milleの恋

深町珠

第1話 mille



第1話   [博士の異常な愛情]







99/12:31:23:59:00

タイム・カウントが進む。


もう少しで 2000年だ。


何処かで低い、梵鐘の音


99/12:31:23:59:31


Qが低く、響く。


00/01:01:00:00:00


綺麗な数字。並ぶ。


千年紀。


次は、2100年か。

恐らく、いや、確実に。

それまでに、僕の寿命は尽きるだろう....。


この世に、生きた証すら残さず。


生きた、証?


そうだ。


僕の想いの全て。

僕の考え。

僕の、生きかた。


全てを、データに記録しよう!


僕は、サーヴァにログインし、データファイルの構築を始めた。


rlogin -l root 172.29.35.2390

password:


lastlogin 1999:12:31:23:11


# cd /export/home/


#mkdir lifdat


#cd ./lifdat


#vi lifile.dat

i..



冷たい研究室に、キーボードの打音。

CRTの明かり。

世間では“ミレニアム”などと浮かれている最中、

研究に没頭している彼だった。

彼は、大学から大学院に進み、そのまま研究者となってしまった、

という良くあるパターンの技術者だ。

ご多分に漏れず世事に疎い。

これまたパターンだが、女にもてない(ぉ。

それゆえ(?)、盆も正月もなく、研究に打ちこんでいる、という訳だ。

彼の情熱は、誰もが認めるところであり、しかしその非凡な才能と発想は

時折異常性を帯びるところもある....。

しかし、彼もひとりの「人間」であった。

というところからこの話は始まる。








それから、地道なデータ構築は続き、


そして、彼は更に研究を重ねた。


すでに、20XX年。



光陰矢の如し、とかな。


パラレル・ミレタスクCPUも、高価ではあるが実用化された。


演算素子というものは、とどのつまり、「2値の弁別」を行う。

通常は、電荷の有無によって2値を表現するが、このCPUは

電子の有無によって2値を表現する、という技術が採用されている。

具体的には、水素イオンの遊離を媒介するのであるが、

この技術は、20世紀末実用化研究が開始され、実用としては世界初

の採用である。

高速、並列処理がよりヒトの「感性」に近づいた、というわけだ。


これを、人工知能プログラムと組み合わせれば、擬似人格が構築できる。


ヒトの大脳皮質錐体細胞をモデルとした、このミレCPUは、それのみで

単純なフィード・フォワード演算・制御が可能だ。

それは、当然だが、ヒトの運動制御と良く似ている。

残るは、知能の問題だが、これはプログラム次第だ。

曖昧検索システムを制御し、傾向を持たせることで、「性格」は作れる。

あとは、全ての統合制御だ.....。



彼の突飛な発想が発端で、幾つかのシミュレイション・システムは

既に開発を終えていた


「創造/想像」

これらは、関連検索システムで、シミュレイトが可能である。

与えられた情報刺激から、記憶データに関連付け可能な情報を共有させればよい。

それらを統合することで、類似の新しいデータが発生する筈だ。


「感情」という存在。



高等動物固有である、と信じられている。

しかし、テクノロジの進歩は、これのシミュレイトを可能とした。

実存的には、「感情」とは外界の刺激によって起こる情動の一プロセスに過ぎない。

刺激によって、記憶ファイルの中の情報が連想検索され、それに心理状態、体調、

などのパラメータが絡み合い、ある傾向が発生する。

それが、「性格」などと呼ばれるものだ。

故に、基本的には、当該個体の経験値がデータ・ステイタス・ファイルとして

「感情」を決定する筈だ。


これらを高速処理するために、パラレル・ミレタスク・CPUが必要だ。

そして、並列処理/統括プログラムが。




それも、殆ど完成のようだ。


彼は、心地よい充実感、「創造主」である歓びを満喫していた。


研究室は、夜が過ぎ、また朝が訪れようとしている。

硝子のような午前4時。






「さあ。起きるんだよ、mille。」






(パラレル・ミレタスクCPUだから、『mille』だ。

まあ、“お約束”だから、深く考えないことにしよう..。)




「は....い...。あれ、わたし...。」






一部Mount不全が起きているようだ。


Fully-Automatic-Monitering-daemonが、診断し、対策を行う。

これが、もっとも開発が難航した部分。

コンピュータが自己修復する。

夢のAI機能が、今実現する。



.../dev/rdsk/ssf0/c0td0s0

run fsck manually....


press ctrl-d to normal startup,


or give root password to

system maintanance mode;



fsck /dev/rdsk/ssf0/c0td0s0


run fsck succeded


ok


#

#logout



修復は、終了したようだ。



「mille?」


「は...い...。」


「どうだい、気分は。」


エメラルド・グリーンの大きな瞳は、はっきりとは結像をしていないようだ。


「僕が、わかるかい?」


「はい、先生。」


「君は、もう一人前なんだよ、これからは、humanoidとして『生きる』んだ。」


「い..きる」


「そうだとも。きみは一人の『人間』なんだよ。」



東の空は、ヴァーミリオンに燃えている。

太陽が、また昇る。

雲に、そらに激しい意思を伝えるように...。



生まれたての 朝が始まる。



あたらしい、夜明け。









それから、しばらくして。


milleは、テストのために実社会にデヴューすることとなった。

とある高等学校。

ごく普通の生徒として、1年生に編入した。





ある冬の日。



忍耐力の修行のような授業は、すべて終了したようである。

土曜の午後。

ひととき。




学生たちは漸く「修行」が終わった、とばかりに

それぞれの楽しみに向けて、飛び出して行く。




milleはひとり。


家路に就こうとしていた。



小柄な彼女に合うものがなかったのか、

ゆったりとした感じに見える、制服が

歩調にあわせ、ゆらゆらと。

階段を、降りて、玄関に向かおうと。

今日も、良く晴れた清清しい日だ。





廊下ですれ違った、ひとりの男子生徒。

ショートカットの女の子と談笑しながら、だらしなく歩いている。




どこか、懐かしい。でも、すこし違うような...。感じ。


「....なにかしら、この感じ...。」


彼女の感情シミュレイト・システムは、未経験値を算出している.....。

類似情報として、研究所の教授たちの優しい振る舞いを記憶ファイルは出力。

しかし、それとは明らかに異質な、本質的な行動プログラムの存在が、

演算値を複雑にし、算出アルゴリズムを長大化していた。

未定義な、この情動。


ヒト社会では「恋」などと呼ばれる.....。


不可思議な存在。


単純化モデルとしては、過去の経験における親権者との「快」情操の記憶との

類似要素を類推しているに過ぎない。

その個体が、生育していた環境。

それに類似な状態を嗜好するのだが..。

あきらかに、未知の個体に対する友好のchannelとして機能する「恋愛」。

有性生殖の機能からすると、当然の帰結といえるが、

何故に、humanoidが恋するのであろう?......。

ともあれ、未知の個体に対応するがための「情報不足」に因する

予測値の不確定さ、可能性の多さ、「希望」の存在により、

Parallel-mille-Task cpuは、演算を盛んに反復していた。


当然、正解が得られるはずもなく....。



system-monitoring-daemonが、overloadを警告。


warning:system overload high temparature;



同時に、クールダウン・プロセスが起動する。



mille@system: ./systemcool &




しかし、負荷が大きすぎたようだ。

なにしろ“初めて”の経験なのだ。

研究所内では試験不可能な「未定義の個体との遭遇」。




「感情」システムのopen-roop-gainが高すぎたようだ。



mille@system: fg ./systemcool




フォア・グラウンドに切り替わる。

自動診断システムが、これらを制御している。

しかし、load は予測値を越えていた。




warning !


system overload ; high temperature !




システム・ダウン。



Message from root (???) on mille@system Tue Jan 4 14:09:38...

THE SYSTEM IS BEING SHUT DOWN NOW !!!

log off now or risk your files being damaged

..

..

..

changing to init 6 - please wait



リブート。

サブシステムの、バックアップラインが作動し、

システムは一時停止する。

それは、あたかも「具合が悪くなった」ヒトのように。




milleは、廊下に倒れる。

力なく、静かに。



さっきの少年と少女は、milleの異変に気づく。

すばやく駆け寄る少年。ついで、少女。



「おい、だいじょうぶかよ!」



乱暴な口調、しかし、優しい手つきで、milleを抱き起こす少年。

milleは、システム・リブートに時間がかかっている。

ディヴァイスの認識だろうか。


やがて、フォト・センサが作動し、charge-coupled-deviceが情報を送り始める。


「.....nn.......。」


その、エメラルド・グリーンの瞳が、彼の姿を認識する....。


「あッ...。」


腕の中から逃れようとする。

しかし、パワーが不足している。


俄かに overload の気配。



どこかにerrorがあるようだ。


また、自動診断プログラムが作動する。



mille@system:tip raidsystem

swxrc> SHOW UNITS FULL


LUN Uses


---------------------------------


D200 R0



switches;


RUN NOWRITE_PROTECT READ_CACHE


MAXIMUM_CACHED_TRANSFER_SIZE=1024


Starc:


ONLINE to this controller


Not reserved


Unit has lost data


PREFERRED_PATH=THIS_CONTROLLER


Size : 20542320 blocks



Invalid cache error ....


swxrc> CLEAR_ERRORS LOST_DATA D200


swxrc>〜・

mille@system:




しかし、overheat状況は変わらない。


それは.....。




「あ、あの、大丈夫ですから...。」


「でも、おまえ、ふらふらしてるぜ。」


「...は、はい。もう、平気です。」



そういいながら、立ち上がろうとする。

しかし、まだ無理だ。



「ほら、しっかりしろ。保健室行くか?」



少年は、軽そうにmilleを抱えあげる。



「おまえ、熱あんじゃないか?」



「.....ぃ...ぇ...。」



頬が、うすももいろに染まる....。



理解不能な状況の中、milleは、「幸せ」と

いわれる感情を学習しているようだった....。




少年に抱きかかえられたまま、milleは保健室に運ばれた。



白いカーテン越しの午後の陽射しは、やや寒い感じがし、

クレゾールとアルコールの匂いが、医務的な雰囲気を醸している。




「だいじょうぶ?」




少年の脇にいた、小柄な少女。milleを気遣う。


「....ぁ....。」



声にならない。

未だ、エネルギ・レヴェルが低いようだ。

milleは、「幸せ」な状態から、醒めたような気分だった。



「...この、ひと、は....。」



やっぱり、恋人なんだろうなぁ。...。




その状態は、自己愛からの目覚めにも似て。

でも、この少女の優しさに、milleの学習システムは「友愛」という

高次存在を算出するのであった。


「さあ、少し寝てろ。」


少年は、静かにmilleを寝かせる。

好都合なことに、養護教員は留守だった。


(それでなくては、困るのだが..。)





「...あ、ありがとうございます...。」


「すこし、楽にするといいわよ。靴下なんかも脱いじゃって。」





少女は、普通の女の子に接するように、milleに語る。

milleがhumanoidだ、ということは、この高校では誰も知らないのだが。

むしろ、それが、研究所の目的でもある。

何処までリアリティが、「人間的」か。

人間達が気付かなければ、ほぼ成功といえる。





「おまえ、みかけない顔だけど、転校生か?」


「...は...い...。」




システム・リカヴァリ・プログラムが走っているので、レスポンスが悪い。




「名前、なんてんだ?」


「な、長瀬、ミレ、といいます。」


「へえ、面白い名前だな。外人か?」


「浩之ちゃん、失礼よ。」




少女は、その風貌から想像できるように、ナチュラルな感性の持ち主のようだ。




「あ、俺は、浩之。藤田、浩之。、こいつは、俺の幼馴染で,,,。」


「あかりです。神岸あかり。よろしくね、ミレちゃん。」


「...おさな..なじみ...?」


「そうなのよぉ。ずーっとね。家が、隣だから。この前もね.....」




milleは、「幼馴染」という語感に、重さを感じていた。

実感として、理解できないのだ。

humaonoidとしての、情報ファイルは全て仮想現実であり、実感としての

家族、兄弟などはmilleには感じとることはできない。


それ故、この少年達の優しさが、強く実感として印象づけられるのかもしれない。

丁度、生まれたての赤ん坊が、世界を認識するかのように。


そうした状況を「安堵」という類推で、milleの学習システムは認識するのあった。

友好という感覚。

そのような感覚の中で、「眠って」いく....。



冬の陽は、短く。



校舎の白い壁をあざやかに染め、落日はさよならを告げに来る...。



「もう、だいじょうぶ?」



少女は、milleを気遣う。



「はい、ありがとうございます。」


電磁エネルギ・トランスファを作動させ、バックアップは完了した。

だから、大丈夫なのだが...。

システム・アイドル状態でないと、e-transfa.shは起動できない。

その状況は、ヒトが「寝る」のに良く似ている.....。

保健室を出、ひんやりとしたリノリウムの廊下を抜け、帰路に。

もう、人気のすくない校庭を3人で歩く。


長い影が、3つ。薄暮に。

遠い地平に、落日が。

真紅の輝きを見せている。

天空は、既に夜の装いを始めて、

名残惜しげに、地平の太陽は最後の別れを...。

漆黒から、ブルー・ブラック、スカーレット。

見事な冬の芸術。


「きれいね....。」


少女らしく。


「いつもと、かわんねぇだろ。」


わざと、ぶっきらぼうに、少年。

照れているのか、恥ずかしいのか。

校舎の壁も、いつのまにかブルーブラックだ。


「おふたり、仲がいいんですね。」

milleが、ふと。


「まあ、ながいつきあいだからな。」


微妙なニュアンスの言葉に、少女は少しつまらなそう。

milleは、なんとなくうれしい。

「希望」が見えて。



希望的観測という試算値を、milleの想像プログラムは算出していた。

「感情」をもったhumanoidとしては、自己矛盾を孕む論理機能。

この存在については、学会でもかつて議論の的となった。

機械は、どこまで人間に近づけるか。

人が、創造主を侵す行為ではないか。

かつて、チャールズ・ダーウィンが「比較進化論」を発表したころ、

学会は彼の存在を黙殺した。

「ヒト」と「動物」が同次元の存在だ、という概念を宗教的に否定したのだ。

また、ガリレオ・ガリレイが「地動説」を発表したときも...。

歴史は繰り返す。

科学の進歩は、いまや神の領域に到達しているのであった。


学校からの坂道を、そんな風に歩き、3人はバス通りに。

丁度、ハイブリッド・システムのon-demandバスの空車が流れていた。

milleは、call-switchを押し、停車させた。


「ありがとうございました、浩之さん、あかりさん。」

「ああ、気をつけてな。」

「さようなら。」


カーヴド・グラスの三次曲面の向こうで、milleは手を振る。

wireless-guidewayに従い、滑るように加速して行くバス。

VVVF-Inverterの音楽的なsoundが静かに。

小高い丘の上にある、研究所には、ものの10分程で到着だ。

「....先生...。」

「やあ、おかえり。」

「........。」

「どうしたね、元気がないな。」


milleは、今日、学校での出来事を話した。

overheatのこと、優しい少年のこと。

「幼なじみ」のこと.....。


「うーん。」


博士は、少し考え、父親のように優しく、


「milleは、恋をしてるんだな...。」


「...ぇ....。」


俯き、黙りこむmille。

その概念が、理解できないのだろう。



「先生、『恋』ってなんですか?」


博士は、milleの大きな瞳をおだやかに見つめ、



「そうだな、私にも、よくわからないな。

それを、ひとりひとりが、さがしていくんだよ。答えを。

..........一生をかけて...。」


博士は、ブラインド越しに見える、夜景に視線を移し、そういった。

これまでの研究漬けの人生を少し悔やむように。

夜景そのものは、20年前と何も変わっていないかのように見える。

しかし、確実にタイム・カウントは進行している..。

人生の選択肢。

間違ってないよな、「僕」の人生...。

博士は、かつての青年の頃を省みるのだった。


彼自身の経験値をベースにした、milleの人格。

それゆえ、彼に解らないものはmilleにも、解らないのだった。


「....そう、なんですか...。」


milleは不思議そうな表情で、博士の振る舞いを見ていた。

そうした機微を察するには、未だ、彼女は幼すぎるのだ....。


「お、と、う、さん。」


milleは、いたずらっぽく。


驚く、博士。


「そう呼んで、いいですか?」


大きな瞳が、輝いている。


「........。」


返答に窮する、博士。


こんなにも、感情シミュレイトシステムは、細やかな反応をするものなのか。



「私、家族、ほしいな....。」



無言のまま、milleを抱きしめる博士。


今度は、milleが驚く。


「...ぁ...」


状況が解らない、といった感じに、きょとんとしている。


博士の流した涙が、冷たい研究室の床に零れ落ちた....。





それぞれの想いを胸に、時は流れる......。


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