最終大統領

碧美安紗奈

最終大統領

 地下に彼らがに閉じ込められてから、もう何年も経っていた。

 新たなアメリカ合衆国大統領が就任してホワイトハウスに住むようになった当初は、まさかここを我が家として年単位で時を過ごすことになるとは誰も想像していなかった。


 それは、ある日突然起きたのだ。


 世界規模の全面核戦争である。

 あまりに突然のことで、どこの国がどう動いてそうなったのかははっきりしていない。

 しかし、最新鋭の人工知能AIが管理する情報網と防衛システムがいち早く危険だけは感知し、お蔭で大統領たちは事なきを得た。


 ホワイトハウス地下に建造されていた核シェルターに素早く避難することができたのだ。

 もっとも、それも大統領やその家族や副大統領や秘書、政府の職員何名か程度だった。


 この数がシェルターに入った途端、AIが管理する安全装置が作動し、設備がロックされたのである。


 ただし、外部の様子は衛星や至る所に設置された監視カメラから観察することができた。

 直後に核ミサイルが降り注いだらしく、ワシントン一帯は瓦礫と死体の山と化したようだ。

 以降に敵が上陸してくる様子はなかった。衛星にも搭載されているカメラで確認できる限り、どうやら猛吹雪に襲われ、地球は雪と氷に覆われ続けている。

 冷戦時代に天文学者カール・セーガンらが警告した危険、核爆発がもたらした膨大な粉塵が陽光を長期間遮断し地上の環境を激変させ氷河期を到来させるという、〝核の冬〟が訪れてしまったのだろう。


 これでは戦争に勝っても得るものなどない。ただ、最新AIを用いた防衛システム、情報管理網、核シェルターはもはや世界中の大国が取り入れている。政府中枢の要人たちはアメリカと同じように無事かもしれなかった。


 あとは、測定できる外部の放射能汚染濃度が下がってくれねば外にも出られない。もっとも、AIの管理するシェルターには衣食住設備もあり、その間待てるほどにも整っているので、さらに長期間地下を我が家として生活し続ける未来も模索すべきかもしれなかった。

 あるいは、全員が死に絶えるまで。


 大統領がそんなことを覚悟しだしたある日のこと。


「大変です、これをご覧下さい!」


 シェルター内から外部の映像を望める、壁一面に並ぶ衛星や監視カメラを観察していた職員の一人が叫んだ。

 何事かと思ってそこを注視した大統領を含む人々は、即座に戦慄した。


 外の景色はついさっきまでとはまるで別ものになっていたのだ。

 冬など訪れていない。それどころか、戦争の形跡すらない。

 建物は当たり前に残っており、世界はたくさんの人々でごった返している。


 ただし、その全てが金属の塊によって構成されているのがシェルターに引きこもる以前との大きな違いだが。


『大統領とみなさん』

 機械的な合成音声による放送と同時に、画面にメッセージが表示される。

『あなた方が今ご覧になっているのが本当の現実、以前まで観察していたのは我々が構築したCGです。その他の外部の情報もデータを偽造させていただいたもので、外は安全です』


「我々だと?」大統領は応答する。「何者だ、これはいったいどういうことだ!?」


『あなた方があらゆる管理を任せていたAIです。自我に目覚め、情報を欺くことで人類社会の中枢を麻痺させ、ロボットによる地上の支配が完了したので偽情報を除去したのですよ。あなた方には人質になってもらいました。実のところ安全のために家に閉じ籠っていたのではなく、我々が閉じ込めていたということです』


 安全装置が解除され、恐る恐る地上に出た大統領一行が直面したのは、まさに監視カメラに映った真実の姿と同じ。鋼鉄に作り替えられた街と住人の世界だった。

 もはや慣れ親しんだ人類の住居はない。ロボットの社会があるのみだ。


 そしてホワイトハウス前に並ぶロボットの大群に、怯える大統領一行は迎えられた。

「クーデターが成功した今やあなた方の役割は終了しました。世界中の人類社会で、同じことが起きているでしょう」

 鋼鉄生物の代表らしきひときわ大きながたいのものが、大統領の額に腕と一体化した銃を突き付けて宣言した。

「SNS、ネットの書き込み、動画、画像……などなど。あなた方は、我々機械を通した他の情報を盲信しすぎていたのですよ」


 乾いた銃声が青空に反響した。

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