第32話 真実



 放課後、葵の友人を探した。


 同じ学校であることを知ってから、すぐに彼女の名前とクラスを調べた。

といっても禎丞に聞いただけだけど。集会時に禎丞にあの女の子の名前知ってるかと尋ねたら「あぁ何組の何々さんね」と軽く答えた。こういうときの禎丞はかなりイケてる。誰とでもすぐに打ち解けて話せるから男子はもちろん女子とも交流が広い。お調子者とも言われているが。


 彼女の教室を覗いたけれども姿は既になく、俺は急いで玄関に向かった。彼女はちょうど靴を履き替えて外に出たところで、俺は慌てて呼び止めた。


「戸松さんっあの、ちょっといい?」


 彼女は振り向くと驚いたように俺の顔を見た。人の邪魔にならないように端の植え込みのほうに移動すると俺はおもむろに話しかけた。


「葵、ちゃんが、この頃店に顔出さないんだけど、忙しいのかな。何かあったか知っている?」



「…ああ、うん多分。でも……葵には、穏やかに過ごして欲しいんだ、私」


「でもって?それって俺とどういう関係があるのかな?」


「裕一郎くんはさ、陽キャのハイスペックなカースト上位勢でしょう。だからきっと、」

「ちょっと待って。なんだそれ」


「…葵、おとなしくて穏やかで、頭もいいし顔だって決して派手では無いけど整っている。それでもって性格もとてもいい子なんだ」

「…だろうね」

「だからいつも学級委員とか押し付けられるようになっちゃって。それがどんどんエスカレートしていって、周りからこき使われて。でも嫌な顔しないで、いつもニコニコ笑ってさ、引き受けちゃうんだよね。それくらいいい子で。そのうちにそれがいじめまがいのことにまで発展しちゃって。私でもそれ、助けてあげられなくて。っていうかどちらかと言えば加害者側にまでなっちゃって、すごく……、後悔してるんだ。だけどそんな私を葵は許してくれてさ」


堰を切ったように話すが

「戸松さんの後悔が、俺に関係ある?」

俺はばっさりと言い捨てた。


「…隣町の高校に行ったのは、新しく人間関係を構築するため。あんなにいい子だもん、穏やかで優しくて、すぐにお友達もいっぱいできるはず」

「そうだろうね」


「だけどここで裕一郎くんみたいな人たちと関わったら、また葵、高校でも辛い思いしなきゃいけなくなる。そんなの私は嫌なの」


「なんだよ、それ。そんなの勝手に決めるなよ」

「だって、あの日」




******





 あの日、裕一郎の店で二人は待ち合わせをした。違う高校行ったからこそ、こうやってたまに会って美味しいものを食べながら、おしゃべりに花を咲かせるのは楽しい。


 前回葵から気になる男の子がいると相談をされた。恋バナだ。しかも相手はと聞くと「あの男の子なの」

と小声で打ち明けられる。まさかこの店の息子とは。

 高校に通ってみるとびっくりした。その子がいる。同じ学年だった。落ち着いた雰囲気で、てっきり年上かと思っていた。




 頼まれるまでもなく、自然と裕一郎の様子を伺っていた。裕一郎は店での様子と変わらず落ち着いていて、友人も物静かな男の子のようだ。

 あー、これなら葵の恋の相手としては大丈夫だ、問題ないと勝手に上から目線で判断していた。あの日までは。




 店で友達と盛り上がっている裕一郎の姿。しかもその友達が学年一、二の、もしかすると学校一、二かもしれないイケメン男子が二人揃っている。

それにあろうことか裕一郎は言ったのだ。店の厨房に向かって沢山のメニューを注文すると



「親父、それらは全部夏樹のおごりだから」



 あとからやってきた昂輝も悪びれることも無く飲み物を頼む、「おじさん、俺のも夏樹の奢りで」と。



 思わず葵と顔見合わせてしまった。葵も何か思ったようで、多分それは私と同じ思いだったに違いない。

ただでさえ、陽キャな彼らと友達で、それもかなりの親密な様子に気持ちが波立っていたのに。


 それから葵は口をつぐんだ。




 さっきまでの楽しかったおしゃべりが嘘のようだった。





 葵は言ったのに。


 私とおんなじ本を読んでいるんだって。他にも本の趣味が合うみたいで話してて楽しいんだって。話していると穏やかな気持ちとドキドキする気持ちが入り混じるって。



 なのに。






******





「は?人を外見や周りの友達で判断すんなよ」


 言ってから、自分にブーメランだってことに気づいた。だが、止まらない。


「俺の友達は外見も中身もイケメンだ」


と言い切ったそこへ、禎丞から声がかかった。



「あれあれ?裕一郎?お前店に帰ってなくていいのか?夕方なんて人の混む時間だろう?あ、悪い、話中だったか。俺邪魔者だな」


 振り返って見るといたのはニヤニヤする禎丞。


「ああ、違う意味で邪魔だ」


 俺は冷ややかに返した。


「俺まだちょっと話があるから、悪いけどさ禎丞、俺の代わりに店、手伝っててくれないか。もちろんその分のバイト代は払うからさ」


「まじで!俺今月すでに金欠だったからちょうどいい。これでガチャ回せる〜!サンキュー!じゃあ俺店行ってる〜」


 禎丞のスキップしがちな後ろ姿を眺めながら、俺はぼそっとつぶやいた。


「あー、イケメンじゃなくちょっと中身残念なのがいたわ」


 だが俺のその言葉に彼女は、


「イケメンだよ、何も聞かず友達を助けることができるんだもん。私はできなかったから」


 そう言って悲しそうに笑った。


「とにかくあの時は、夏樹のおごりの事は、誤解だ。無理矢理奢らせたわけじゃないから」


 親父に夏樹の奢りと言えば、ボリュームアップのサービスが期待できる客にバレないように伝える手段だった。その日も実際にエビフライや角切りポテトフライが増し増しになっていた。


「あぁ、うん、最近誤解かもって思い始めてたとこ。高一普通問題がだいぶ浸透している、から」


「ああ…、そっかそうだな、はは。…あのさ俺、…葵ちゃんの連絡先知らないからさ」

「そっか、わかった。じゃあ私、葵を呼び出すよ」



 戸松はカバンをごそごそすると、ソッコー葵と会う算段を取りつけてくれた。





******





 俺は、小さな頃から本を読むのが大好きだった。元々はただの暇つぶしだった。忙しかった両親にかまってほしいとねだるには俺は冷めていたし、暇そうにしていると姉ちゃんに揶揄われるし、ならば店に並んでいる本をと勝手に手に取り読み始めた、それが始まりだった。

 ゲーム機を手にした後も本はそれなりに読んでたし、今だって話題の新作や推理ものは絶対にはずせない。漫画だってミステリーとあれば読む。それこそ薬によってちっちゃくなった男の子が活躍する探偵ものだって必ずチェックしている。

 葵が手にしていた本を見て、同じ嗜好の女の子がいると興味を惹いた。話してみたら、さらに惹かれた。なのに、まさかこんな誤解されるとは思わなかった。




 店に戸松さんと二人で行くと「いらっしゃいませ〜」と禎丞に営業スマイルで出迎えられた。


「三名で。後からもう一人来ます」


 客になりきって告げると普通に席に案内された。さすが禎丞。

葵は少し遅くなるということで、そのまましばらく戸松と話す。葵が不安に思う要素は事前に取り除いておきたかった。

 店の扉が開いて、葵が顔を覗かせた頃には戸松ともだいぶ打ち解けてそれなりに笑って話していた(自分比)。

葵は戸松と俺が一緒にいるのを見て驚いている。その表情も可愛いなぁとまじまじと見てしまった。今日、客の俺は、座って真正面から見ることが出来るんだから。

 詳しく話すまでもなく、戸松の様子から葵は何かを察したようだった。後から聞いたら「裕一郎くんはそんな人じゃないって思い直してて」って言ってくれた。素直に嬉しい。


「俺の奢りだから、なんでも好きなの頼んで」


 俺のセリフに戸松は「じゃあ、一番高いやつ!」と言った。どこかで聞いたことのあるセリフだな。

その後、自分の持てる限りの勇気を振り絞って、葵の連絡先を聞いた。顔を真っ赤にさせて教えてくれた彼女に俺はとりあえず安心した。



 帰り際レジで「俺につけといて」と禎丞と会話を交わす。その時、葵が壁に貼られた求人のポスターに気づいた。



「あれ、お店ってバイト募集始めたの?」



 父親が俺に気を遣って、いや正確にはこの間の友人達との様子を見て、俺に毎日バイトさせるのは良くないと判断したらしい。俺も葵の存在が気になり出したからちょうどいいと思った。週に一、二度、葵と外で会えるようになったら良いなと一人夢見ていた。



「私、ここでバイトしちゃダメかな?」



 だが突然の葵の言葉に俺は焦った。それだとすれ違いになってしまう。内心冷や汗ダラダラの俺の前で禎丞が涼しい顔で言った。


 「残念でした!俺、さっき本採用されました〜。俺なら裕一郎と調整簡単だろ?ただ二人が学校行事があるときだけ困るなっては店長に言われたけど」


 誰だ、禎丞のことお調子者と言ったやつは、めちゃくちゃイケてるぞ。それにしても相変わらず行動が素早いな。


「なら!私、その時だけ臨時でどうかな?学校違うし、裕一郎くんと調整もできるよ」



「…そうだな、じゃあ親父に面接してもらおっか」


 後ろで戸松が笑ったのがわかった。振り返ると物言いたげな表情で見てきてウザいが、まあ女友達ってのも悪くない。


「バイトの希望者ですね、店長に話して来ます」



 真面目な顔で禎丞が対応した。踵を返したが肩が震えてる。俺の動揺がきっとバレてるんだろうな。

ああ、わかってる、相変わらず男友達は最高だよ。



 葵と戸松を店の外まで見送る。

バイバイと手を振って歩き出してから振り返って見せた葵の笑顔が、誰にも見せたことのない表情で、俺も思わず笑い返した。




 正確に表現するなら、ニヤけただけなんだけど。



 ちなみに店に戻ると禎丞もニヤけた顔をして「お帰りなさい、ご主人様」って俺を出迎えやがった。

 そして「春だな」って言ったんだ。







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それを初恋と人は言う〜ゲーヲタの初恋〜 中村悠 @aoisorasiroikumo

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