第5話
変身から半年。
開き直ってからと言うもの、「これは楽しんでやっているのだ」と自分に言い聞かせている。そうしていると、可愛い衣装もあざとい表情もずるい台詞も全部が面白く思えてくる。
名前も捨てて、今は鏡花と名乗っている。
名前がはっきりすると、メディアも取り上げやすくなる。映像や写真は配信されて、それがファンを生んだ。
勿論、彼等彼女らにとって私は愛玩動物であり、その人格に価値など認めていない。それを知った上で――むしろ知っているからこそ、"俺"は"私"を演じられる。
そんな決意を嘲笑ったのは、一つの事件だ。
「杏子と言います。よろしくお願いします」
それは私と同じ年頃の人間の男の子だった。
栞は、「男になったんだし、名前も変えてみたら? 鏡花みたいに」と明るく振る舞う。
杏子は微かな微笑を零しながら、「そうね。それなら直哉がいい」と深く考える風でもなく答えた。
その反応に引っかかるものを感じながら、彼女がこの家に来た流れを説明される。
彼女は昨晩変身したようだ。私と栞の事は有名だったので、すぐにそこへと連絡を入れた。
栞と、そのマネージャーを買って出ている涼は、大急ぎで連絡と根回しをして、さっさと彼女――今は彼を引き取ったのだ。
彼女は順応が早かった。
早々に男の子としての振る舞いをマスターして嬉々としている。
三匹は仲良くやっている。そこはかとない疎外感を感じる。
孤立している感じはそればかりではない、かつての友達とか家族に会った時も、そのよそよそしい感じに耐えられなかった。
たった半年の間のことだ。
それまでは、仕事は真面目にやっていたし、誇るほどではないが、趣味を充実させる程度には収入があった。
友達は少なくはなかったし、実家に帰れば家族仲はよかった。
何が悪かったというのだろう? 何の天罰でこんな目に遭ったのだろう?
一度弱ると、次々にネガティブな感情が湧いてくる。
幸か不幸か、一人の人間の少女として振る舞う時だけそれらを忘れる事が出来る。
そうなると、一匹の元ドラゴンとなった時の気の沈み方は、より一層深刻となるのだ。
人間になるドラゴンが二人目ともなると、このあともっと出てきてもおかしくない。
そうなった時、自分の価値は何になるのだろうか? それとも、もっと暮らしやすくなるのだろうか?
栞に、また人間になってしまうドラゴンは出てくるのか尋ねてみる。
「そうね、半年の間に二人も出てきたからね。出てこないとは言えない。でも、何が原因なのか、いま必死に調べているところだから」
答えは案の定曖昧である。
私は、その事実をどう受け取ればいいのだろうか?
仲間が増えれば嬉しいのだろうか? 自分の苦しみを理解してくれる人を増やしたいのだろうか? もっと言えば、同じような苦しみを味わう何者かがほしいのだろうか?
もし、今後増えて行くような事があれば、国や社会は我々をどう見るのだろうか?
直哉にも尋ねてみる。
「ほら、俺、ヒトナーだから、人間が増えるのは歓迎だよ」
余りにも澄み切った瞳に、そんなことかと腹が立った。何を言ってやろうと考えていたら、更に続きを語る。
「ショタとロリは需要が違うでしょ? 鏡花ちゃんはそのままで十分可愛いんだから、心配することないぞ」
そう言って、私の頬に触れてきた。
これが、人間の感じる人間の肌触りか……少しだけ長身の彼の胸が目の前にある。
不思議な胸のざわめきを感じる。
立ち尽くしていると、直哉は半歩近付く。
もう、手を後ろに回す以外の事は考えられなかった。
そうして、ふたりぎゅっとする。
これが人間の匂い。これが人間の温もり。
気付けば、涙を流している自分がいる。
直哉は優しく頭を撫でてくれた。
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