第2話 [Ordinary people]


第2話   [Ordinary people]


「私、家族、ほしいな....。」


その言葉に、自らの継承者であることを再認する長瀬。


無言のまま、milleを抱きしめる。


今度は、milleが驚く。


「...ぁ...」


状況が解らない、といった感じに、きょとんとしている。


長瀬の流した涙が、冷たい研究室の床に零れ落ちた....。




その涙滴、彼女の情動を励起。



.......泣いて、いる....。なぜ?。

....おねがい....泣かないで。だって、私....。



さびしくなっちゃう。



独り、この世に存在するmille。

類型な友人すら、家族すらなく。

その意味では、長瀬より、深い寂しさを背負って生まれてきた、

といえるかもしれない。

「感情」をもつ故の寂しさ、異端の者としての孤独。

そうした状況が、彼女を感傷的にさせるのかもしれない....。




エメラルド・グリーンの瞳が、じんわりと潤み、

大粒の涙となって、まるい頬をつたう。


やがて、嗚咽を洩らし、肩をふるわせる。


長瀬とmille。



「ふたり」の孤独が、共鳴している.....。



「ありがとう、優しい子だな、milleは。」


長瀬、そっと背中を撫で、軽く、ぽんぽん、と。


未だ、しゃくりあげている、milleは。


涙を拭い、泣き笑いの顔で長瀬を見つめた.....。











それぞれの想いをのせて、時は流れる。

また、デイト・カウントが進む。







今日は日曜日。


研究者などという人種は、どういうわけだか朝に弱い。


まして、日曜であれば、普通、起床は午後だ。


(皆さんも、経験あるでしょ?)



研究所の宿泊施設にある、居住区間。


その世帯で、惰眠をむさぼっていた長瀬....が。







Bomb!



鈍い爆発音。



何か、飛散し、落下する音、ぱらぱらと。


花火大会か?




寝惚けた頭で、妙な連想。



ハーブの香り....。



香草爆弾?


奇妙奇天烈な連想。

全く、天才と狂人は紙一重、と、いうが。


やや、正気にもどって。

渋々、起き上がり寝室を出た長瀬。

「...ったく、もう..。」

リヴィングには、誰もいない。

居るはずもないが。

と、すると...。

キッチンの方から、またも衝撃音。

.....誰だ?

フル・スモークド・グラスの間仕切りを開ける、と....。

アクション・ペインティングのような、サイケデリックなYellow。

ターメリック?。




「あぅ〜...。」


「ま、....mille! 」



「す、すみませぇん!」


圧力釜が破裂したのか、そこいら中に米粒が散乱している。


サフラン・ライス?

どうも、長瀬のつくったデータ・ファイルに問題があるようだ。

古い映画のヒロインたちの情報を、そのまま演じている。

(まあ、長瀬にとって、実態の女性データは持ち合わせがなく?

  その点で、彼を責めるのは、いささか残酷、というものだ。)





「いったい、ここで何をしているんだね。」


「あ、あのぉ、朝ご飯のお支度を、と.....。」


「..........。」野戦病院のような台所を見回す、長瀬。


「ご、ごめんなさいッ!すぐに、片付けますから。」


「まあ、いいよ。一緒に片付けよう。」


「でも、そんな.....。」


「いいから。」これ以上、被害を増やしたくない....





....しかし。


長瀬は苦笑い。


自分の行動パターンデータを元にした、とはいうものの。

milleの今の表情は、亡き母親にそっくりだった。

隔世遺伝か?


そのことで、少し自分の技術に誇りを感じる反面、


自分の記憶に残る、母の幻影を想起し、すこしセンチメンタルに....。


と、同時に、「かけがえのなく」なったmilleの不思議な存在感を

どのように位置づけたら良いのか、不安になる長瀬であった。





「それにしても...。」




いくら「娘」とはいうものの、こうして飯の支度なんてさせて、いいものか?



「mille。」

「はい、“おとうさん”」



呼びが、こそばゆい長瀬。




「別に、食事の支度なんて、いいんだよ。君はメイドじゃないんだから。」

「はい。お父さんに、『おいしい』って、喜んでもらいたくて、私.....。」



ちょっと、遠慮気味。失敗を、気にしているみたいだ。



「....ありがとう。じゃあ、お願いするよ。」長瀬、単純に。

「はいッ!」



笑顔一杯!

長瀬、自然に笑顔で。

そんな自分に気づき、



「....何年ぶりだろう、こんな(^^)顔したのは。」



いつも、無表情でいたような気がする。

ひたすら、秀でることだけを考えていた今まで。

なにか、置き忘れたような...。

踵を返す。

思い出そうとする、長瀬の背中に、硬質なセラミクスが破壊される音が届いた。



「....あぅ〜ぅ...。」また、か....。

「・・・・・。」



そして....。

長瀬の目前、テーブル上に未確認の物体。

形態は不安定であり、色彩も一定していない。

が、一応食物のようだ。



「.....すみませぇん.(;_;)。」と。失敗を。

「まあ、初めてだから、仕方がないさ、微妙な味加減が...。」



長瀬、気づく。


「mille? どうやって作ったんだ、これ?」

「あ、あのぉ、説明の通りに...。」

「ああ、そうか。mille、君には味覚センサが備わっている。

 味見して、作ればいいんだよ。」

「あじみ...?」

「そう、複雑だから、解析は難しいが、直ぐに慣れるさ。」

「わたし、やってみます!」

「そうそう、その意気だ。食感も重要なファクターだからな。

 噛んで、含んで、確かめる。主に、コンプライアンスの問題だが。」

「じゃあ、私...。」

「うむ。君のコンストラクションは、基本的に有機体で構成されている。だから、

問題はない筈だ。もっとも、エネルギ代謝はできないが。」




どの程度、彼女が理解しているか知れないが、解説をする長瀬。

このあたり、技術者特有だ。




ヒトの味覚。

単純なシステムであり、置換は可能だ。

レセプタと呼ばれる感知器が、特定の分子構造のもののみに反応する。

例えば、「旨み」なら、L−グルタミン酸などの構造に類似なものに反応し、

レセプタが電気パルスを発する。

その情報は、神経線維を電気信号として伝達され、

多数のレセプタが反応すれば、パルスの量が増える。

神経伝達というものは、ある種ディジタル情報であり、密度変調である。

従って、もともと電気なのであるから、シミュレイタの作成は容易である。

また、触感、硬度、弾性などの情報は、高感度な圧力センサが存在すれば

同様にシミュレイトが可能だ。

このような概念は、既に20世紀半ば頃には確立していた。

しかし、統合処理を行うソフトウェア、高速処理を行う演算システムがなく、

実用には即さなかったという経緯がある。

今、科学技術の進歩はそれを可能にした、が...。

ヒトという生物の存在意義。

機械との境界。

こうした問題に、科学者たちは直面せざるを得なくなっている。

しかし、ヒトとて環境が作り出した「物」である。

如何にも「意識」が自律して存在するかのように見えるが、

それらにしても「環境」がプログラムしているにすぎない。

自己学習という「機能」によって....。


ヒトと、「攻撃」。


L=グルタミン酸Naは、蛋白質が微生物によって分解される過程で起こる代謝物である。

すなわち、死した動物の肉などが腐敗する過程で生成される物質であり、

これに「旨み」を感じるという事実は、「ヒトの本質的攻撃性」を如実に表している

といえよう。

比較進化論的立場を支持するならば。

原初はどうであれ、実存的には「旨い」のだが...。

他者の生命なくして存続し得ない生物という存在。

宗教的な概念では、それを「業」などと言う....。

生命。

ヒトは無辜の生命の犠牲の上に成り立っている。

本当に、それは正しいことなのか?

霊長類ヒト科、ホモ・サピエンスが、万物の霊長というのは「驕り」では?


機械である、milleの存在が、ヒトより人間らしいことに長瀬は驚き、

また、循環思考に陥っている....。




「まあ、食べてみるかな。」と....長瀬。


......予想通り、の味だ.... ^^; 。


しかし、milleがじっと、反応を見ている。


「如何ですか?」

「まあ、いいんじゃ^^;;;ないか...、初めてで、これは、うむ。」


「(^○^)!」


................うーむ。あとで薬飲むべきだな............。



男はつらい。と、実感する長瀬であった。



しかし....。奇妙な安堵感。

いつくしみ、やさしさ。

.....それは、「競争」が否定してきた概念。

強者になるべくしてきたこれまでの長瀬であったが、

「置き忘れた、なにか」は、ひょっとすると

「ヒトのこころ」であったかもしれない。

長瀬は、ぼんやりとそう回想し、

機械であるmilleがそれを想起させたことを

興味深く思うのであった。


すっかりペースを乱された長瀬は、やる気が起こらない。

まあ、研究者などという人種は、多分に我侭なものだ。

ぼんやりと、Livingのソファにもたれ、うとうととしていた。


その脳裏に、ふとよぎる不安。


....milleは、研究所の「もの」だ。

...."test"の終了後、は?

....長瀬、お前は....何、考えてる?



がばっ。とばかりに、起きあがる。

私は、擬似人格を.....いや、まさか、そんな....。

自問自答し、否定を繰り返す長瀬であった。





一方のmilleは、と、いうと...。


どうにか片付けも終わり。

ちょっと、一休み。

研究所の裏庭の方に。


冬とはいえど、正午近くともなれば、太陽は高く、ひざしは眩しい。

楡の並木をわたる風が、爽やかに木鳴りを。

むく鳥が、愛らしいさえずりを。

黄色いくちばしが、なんとも愛らしく。


「ふふ...かわいい。」


milleは、木の方に静かに歩いて行く。





嘴の黄色い、丸っこい体躯の鳥が、小枝で。

賑やかにさえずりながら、二羽で戯れている。

親子だろうか。

一羽は、少し小柄だ。


「.....。いいなぁ、ふたりで。」


見上げて。

碧の黒髪に、風が。

そよそよと。


小春日和、かな。




芝生になっている、ベント・グリーンの庭園。



陽だまりの中。

キャスト・ベンチの端に、一人の少女。

長い髪が、ゆらいでいる。

黒い瞳。遠い目。

俯きかげんに、milleを見ていた....。




「//////.....。」



うすぼんやりと。

おもむろに、傍らのカードを、ベンチに並べ始める。


縦に、横に。

十字型に並べ終わると、残りのカードを右端に。


ケルト・クロッシングと呼ばれる占法である。


手前の端から、オープン。

つぎつぎと、流れるように。


「.....。」無言。


最後に残るカードを....開く。




「....!」



凝視する、少女。



無邪気に微笑むmilleを。


「........。」



カード。




絵柄は、「転倒した塔」が描かれている.....。



「.........。」



少女は、カードを片づけて。



静かに、立ち上がると、芝生を歩きはじめる..。



北欧の女のような、長い外套がゆらゆらと揺れていた....。


むく鳥が、人の気配を察し、飛び立って行く。


milleは、それを目で追う.....。


「またきてねーっ...。」


空を仰いだmilleの視界に映る、長い髪、黒い外套。


「あ....こんにちは。」



「.......。」頷く。



静かな瞳は、とりとめもない、という風にmilleを眺めている....。



やがて、穏やかな笑みを浮かべ.....歩み。



すこし、冷たい風が。



高く、遠い、ひよどりの鳴き声が、SRCに反響する。




「..不思議な、ひと。」



milleは、ぼんやりと、彼女の背中とストレートの髪を見ていた。



ゆらゆらと、そのままどこかに消え入りそうで.....。













そして、今日も、何気なく(でもないか)

タイム・カウントは進む。


「日常」は、memories となる....。


夕陽が、真っ赤に染まり、西の果てに消えてゆく。


明日も、良い天気だろう.....。












さて、デイト・カウントは回り....。




朝の帳に小鳥は遊び、囀りが、目覚めを促す。




「いってきまぁーす。」

「ああ、気をつけるんだよ。」

「はぁい。」


milleは、元気よく研究所を駆け抜けて行く。


雀が、驚いて飛び立って行く。



「あ、すずめさん、ごめんなさぁい!。」



制服の裾をひるがえし。



研究所員の誰もが、微笑みながら見送る。


「いい娘に育ったねぇ...。」

「そうだな。」


LRTに乗車し、学校へ。

milleは窓際の席で、通学の生徒たちを見ていた。



少年の姿を求めて。



やがて、学校の近くにさしかかり、だらしなく歩く少年と、

ショートカットの少女を見つける。


「あ!」


突然、大きな声をあげた。


LRTの乗客たち、おどろいて彼女を見る....。


「...すみませぇん.....。」


肩をすくめるmille。


ただでさえ大き目の制服が、さらに大きく見える。


頬を赤らめ、ちいさくなる。


そんな彼女を、乗客たちはにこにこと見ていた...。


無機的な通勤LRTが、ひとときなごむ。



LRTを下車し、校門の陰で、浩之たちが来るのを待つ。


「....?....。」


理由なく、loadがあがり、Trafficが増大するのをmilleは自覚する。


CPU-temperatureが上昇する...。


「なに、かしら...。」



「ときめき」という状態を学習しているmilleであった。



原初的な行動プログラムが、ヒトの場合は支配的である。

もともと、ヒトとて動物であるのであるから、そうした傾向がある。

しかし、humanoidの milleに 恋をする必然が、あるのだろうか?

その解答は、いずれ、彼女自身が自覚するのであろう...。


ともあれ、彼女は「希望」に満ちていた。

はなはだ論理的でないが、無根拠な観測を行えるのも「創造」システムの

成せる技だ。


「ひろゆきさん、あかりさん、おはようございます。」


学校の前

「おお。きょうは元気だな。」

「はいっ。」


「もう、大丈夫?」

「はいっ、ご心配をおかけして...。」



元気に答える。


浩之を見、うすももいろの頬で、エメラルド・グリーンの瞳はしっとりと輝く。


そんな、milleのちいさな胸のうちに、誰も気づかずにいた....。












授業中。

退屈な国語の授業。

milleは、ぼんやり思考が定まらない。(妙なCPUだ)。

どこかでプログラムがループしているように、無駄なプロセスが

いくつも動いては消えている。

そのせいで、現実的な状況はすっかり「お留守」だ。

その、ループの原因は,,,,、

「はい、君。次読んで。」

「...ちょっと、mille,当たったわよ....。」

「.........。」

「milleってば!」


親切な隣人が、呼びかけてくれている。



自律システムが、不用processをkill。


mille@system:kill -9 1144 1145 1123 1243

mille@system:logout

mille console login :


「..あ、はい!」

やっと気付く。


「えーとぉ、わ、わかりませんっ!」



生徒たち、喜ぶ。笑い声。鉄筋の校舎に響く。



教師、そのあわてように、怒るつもりが,,,,。



「はい、85ページ頭から。読んで。」優しく。



「は、はいっ!」


日本語の識字は難しいな、と思いながら。

それでも一生懸命にフォト・センサは活字を認識していた..。



「はい、結構。」

教師は、milleの肩にそっと触れ、ゆっくりと離れて行く。


無言のコミュニケイション。


着席したmilleは、またぼんやり....。


なんとなく、落ち着かないような。

でも、「幸せ」な気分。

あなたのこと、想うだけで....。

いつも、遠くから見ているだけで。

話しかけてくれるのを、まってる。

でも、恥ずかしくで逃げ出したくなったり。

ああ、このまま、ずっと、このままで...。

どうして?

最初は、なんでもなかったのに....。

この頃は、なにか、眩しくて...。

空をながめて、ためいきばかり...。


また、不用デーモンが、訳のわからない言語を算出している。

エネルギィの無駄だ。


終鈴が鳴る。FM音源のゴング。古臭い音。



解放されたか、と、生徒たちは一斉に騒ぎ出す。






ようやく、昼休みがやってくる。

ひとときの憩い。

学生たちは、めいめいに羽根を伸ばしている。

購買部の前では、今日もいつものように調理パンの争奪戦。

どこの学校でも、なぜかやきそばパンとかコロッケパンとかが人気

なのはどうしたことだろう。



(みなさんの母校でも、そうでしょ?)



「醜い、争いだねぇ....。」

浩之は、友人たちと一足お先、とばかりにお目当てのパンを抱え、

悠々と中庭の芝生に向かっていた..。



milleは、屋上に向かう階段を、静かに昇っていた。

電磁エネルギ・トランスファを起動し、データのバックアップ。

無線LANでデータを研究所に転送するためだ。

これらの作業は、monitering-daemonが自動的に行う。

自己管理機能は、milleの人格とは無関係に動作するのだ。

それも、ヒトの恒常性機能を範としている....。


ぺたぺたと、ちいさなゴム底の上履きの音。

薄暗い階段に、響く。

屋上への、重い鉄扉を、milleは全身を使って開く。


「...よ、い...っしょ!」


不気味な軋み音と共に、ドアが開く。

一瞬、ハレーションで何も見えなくなる。

光学系制御による、AEが自動追尾する。

と......。人影。


「....あ....ミレちゃん。」


「あかりさん、こんにちは。」


「お昼、まだなの?」


「いいえ...。」


「そう、良かったら、一緒に、と思ったんだけど。」


「はい、すみません私、少し休みたいので...。」


「あら、だいじょうぶ?無理しないでね。」


「はい、失礼します......。」


本当は一緒に、ご飯食べたり、お話したり...。



“食べる”って?どんな感じなんだろう。

“おなかがすく”って?


humanoidには不要な情報だ。

およそ、機能的ではない。

しかし、milleの想像シミュレイタは、そうした情報を演算していた。


そして、人間であり、浩之の「幼馴染」であるあかりを


羨ましく思うのであった。



「ひろゆきさんは、こんな私を、どう思ってくれているだろう...。」


少女らしい、もの想いに耽るmilleであった....。


daemonが、e-transfa.shを起動し、backup-filesを研究所に転送する。

今日の経験値のステータス・ファイルだ。



mille console login :system

mille@system:ftp 172.29.35.2390

Connetcted to 172.29.35.2390.

220 172.29.35.2390 FTP server (UNIX(r) System X Release 4.0) ready.

Name (172.29.35.2390:mille):mille

331 Password required for mille

Password:

230 User mille logged in.

ftp>put 105_1.dat

200 PORT command successful.

150 ASCII data connection for 105_1.dat (172.29.35.2390.33837).

226 Transfar complete.

local: 105_1.dat remote 105_1.dat

65108 bytes sent in 0.11 seconds (6e+02 Kbytes/s)

ftp>221 Goodbye.

mille@system: /bin/csh/e-transfa.sh &

mille@system:logout

mille console login :


バック・グラウンド・プロセスで、電磁エネルギ変換が進行する。

このモードだと、ヒトの「仮眠」に類似の状態だ。


屋上のベンチにもたれ、陽射しを浴びている(?) mille。


小春日和が、暖かく。


そよ風が、優しく髪を撫でて行く....。


ひよ鳥が、甲高く鳴き、波打つように羽ばたいてゆく。


戯れながら、遊びながら。


穏やかな、午後の風景....。


「あれ、mille?」


浩之が、古びて革の剥げかけたバレーボールを持って、屋上に。

階段の裏側の、ベンチで休んでいるmilleを見つけた。


「...と。眠ってるのか。」


そーっと、近づき、観察。


赤ちゃんのような滑らかな肌。

折れそうに細い手足。

柔らかな髪は、風に揺れている....。


「ふーん...。」

浩之は思う。

「けっこう、かわいいな.mille..。」

どことなく、昔のあかりに似ているようにも思える。


丁度そのとき、e-transfa.sh は終了した....。


「.....n.....。」


大きな瞳がぱっちりと。


目前。 浩之の間の抜けた表情。


「!ひろゆきさん!」


「ああ、 mille 、起きたか?。」


「見ていらしたんですか?」


「いやぁ、『いらした』って程のものでも..。」


milleの頬が真っ赤になる。瞳が潤む。


「あ...あのぉ.....。」




またもや...。


warning !


system overload ; high temperature !


Message from root (???) on mille@system Wed Jan 5 12:49:22...

THE SYSTEM IS BEING SHUT DOWN NOW !!!

log off now or risk your files being damaged

..

..

..

changing to init 6 - please wait


今度は、いきなり...。


ダウンしてしまった。


「恥」という感情が、制御不能状態を作り出してしまった..。


humanoidにも「乙女の恥じらい」があるのか?。





「あ、おい、mille、mille!!」


狼狽。


学校の屋上というのは、意外に音が回り込む。


浩之の声を聞きつけ、あかりや志保たちが....。


「あ、大変、ミレちゃん!」



「あー?おいこら、いたいけな下級生にな〜にした?」


志保。



「ぅるせぇなぁ。(まだ)なんにもしてねえよ。」


「あ〜?なんだぁ、↑ これは?。おとこってな、ほーんと....。」



「んなこといってる場合かよ!」









鳶が、滑空をしている。

大きな円を描き、気持ちよさそうに。

向かい風が吹くと、羽根の仰角を強め、首を傾げて。

見事な姿勢制御。

自律航法システム。

鳥は自意識で、このような処理をしているのだろうか。

人智を越える、制御機能。

milleは、そんな様子をぼんやり、屋上のベンチに横たわり眺めていた。


「お、気がついたか。」


「ひろゆきさん、わたし....どうしたんですか?」


milleは、未だはっきりしない意識で、そうつぶやいた。


「どうした、もなにも。いきなり倒れちゃってさ。驚いたよ。」


浩之は、無造作にそう言う。


「すみません...ご迷惑ばかり....。」


「なーに、友達じゃんか。」


ごく普通にそう告げる、浩之。

そんな言葉が、milleの「心」を揺さぶる...。


「とも..だち?」


milleの感情システムは、研究所の助教授、助手たちの温かさを連想し、

「創造」システムが、またも「希望的観測」を行っている。

論理機械の筈、なのだが。

二つの算出値は、曖昧なまま、パラレル・ミレタスク処理により

多数の解の可能性を示す。この状態はヒトでは「期待&不安」などといわれる

状態に類似である...。

また、そのCPU負荷が大きいところから、加熱状態に陥りやすく、実際的な

状況判断能力が通常よりも低下する。


(「恋患い」などと揶揄されるかな。)


全ては「希望」などという厄介な代物の存在のせいだ。

旧い神話では「創造主の悪戯」「パンドラの函」などと表現される?それ...。




「なんだか...静かです、ね...。」


「もう午後の授業、始まってるからな。」


「!大変!....ひろゆきさん、行かなくちゃ。」


「いーんだよ、サボ、サボ。フケちまお。」


「そんなぁ、また私、ご迷惑を...。」


「あ、おまえのせいじゃないさ。天気いいからな....。


ベンチから起き上がり、授業に向かおうとするmille。


その背中に、思いがけないひとこと


「あ、こんどさ、休みの日に、遊びにいかねぇか....。」


「!?。」


“ときめく”mille。

今度は、feed-back-roop-gainを高め、「感情」システムが暴走しないように

自律システムが動作する...CPU-temperatureはそれでもいくらかは上昇し、

Radiationの意味合いで頬の温度が高まる。

その状態は「紅潮」しているとヒトでいう状況に良く似ている。

「期待」という...。夢想は、だがある種支配的な一面を見せる。


「..でも、私なんか...。」



嬉しい、でも恥ずかしい。

アンヴィヴァレントな状況に陥っている。

早く、なんとかして...。“こころ”が叫ぶ....。




「いーんだよぉ。遠慮すんなって!、俺、暇なんだから。」



「......!。」



milleは振り向き、満面の笑顔で頷いた....。

“Disteny”という単語を、milleの連想システムは算出する。



その姿を見、浩之も、微笑む。



「報酬系」「共依存関係」が成立しようとする。

通常、ヒト社会では「恋愛」などという美しい幻想で包絡する。




ともすれば、分離不安に陥りがちな思春期。

milleにとって、浩之の存在は、安定を意味するようであった。

普通の女の子が、父親の影から脱却するときのように...。

それは、父親にとっては、嬉しくもあり、寂しくもあり、

複雑な状況を展開する.....。

研究所。

博士は、自動転送されたmilleの core file を解析していた。

「うーん...。」

彼の最愛のmille。

その、存在が感情、創造システムが、自律して、「創造主」である自分の意志を越えている。

否、シミュレイタの設計者としては喜ぶべき状況である。

しかし....。

人間は感情の動物だ。

どちらかというと、「父」である博士のほうが分離不安的である。

この状況も、実在の父娘関係に酷似している

「.....。」


娘の幸せを願わない父親がいるだろうか?


「...確かめて、見るか。」


ブラインド越しの、冬陽に目を細めた。

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