第6話

 自分が努めてそうしているからだろうか? それとも、変身そのもののように特別な力が自分をそうさせているのだろうか? 私は直哉に甘える事が多くなった。

 そういう光景は、ヒトナーの一部に突き刺さったようだ。ネットには二人の関係の妄想同人誌が現われるに至る。


 栞はヒトの研究資金を稼ぐために、我々の写真集や動画をダシに寄付金を募るようになった。

 直哉は乗る気だったし、私もヒトとして振る舞う時の方が気が楽だったので、そうした撮影はトントン拍子に進んだ。

 尤も、私や直哉が何を考えているか、何を思っているかと言う話はしない。あくまでもセルフで作り上げたキャラクターを演じ続けるだけだ。


 栞や涼は、こうした"無理"を心配してくれたが、かつての自分を思い出す方がよほどぞっとする――否、それはドラゴンであったことに憎悪しているのではなく、元おっさんがそうしている事に対する拒否感だ。だから、それを客観的に確認出来る、郡志と言う存在は邪魔になってきている。それは、鏡花であろうとすればするほど強く感じる。


 直哉はどうであろうか? 家にいる時、しばしばヒトナーの杏子として会話をする時がある。

 まるで自分の事ではないかのように直哉のことを語り、一人のファンとして鏡花の事を語る。


 直哉に同人誌のこととか、ヒトナーがどう見ているか尋ねてみると、愉快な笑い声を上げ「むしろご褒美だけど?」と挑戦的な瞳を向けた。

「や、やめてくださいよ!」

 私が嫌がると、他の二匹も喜んで、「もっと仲良くしてもいいんだよ?」と煽ってくる。

「ヒトナーってデリカシーがないんですね?」

 私が怒ってみると、「ヒトの世界にドララーなんてのがいたら、多分こんな話ばかりしてるよ」と、彼女らの笑いを助長させた。


 笑いが収まったところで直哉が言う。

「もし戻ったら元の生活に戻れるだけじゃない? それなら戻れないことを考えないと」

 瞬間、腑に落ちないものを感じながら、しかし、反論できる言葉も思いつかなかった。

「うん。そうね」

 あやふやな返事でその場を凌いだ。



 直哉の態度は確かに正しい。でもそれを認めてしまうと、もうこうやって冷静に考える自分も殺さなくてはならなくなる。そんな事は出来るのだろうか?

 直哉がきて一ヶ月の間、二匹と二人は楽しく生活出来た。だが、栞が忙しくなると、涼は割と好き放題やるようになった。

 好き放題と言うのは、直哉といささか仲良くする事があったりしたからだ。

 直哉はそれを拒否していなかったようだ。

 夜、二匹の声が聞こえる事もある。


 栞の帰りが遅くなると、涼は一匹で二人分の風呂の面倒を見ることになる。

 ある日、直哉が先に風呂に入って出た後、私が呼ばれる。

 もう、直哉は部屋に戻ったものだと思って更衣室を開けると、真っ裸の直哉が立っていた。

 何故だか知らないけど、赤面した私は更衣室を飛びだし、ありったけの憎悪を叫び続けた。

 涼と直哉はそれをおちょくるように笑うばかりだ。


 それでも風呂には入らなければならないので、今度こそ交代で風呂に入る。

 涼は、「このまま戻らないとなると……」と呟く。

「やめて! 最悪!」

 それ以降、彼をまっすぐ見られなくなってしまった。



 直哉が変身して三ヶ月後、彼も今の身体がすっかり慣れてしまい、相変わらず私を翻弄していた。

 ある日の昼下がり、栞が緊急記者会見を行った。


 内容は、ドラゴンのヒト化因子の事だ。

 一部のドラゴンの遺伝子に、ヒト化を進める因子があるようだ。

 変身前の私や直哉の脱皮した破片(部屋を掃除して拾ったらしい)を元にiPS細胞を作る。これに問題の因子を刺激してやると、人間の細胞へと変化するらしい。これは、因子を持つ他のドラゴンの体細胞からも検証可能だった。

 問題は、そこから先である。日常生活の中で、何がそれをスイッチさせたか? それは引き続き研究が必要だという。

 しかし、世の中のドラゴンにとって一番の関心事は、自分がその因子を持っているかも知れない事、そしてそうだとしたら、望みもしないのに人間になってしまう可能性があると言う事である。


 政府は迅速に動いた。世界各国と連携して、因子の検査方法の確立、そして予防措置の開発を推し進めることが急務となった。

 研究が開始されて一ヶ月後には、地域的な差はあれど、概ね三分の一のドラゴンがこの因子を持つ事が発覚した。

 他のあらゆる研究を止めてでも、予防措置を開発しなくてはならない。人口の三分の一が労働出来なくなると、もはや文明社会は持たないだろうからだ。

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