第11話 [Heart Strings ]

第11話        [Heart Strings ]







「あ、あたし、手伝います!」


「いいのよぉ、私の仕事だから。」


milleは、段ボール箱を、積重ね始めた。


「ありがとう^^; やさしいのね.....。」

理緒は、にっこりと、milleを見、微笑む...。


(^^)。

milleも、しゃがんだまま、理緒を見上げて、微笑む.....。




「...前にも、ミレちゃんに手伝ってもらったっけ。」

「...そんなことも、ありましたっけ?」

「ふふ^^;」

「ふふ(^^)。」


ふたり、早春のあの頃のことを思い出し、微笑みを交わした...。










理緒は、唐突に語る.....


「ねえ、藤田君どぉ、ちゃんと勉強してた?。」


「はい、あ、みんなで。このあいだ、とってもたのしかったですぅ。(^^)

あれ、お勉強なのに、へんですね。とっても楽しいなんて。」


「ふふ、いいわね、いっしょって、楽しいのよね、なにしてても。(^^)。」

笑顔だが...その横顔に、すこし寂寥の匂い....。





.....あ....




milleは思う。



......さびしい、の?かしら....。


.....理緒さん、ひろゆきさんのこと、想ってたはず、なのに。

わたし、ひとりで....でも、どうして?理緒さん。







「ひとり」故、milleはさびしさにはsensitive.....








黙ってしまったmilleを、理緒はこころつかう。



「あ、milleちゃん、疲れたでしょ、もういいわよ?そろそろ終わりましょ。」



気付くと、いつのまにか陽は傾きはじめて。

すこし、涼しい風が吹きはじめている....。







「あ..いえ!まだ、大丈夫です!!。」

milleは、はっきりと。





「ううん、いいのよ。じゃあ、私、倉庫の仕事なの、これから。

ありがとう!本当に。」

理緒は、まっすぐにそう告げた。





そんな理緒の存在に、とても近しい感情を抱き、


........みんなが、やさしくしてくれて。

わたし、「生まれて」よかった。出会えて、よかった......


などと、少女らしくちょっとおセンチにもなってみたりもした、今日のmilleだった。










......でも。





milleのこころに、ふと、問いが。


.....なんで、理緒さん、浩之さんとあまり一緒にならないのかしら.....?











その夜。


夕食を済ました後、ダイニングのテーブルで、長瀬とmilleは差し向かいで。


ちょっと、だんらん....。


長瀬は、学会の新聞を見ている...と。


”愛娘”の様子を、ちら、と気にする。







......静か、だな.......なんだろう.....







「どうしたね、mille?」



「...は、はい。ごめんなさい、ぼんやりしてました。」

milleは、 宙に泳がせていた視線を長瀬の方へ向き直り。






「なにか、心配ごとかな?」

長瀬、注意深く表情を伺う......


「あ、あの.....聞いてもいいですか?。」

ちょっと、上目に、見上げて。







「ああ、いいとも。なんでも聞いてごらん?」

長瀬、精一杯優しい声で。



「あの,,,,研究室の、写真....どなたなん...ですか?。」








「...........ぁ.....アレ、ネ。」^^;;;





長瀬、珍しく動揺し、声がうわずっている。







「ごめんなさい!聞いてはいけなかったですか?。」

あわてて。



「....いや....いいんだ。.....あれは....。」



「ご、ごめんなさいッ。ほんとに、けっこうですから!」






「............。」




「.....想い出、......です、ね。」

「...え?」




「想い出、って、いいですね.....。」

milleは、リヴィングの大きなガラス・ウィンドウに映る夜景を見ながら。






「......mille.......。」



長瀬は、”愛娘”の成長に驚く。こんなにも。

細やかな感情を醸している...よい、友達に恵まれたな.....。






「もうひとつ、きいて、いいですか?」



「.......うむ。」







「 ”愛”って、なんですか?」

まっすぐな瞳で、そう尋ねる。

そんな彼女を、いとおしく思い....長瀬は、思わず....微笑む。



「いつかも、そう聞いたね。」(^^)



「わたし、なんだか.....。わかったようで、そうでもなくて。

こんな気持ちは、どこからくるの?なんて、思う、ん、です.....。」





長瀬、静かに彼女の瞳を。

エメラルド・グリーンが、人工照明にきらめき、

無機的にいろどられた様が、不つりあいなように思えた.....。






「.........。」

milleは、また夜景に視線をうつした。

遠くの街灯かりを、ぼんやりと見ているその横顔に、

長瀬は、何故か過日の想いを交錯させていた....。





「...そう、だな....。」


「はい?」


「花の話を、したね。なぜ、花は...と。」


「はい、どうしてかわいいのか?って。」


「その、気持ちが、私たちの心にもある。かわいい、と思う気持ち、

花を愛でるこころ。」


「.....は、い.....?」








「おなじように、誰かを、愛しい、と思う。大事にしたい、と思う。

それは、基底では同じ情動だ、と考えられている.......。」

長瀬は、精一杯優しい言葉で話そう、と努めた。

自分の想い、考えのすべてをmilleに托そう、と。







「...は..い....。」

すこしだけ、milleには難しかったようだった。

彼女は長瀬の表情からニュアンスを読み取ろうと。

瞳を見開き、未知のものに触れている、という表情で。





「じゃあ、お花のように大事にしてあげれば、いいんですね!?」



「.....そうだ、な^^; 、花の気持ちになって、世話をするように。

 それと、似ているかも知れないかな。」






.....うーん。ちょっと、むずかしかった、かな?


長瀬、milleの稚な子のような瞳に、目を細める......。










さて....あくる朝。





みみもとで、風鳴りが、ひゅうひゅうと。

ゴムのタイアが砂を掴む、音、さらさらと。

普段、感じたことの無い加速感。

風景が、飛ぶように移動する。

大きな彼の背中、一生懸命に自転車をこいでいる。

茂葉の香り、ひなたの匂い...爽やかな風、光眩しい夏の陽射し。





歌い出したくなっちゃうように、ごきげんな朝。




いつもの街を、すこーし離れて、今日は野原へ、みんなで、行こう....。




夏休み最初の日。









ちょっとぉ、飛ばしすぎよ〜。



遥か後ろの、志保の声。

土手を走って、橋を渡って。

はるかに霞む、あの、山へ.....





ねぇ〜、ちょぉっとぉ〜...

  こんなにきついって、きいてなかったわよぉ〜。






と、いつものように。





坂道は土道、石や土塊がごろごろしていて、歩きにくい。




すこーし急な坂道も、普段歩きなれていない者にとってはほとんど

崖登りのように感じられる。


山肌を滑る風、爽やかだ。

夏を感じさせるかのような暑い日光。




何もかもが、煌いて。


「夏」という語感を、彩る.....。






遠く、町並みがぼんやりと霞んで。

小高い丘道、ゆっくりと。


そうして歩いている。

ふざけながら、笑いながら・。


緩い稜線の、丘は。細長い草が一面に生い茂り。

樹木はぽつり、ぽつり、と。

遠くまでよく見渡せる、開放的な斜面。





「..わあ...(^^)...。」





milleは、その草原に向かい、駆け出す。




「あ、おい、転ぶぞ、...。」



勢いよく、草の野原に駆け込む..と。

草は思いのほか深く生い茂り、足に絡み付く...。



「あァッ!”」


.....草の上に、思い切り倒れこむ。

柔らかに、植物の弾力は体を受け止めた。



草いきれ。...お陽さまの匂い、あたたかな光....。

彼女は、どこか遠い記憶のような、こんな情景を思い出そう、と。

不思議な事だが、(まだ、数か月しか「生きて」いないのに)

そんな連想記憶を、システムはシミュレイトしていた。

外部刺激から、過去の記憶(memory)を想い出す。

ヒトという機械の、とてもromanticな一面である...




「ああ、おもいだしました!」




あの、雪の日。

LRTで席を代わって上げたおばあさんの優しい物腰。

.....スコーンの、味。

その時、こんな風景に、牛さんやひつじさん、のんびりと、

している様子を思い浮かべたの。




「.....?」





不思議、です....。だって、それ、空想なのに..。




ここに来た時、どこか、なつかしい..みたいな気持ちになったのは...?





「おーい、だいじょぶか?」





浩之が、間延びした声で。のぞきこむ。

上下さかさだと、ちょっといつもとちがった感じ。



.......そうだわ、あの雪の朝、そのあと....

.....の、出来事を思い出し、彼女は恥ずかしくなって来た。




「お、い?....どうかしたのか?」





ぱっと、起き上がり、頬を紅潮させ、背中を向け、うつむく彼女。





「....な、なんでもありません!、す、すみませんっ。」






.....変な奴...と、浩之は。わけわからず。





「おーい、どうしたの?大丈夫?」

雅史が、よく通る声で遠くから。





「ああ、平気。大丈夫。」



「あ、だいじょうぶですぅ。すみません、ご心配、おかけしました。」









草深いこの丘を、踏みしめ、踏みしめ。

歩いて行く。

さくさくと、小気味よいおとが響く。






草原の所々に、可憐な小さい花が、ぽつぽつと。




「あ、かわいいです。」(^^)。milleはにこにこと、その、小さな花を

かがんで見ていた....



....と。





その傍ら、あかりは、摘み草を始めた。


「どうすんの?あかり。」

志保は、遠い山の方を眺めたままそう尋ねると。


「これ、可愛いでしょ、草冠を作ろうかな、と思って。」








その、切り取られる花、を見、milleはこころが刻まれるような思いがした。

花、という存在と「愛」のイメージがover-lapしている。

むしられた植物、その命が消える。

それが、自分の「愛」のように思えた....。

昨夜の長瀬の言葉が、記憶の中で循環していた。



「どうしたんだ?」

浩之は、おとなしくなってしまったmilleを見、



「........。」

milleは、悲しげにうつむいた。



それは、少女らしい感傷、であったかもしれない。

花愛でる、心。




手折りて行かん、野の花を.....。





花という存在、美しき故、愛らしき故に、壊される。

命あるヒトという生物故の哀しさ、である...。

....でも。そういう存在、

....それは、命、生命を守護する為に。[自分]の。生き物というものは

全てそうした矛盾を背負って、生きている。...[業]。

ただ、彼女をのぞいては、だが。生命保持の必要がないhumanoidとしては

そうした、自己矛盾からは解放されている..だが。






その、視線の行方に気づいた浩之は。こうささやく。



「..そうだな、大切にしないとな。花」

...とは言いながら、浩之は。

....でも、生きているって何だろう?...こう自問した。

本当に、何だろう?












パラ、パラと雨粒が。

突然に勢いを増してくる。


「...あ...雨だわ....。」

「どこかに雨宿り....。」


小走りに駆け、立ち木が数本あるあたりにやってきた。


あたりはいきなり暗くなり、さっきまでの入道雲も

いつしか真っ黒な雲に変わっている。


激しく降り出した、雨。


雨粒が地面を覆うかのようにひろがる。

草木は濡れて蒼く、この変化を唯一、喜んでいるかのようだ....。



ゴロ、ごろ。


雷鳴が、




「ぃやッ!」あかり、耳を塞いでしゃがみ込む。


「んも〜、こわがりねぇ...でも、ちょっと迫力よね....。」

志保、笑顔に緊張の色が。

頬が硬直している。^^;



「通り雨だね。すぐ止むよ....。」雅史、空の彼方を見上げ。掌で雨粒を。




広葉樹の幹には夏葉が生い茂り、雨宿りには適当だ..

が、ときどき、雨だれが落ちてくる....。





ぽつり...



「ひゃっ!(^^)....。」





multiが飛び上がった。





「なんだ、どうした?(^^)。」「あ、あめつぶが....。^^;。」


「なんだ、おどかすなよ、ははは....。」





....その時。閃光が!!!。

何かが炸裂する音、

周囲はオレンジ色の光に満たされた。



落雷だ。




「凄かったわねぇ〜、今の。」


「ああ...。あ!おい、mille、ミレ!」「ミレちゃん!」





mille、力なく幹にもたれたまま。

目を閉じ、俯いた頬に柔らかな髪が濡れて纏わり..

浩之が肩を揺さ振っても、ゆらゆらとただ揺れるだけだった....。




milleは、朧げな意識?の中でそれでも浩之の存在を感じ取っていた。

そして、みずからを枯れ行く花、であるかのように夢想していた


....連想記憶システムは、痛み、傷つきといった感覚から同様に、

摘み取られた花への「悼み」という感情を連想し、自身の

「痛み」とを重複させ、混同していた...


まったく不思議なことだが、これはヒトを模したシステムとしては

当然の帰結である...ヒトでも、この現象を同化、転換などという...。





....わたし、もうだめかしら....。



そんな感傷が、彼女の全身を包み、やがてそれは一粒の涙となって

まるい頬を流れて...落ちた。












「...あ..れ...?。」




視界は、一面真っ白だった。



milleは、自分の存在座標を見失っていた。



「.....?。」

「ここは....?」



「おお、気がついたか!」



milleは、意外な声の主に驚く。



「うむ、心配することはない...。ここは、『病院』だ。」

長瀬源五郎は、低く、静かな声で。安堵の表情を隠せずに。





「わたし..どうしたんですか....?」

「うむ、落雷のショックで、一時的に気を失っていたんだ。まあ、幸い

サブ・システムが無事だったので自動復旧したが...ね。(^^)。」

「雷が予報されていたので、気になって後を追ったら、案の定..と、いう訳だ。」



「そうだったんですか....。」



「いや、危なかった。浩之君たちが「病院」にでも運んでいたら...ね。」

「おとうさん、ここは...?」



「ああ、うちの研究所の保養施設だよ。もっとも、普段はほとんど使っとらんが

....みんなも、他の部屋にいるぞ、(^^)。」


「すみません..ありがとうございます...。」

そういい終えるか否かのうち、エメラルド・グリーンの瞳はじんわりと潤みを帯びて。

安堵したのだろうか。






「わたし...夢をみたんです。」

「ん?」




「お花、摘み草されたお花が、しおれてゆくのが、なんだかわたしの事みたいに思えて

哀しかったんです....。」

「...milleは、優しい子だな...。」




「いいえ、わたし、こわかった。いつか、わたしの『命』が尽きるんじゃないかって。

ねえ、わたし、どのくらい生きられるんですか?.....。」

milleは、未だはっきりとはしない感覚の中で、それでも真剣にこう問う。



「.........。」「そう..だな....。」



長瀬は苦悩する。機械でありながら、意識を持ち、心が存在する。

それゆえ、ヒト的な概念である「命」とは無縁だ。

しかし、シミュレイト・システムはヒトに模してある故に

「命」の存在を我が身に問う...自己矛盾。

最も、ヒトとて我が身の行く末は解らない。ただ、彼女の場合は....。






「そうだな、私でも、明日の事はわからない。いつまで、などと考えない。

それよりも、『いま』を一生懸命に『生きる』ことが大切なんだ、と思う...

それは、milleの場合も同じだ。終わりのことより、これからの事、を

考えて.....」





長瀬は、言葉を濁した。

と、いうよりも、生命、生きる、という問題については未だ何も判ってはいないのだ。

いかに生きるか、という命題については。





「さあ、少し休むといい。今日は、ここで。」


「はい...。」


milleは、静かに瞳を閉じ、安らかに眠りについた....。



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