第4話

 一週間後、身の回りで大きな変化があった。

 一つ目は、栞が様々なお偉いさんと一緒に会見をして、栞が俺の正式な保護者となった事だ。

 もう一つは、涼と栞と俺で三匹暮らしを始めたことだ。


 一つ目は、もうシンプルな話であった。

 法的な身分として、俺は栞の養子となった。この身体では出来る仕事なんて殆ど無いからだ。生活するためには仕方がない。

 もう一つは、様々な理由があってそうなった。


 例えば、元俺の家財をどうするのかや、栞の仕事の邪魔をいい加減出来なくなってきた事とか。

 確かに、このままでは、栞が学会や会議に出掛ける時も、横にちょこんと座る羽目になる。

 見た目は少女であるが、中身はおっさんなのだから、それはもう警戒されるだろう。


 涼は、金持ちでもあるし、亡き父母と同居した家を離れていない事もあって、部屋に余裕があった。

 彼女の俺を見る目つきから察するに、このことは彼女にとって渡りに船であったに違いない。


 服は相変わらず子供向けのものであるが、手先の器用な学生が、しっぽと背中の穴を縫ってくれた。

 どうやら、人間用の衣服や下着を発注してくれているらしく、その部分は感謝の言葉しかない。


 ただ、お風呂の時間は、栞と涼で交代で行うようになったのだ。

 今まで涼のことは性的な目で見ることはなかったが、なかなか積極的に自分の裸体を見せつけてくる。コイツ、本当に雄ドラゴンに興味がなくて、人間に興味のある変態なのだなと、嫌な印象しかない。

 バスタブは人間の少女が入るには深すぎるので、彼女に抱きかかえられるようにして入る事になる。

 当然というか、ほぼ意図してだが、スキンシップは過剰なほどになるのだ。


「なぁ、俺、戻れるかな? ドラゴンに」

 涼に尋ねるが、案の定、言葉を濁される。涼や栞にとっては俺は人間である方が都合がいいのだから。

 もし、戻れる道があるとして、それを見つけられるのは栞だろう。だが、それを見つけた時に素直に教えてくれるだろうか?

 そう考えると、この二匹からいち早く離れるべきだろうと言う意識が立ってしまう。だが、逆を言えば、人間の身体である以上、彼女たちは俺を害す事はない。もし、研究のために人間の身体が必要だとなると、俺の人権なんてどうだっていい連中も出て来るに違いない。はっきり言ってジレンマだ。


 その晩、彼女たちより早く床に入った俺は、なかなか寝付けないでトイレへと向かう。

 その時、リビングから漏れる言葉を耳にする。

「赤血球一つ見ても、形が全然違う。全く違う生き物になっている。

 だから、外科的にドラゴンに戻るっていうのは無理だって言っていい。

 勿論、ドラゴンから人間になる仕組みがあるから、その逆の仕組みがないとは言い切れない。研究次第だけど、どうなることか……」

 俺は、気付かれないように部屋に戻った。

 戻れない可能性については、気付かないふりをしていたに過ぎない。

 その晩はまんじりともできなかった。


 それからは、研究に対して興味を持つことがなくなった。期待しすぎて駄目だった時が怖いからだ。

 勿論、協力を求められれば素直に従うが、ガツガツとそれを求める気持ちにはならなかった。

 身体測定と採血は毎日。他の事は、日によっては何もなかったりするし、心理検査や知能検査、身体能力も調べられる時があった。

 それは素人目にも体系的とは思えなかった。その事が研究の進展のなさを教えてくれていた。


 本来ならここでヤケにでもなればいいのだろうが、暴れたところですぐに押さえつけられる――否、それどころか可愛い可愛いと笑われるだけに決まっている。


 待ち焦がれた専用の服も、フリフリの凄く可愛いもので、完全に二人の趣味だった。それに関しても、表向き嫌がってみたが、抵抗する気力もなかった。

 二人の撮った写真が、ヒトナーに共有されているのも薄々知っている。

 だけれど、この惨めな状況に対して感じるのは、ただただ無力感だけである。



 あれから二ヶ月が経った。もうそろそろ、自分は元に戻れないと腹をくくるしかなかった。

 そして、無気力であることを続ける体力も底をつく頃でもあった。

 もう、これは全てを受け入れるしかないのではないか?

 鏡を見れば、その姿は確かに愛らしかった。

 ヒトナーが思うような印象ではないだろうが、それは子犬や仔猫を見る時のそれだ。

 一人でいる時、鏡の前で愛想を振りまく練習を始めたのはこの頃だ。

 だが、それとてひと思いに踏み込めた訳ではない。

 静かな部屋で可愛い姿、可愛いセリフを考えている時、ふと寂寥感に襲われる。

 何をやっているのだろう? そんなことで自分の何が解決するのだろう?

 同時に、嫌々遊ばれるぐらいなら、こっちも楽しんでやるべきだと、自分を励ます内なる声にも遭遇する。

 何にしても、仕事も勉強も求められていないとなれば、こうした事で気を紛らさせるしかなかった。


 ある日、思い切って涼に抱きついてみた。

 ぐっと腹に顔を埋めると、涼は声も出ないと言う風であった。顔が見られたら、どんな表情だっただろう?

 何かが終わる気がした。

 それからは、二人や二人が紹介するヒトナーに甘えたりする事に迷いがなくなったのだ。

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