第12話  [ Summer Place ]

第12話        [ Summer Place ]




kanakanakanaka....



遠く、高く。ひぐらしの声。

高原の夕暮れは、もう秋の気配。



「....m...。」



“愛娘”の寝顔を穏やかな表情で、長瀬。

夕陽、その頬に陰翳を投げかける...




静かにドアを開き、廊下に。

木質の床はどこか暖かい感じがして、研究所とは異なる感触に

日常ではない、と足元から実感している長瀬であった。


廊下の、大きな硝子窓から山並みが見える。

鋭く尖った尾根は根雪で白く、夕陽を浴びてオレンジ色に輝いて。

しばらく、長瀬はその風景をぼんやり眺めていた...と。



彼の背後から、足音。

振り向くと、長身の少年がなんとなく弛んだ様子で立っている。





「おお、浩之くん。」

「....。」



浩之は、言葉を捜し、それでも見つからずに、ただ頭をペコリと(__)下げた。



「いや、おどろいたな、あなたがmille、あ、いや、彼女のお父さんだったなんて。

いつかは....失礼しました、...本当に。」

精一杯、丁寧な言葉使いに努める様子が微笑ましく、長瀬は、相好を崩す。

しかし、少年の自尊心を傷つけまいと留意し。



「いや..私の方こそ、不躾で済まなかった。」




「...それで、様子はどうですか?」

単直に、浩之は尋ねる。



「うむ、大した事はない...すこし、貧血気味なだけだ...。」

真の理由を告げられず、仕方なく。

偽りを好まぬ長瀬であるが。




「...そうですか、よかった。明日には、良くなりますか?」

「ああ、大丈夫だ。浩之君、娘を宜しく頼む。あれは、世間知らずでな。

面倒をかけて申し訳ない。」



「....はい....?。」





長瀬は、静かに廊下を歩いて行く。

その背中、夕陽に彩られて、落日のようであった。




「.........。」

浩之は、ちょっと奇妙な感覚にとらわれている。

それは、寂しさ、とも、慈しみ、ともつかない複雑さで

心の中を渦巻いていた....。



その背中を、ゆっくりと見送った後、浩之は静かにドアを開けて。

部屋に入り、ベッドのそばに。

マホガニーの椅子が、さっきまでの長瀬の存在を匂わせ、

浩之は、ついいましがたの奇妙な感覚を反芻するかのように

廊下の情景を思い浮かべていた....







kanakanakanaka....




遠い、ひぐらしの声が、milleにも。

微かに、眠りの淵をゆさぶる....



「....um......。」




「お、気がついたか。」

「..あ、あれぇ、ひろゆきさん?おとうさんかと思った。」^^;



「ああ、驚いたか、ワリイ。(^^)

もう、大丈夫みたいだな。」

「はい!もうすっかり。すみませんでした、本当に。折角のピクニック、台無しに

しちゃって。あれぇ、みなさんは?ひろゆきさん?。」


「はは(^^)。元気みたいだな。みんな、他の部屋にいるよ。

ああ、気にすんなよ、今日のことは。どっちみち、雨だったし。お父さんのおかげで、

こんな豪華なところに来られて、かえって楽しかったって、みんな言ってるさ。」



「よかった、わたし、いつも、ご迷惑ばかりで....。」

「なーに、いいってことよ。友達じゃんか。あ、そうだ、明日、またみんなと行こうな。

この辺、いいところだよ、お父さんに感謝しなきゃ。」





浩之は、なるべく元気に、言葉をつないだ。

milleが気にしないようにと。今日の事を...





その晩、milleは夢を見た.....



泳いで行く、透明な空気の中を。

滑らかな大気は、まるで清らかな泉のようで。

遥か高みの太陽は、明るく、きらめいて。

ふんわりと、うかんで。

ゆっくり、沈んで行くと、地上にはどこまでも続く草原が。

穏やかな稜線を湛えて。

流れのままに漂うと、ちいさな家が。

開け放たれた窓辺には彼の姿が。



「あ....ひろゆきさぁーん!!。」



彼女の声に、微笑む彼。

ふと、我が身を振り返る..と。

なぜか、たんぽぽの綿毛だった。


風に吹かれて、漂う..ように。

ゆらーり、ふわふわ....

穏やかに、微笑む、彼...だった。


小屋の窓辺に花が一杯。

優しい、華やか、愛らしく.....







「........。」

ふと、目覚め。

柔らかな気持ちで。

窓越しに、遠い峰嶺が白く輝くのをぼんやりと眺めた。

今日も、とても良い天気。




「それ、いくぞぉ!。」

「よぉし。」

「いくわょ〜。」

「いきまぁす!」


ここに残る、という長瀬を残し、近くをぶらりと歩くことに。

昨日の、ピクニックの代わり。



「ほんとうに、すみません。わたし、いつも...。」

milleは、あかりたちに。


「よかったわねぇ、ミレちゃん、元気になって。」

あかりは、しかし少し心配そうな表情で。


「そーぉねぇ、雷くらいでねぇ....。」

志保。


「おまえ、顔、ひきつってたぞ、あんとき。」浩之は、いつもの口調で。(^^)

「......うっさいわねー、あんた。(^^)つまんないとこばかり気づいて。

普段は鈍いくせに。」

...と、掛け合う。

賑々しく、いつものように。(どこにいってもかわんないな...)






長瀬は、彼らの情景を遠く、保養施設のロビーから、硝子越しに。

もう太陽は夏の色。陽射しを強く、照りはじめていた。

空調の効いた広い、静かな空間で、彼はゆっくりと安楽椅子にもたれ

束の間の休息を味わっていた。


テーブル上の構内電話が着信を告げる。

長瀬は、受話器を取った。


「....はい。長瀬ですが。」

「..所長より、お電話です....。」



humanoidのオペレーターは、しかし奇妙に有機的なヴォイスで告げた。

この抑揚も、学習機能の賜物、である...。

ノイズが途切れ、回線に切り替わりが解る。



「来栖川だ。」

「おはようございます。」

「他人行儀な挨拶は止せよ、長瀬。同期じゃないか。」

「..いや、一応お前は、所長だからな。」




長瀬と来栖川。

ふたり、高校時代からの友人であった。感じるところあって交流を持ち、

同じ大学に進み、同じ研究室で競い合ったライヴァルでもあった...。

来栖川が現在の地位にあるのも、いくらかは長瀬の尽力によるところもある、と

所長である彼は素直に認め、以来、長瀬の研究のサイド・サポーターだ。

humanoid 研究も、その一環だ....。




「milleはどうだ?その後。」

来栖川は、低い、ちょっと渋味のある声で。


「...ああ、順調に『育ってる』よ。今では、普通の娘と変わらんよ。」

「...そうか...。」



「どうかしたのか?こんな所まで電話してくるからには、世間話でもあるまい?」

「いや...な。」



「なんだ、はっきりしないな。」

「milleの経過報告、logが出てこないのが気になって、な。」



「...........。」

「なんだ、長瀬、やっぱり何かあったのか?」



「いや、大したことじゃない。異常はないんだ。本当に。」

「そうか、大事でなくてなによりだ、じゃあ、ゆっくり休暇を楽しめ、長瀬。」



............。

唐突に、ラインは途切れた。



消えた着信ランプの残像を見ながら、長瀬は呟く。

「...いつまで、持つか、な。...。」




歩みを進めると、穏やかな里山の道はやがて

曲がりくねった山道になり、いつしか道路は砂利道から土道に。

そして、深い谷あいへと分岐した道を、下っていった....。



「水の音が、聞こえるよ。」

雅史が、小さな沢音に気づく。


「ああ、いってみようぜ!」

浩之たちがどんどん先にいってしまうので、

彼女たちは文句、いいながらそれでも

追いていかれないように必死についてきた。



歩くのは最初は辛いと思っていたmilleも、


深山の雰囲気、針葉樹が発する香気、

梢を渡る風、


..そんな、あれこれが、彼女を前へ、と進めていった。




みんなで、散歩、というよりもうほとんどピクニック。(^^)






きゃ〜〜〜〜〜〜...

わっははは....

いくぞぉ〜.....





河原に降りた浩之たち、水をかけあって戯れている..。

いつかの水鉄砲遊びの時みたいに、ずぶぬれになって。

嬌声が谷あいにこだまする。

水しぶきが、虹色に輝いて..。



その三人に、ちょっとあっけにとられて。

milleは、空を見上げた...

深い森、谷あいの木々の間から、青空。

入道雲が、眩しい白さで。

今日も、暑くなりそう....




揺れる波紋は、陽光に煌き、きらきらと輝いて見えて。

沢の水は清澄、透明。硝子のようね...、とmilleは思った。



「ひゃッ!」



手を触れてみると、それは氷のように冷たくて、


すがすがしい印象が吹き抜けるかのようだった....




沢渡風が、夏帽子のリボンを揺らし、優しく。


季節のうつろいを彼女の頬に告げている....






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