第7話

 栞の発見と、その後の世間の動きに、私と直哉は動揺した。

 直哉の事が恥ずかしくて見られなかった時期のことなど忘れて、やっぱり直哉にすがりつくようになっていた。

 それは、なんとなく彼と仲良くしていたあの時期よりも、もう一歩踏み込んだような心理的距離だ。

 こんな風に寂しくなるのは、偏に一般的なドラゴンが「あんな風になりたくない」と思っているのが、口を出さないにしても分かる事である。

 今まで特別な変わった動物として可愛がられていたのが、哀れな一匹として――気の毒なドラゴンとしての視線を向けられるようになったのだ。


 しかし、"可愛く振る舞う人間"自体の需要はあるので、外側に向かっては健気に演じ続けなければならない。

 私達を可愛いと喜ぶヒトナーの中でさえ、ああなりたいと願う者は一体どれほどいるだろうか?

 そんなことは分かっているのにもかかわらず、その現実を直視すると、己の限界が目の前に迫っていた事に気付かされる。


 そんな時期に、直哉は「偶には"私"も甘えさせてよ」とすり寄ってきた。

 涙を流す事はなかったが、抱き合ったまましばらくじっとしていた。泣きたいのは自分も同じだったけれど、二人とも泣くことは決して出来なかった。

 ここで泣いたら、自分の惨めな境遇を受け入れる事を意味していただろうからだ。



 そして、衝撃的な事件が起こる。

 隣国のドラゴンが、ヒトの姿の状態で自殺しているのが発見された。

 あまりにもセンセーショナルな話題だ。

 プライバシーの問題から、詳細は触れられていないが、察するに余りある。

 流石に栞も涼も心配してくれる――けれど、掛ける声は何も思いつかないようで、「相談ならいつでも乗るから」と言うに止まる。

 勿論、それだけではマズイのは二匹も分かっていて、心療内科の先生まで紹介してくれる。

 これは、精神がどうと言う問題ではなくて、社会のありようの問題だ。勿論、"私がこんなに苦しんでいるのだから、社会は配慮すべきだ"と言いたい訳ではない。

 腰痛の患者がいくら泣き喚こうが、重力は一つも弱まらないし、いくら暴言を吐こうが、花粉症患者の周りから花粉はなくならない。

 そこで必要なのは、腰に電極を当てるとか、鼻炎薬を処方するとかであって、腰痛患者や花粉症患者に優しい社会を作りましょうではない。

 確かに、そう言うドラゴンに重い物を持たせないとか、マスクを付けている事をとやかく言わないとか、社会に求められる優しさはあるだろう。けれど、それは問題の解決ではない。


 私は我が儘を言っているのだろうか?

 人間になってしまったドラゴンを迅速にドラゴンへと戻す方法を見つければ、私も杏子も助かるのだ。だが、世の中は一様に、人間にならない方法ばかりを求めている。



 憤懣やるかたない。

 暴れたところで意味はない。むしろ、そんなところで暴れると、「人間の凶暴性が出てきたのか」と思われるだけだ。そうもなれば、今の生活も終わりを告げ、檻の中で暮らさなければならなくなるだろう。

 それは今の生活よりももっと苦しくて惨めなのは間違いない。

 私と直哉はお互いを励ましつつ生きていくしかない。

 人間の姿と言う牢獄の中で。


 テレビでは、「変身してしまっても国がサポートをしっかりしますので、早まったことはしないでください」と連日、それも枕詞のように伝えられる。

 それを見ると、余計に自分の境遇を呪う元ドラゴンも出てくるだろうなと思った。

 考えないようにしていても、それを見るのは気分が悪いものだ。


 我々がテレビを見なくなったと同じ頃に、テレビも我々を取り上げる回数が少なくなった。

 明らかに関心事が違うからだ。

 それでも、ヒトナーは可愛い可愛いと言ってくれるし、自分の事ぐらいは愛せないといけない。そう思い、鏡を見つめる日々を過ごしている。

 直哉の泣き言も次第に少なくなっていったが、それでも甘えたい時はまだまだあるようだった。


 また、人間に変身してしまったドラゴンが外国で出てきた。今度は上手くサポート出来たようだ――が、流石に他の人間と交流したいと思う程余裕はないだろう。

 五人目もすぐだった。今度も遠い外国だ。

 我々は運が良かったのかも知れない。


 増えていく人間、世間は恐慌状態だろう。

 明日は自分かも知れない。

 その頃、やっと検査方法が出てきた。

 それがまた新しい地獄を産む事になるのだけど。

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