩之は、顔をしかめる..が。
「ヒロ!」
「あん!」
子犬は、答える。
「はっはっは(^^)、この子、自分の名前と思ってるわ〜。」
志保、腹を抱えて笑っている。
「この..。」浩之、振り向く...。
「ヒロ!」
「あん!」
「あっはっは(^^)。」
子犬が愛らしくて、浩之も怒る気になれず...^^;。
苦笑い。
「ったく、もう!....(^^)。」
和やかな笑顔、笑顔。
秋の陽はつるべ落し。
優しい光を投げかけて、西へと帰ろうとしている...。
....明日も、いいおてんきになるかしら....。
milleは、瞳に夕陽の色を映しながら。
オレンジ色に、みんなを染めて、
時刻が、ゆっくりと流れてゆく。
澄んだ秋の空は、遠く、高く...
遥かな西の空、茜色....。
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