マイホーム
くにすらのに
マイホーム
「ついに……ついに手に入れたぞ」
買うと決めたその日から1年。あっという間だった。
頑張って稼いで、可能な限り節約をして、不要な物があったら迷わず売る。
コツコツ貯金をして手に入れた夢のマイホームを前に俺はガッツポーズを決めていた。
自分の性格的に喜びの感情を体で表現するなんてないと思っていた。だけど本当に嬉しいことがあると体は勝手に動いてしまうんだ。
「おめでとうございます。そして、ありがとう」
祝福とお礼を同時に伝えてくれた長い髪の女性。
彼女こそがマイホームを購入をするきっかけとなった人だ。
「待たせてごめんね。髪もずいぶん伸びた。とても似合っているよ」
「あなたに褒めてもらえるのなら待った甲斐があったわ」
「本当はもっと早く家を買えたのに、長い髪のキミを見たくて買わなかったって言ったら怒る?」
「うーん。どうだろう。えいっ!」
彼女はポカっと俺の頭を軽く叩いた。
ダメージを数値で表現するなら1というところだ。
全然痛くないし、それどころか精神的には回復すらしている。
ちなみにMではないのであしからず。
「お家(うち)を買わないと結婚できないしょ? 待たされた分はちょっとだけおこかも」
「ごめんごめん。でもわざと待たせた訳じゃないんだ。本当にお金がなくて……って、なんか甲斐性なしみたいで情けないな」
「私はそういう情けないところがカワイイって思うよ」
俺の横に並び立ち、そっと耳元でささやいた。
基本的にどこか抜けていてボーっとしているのに、時折見せる魔性な一面に俺はどんどん惹かれていった。
気付けば家を買って婚約するくらい彼女を好きになっていたのだ。
「最初の一歩は二人で一緒に。どうかな?」
「ええ。私達の新しい時間の始まりですもの」
「いくよ」
俺は左手で彼女の手を握り、右手でドアノブを掴んだ。
ゆっくりと息を吐くとこれまでの苦労が蘇る。
だけど、彼女から伝わってくるぬくもりがそんな苦労を吹き飛ばしてくれた。
「「せーのっ!」」
二人で呼吸を合わせて一歩目を踏み入れた。
「おかえり」
「ただいま」
「おかえり」
「ただいま」
お互いにただいまとおかえりと言い合う。
ここは俺の家であり、彼女の家でもある。
「なーんにもないね」
「はは。家具のことは考えてなかった」
家に比べれば家具なんて安いものだと考えていた。
だけど机に椅子にベッドにその他もろもろ。一つ一つの値段はたいしたことがなくても数が多ければそれなりの金額になる。
「安心して。家具は私が用意しておいたから」
「マジで!?」
「ふふふ。私はできる妻なのだ」
彼女が合図をするとどこからともなく家具が現れた。
ちょっとばかりファンシーな雰囲気が漂っていて俺が一人で使うのだったら恥ずかしいデザインだ。
だけどこれらの家具は二人で使っていくもの。
それに用意してくれたのは彼女なのだから趣味がそちら寄りでも文句は言えない。
「幸せな家庭を築いていこうな」
「うん」
俺達以外には誰も居ない家の中が静まり返る。
誰にも邪魔されない二人きりの空間。
視線が絡み合うと自然と唇が近付いていく。
―プレイヤー:リリア さんと結婚しますか?
→ はい
いいえ
現実に戻されるような無機質な選択肢が画面に表示される。
答えはもちろん「はい」だ。
このためにおうち時間でゲーム内の金を稼いだんだから。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! うちら本当に結婚しちゃうの!? 兄妹だよ!?」
「ゲームの話だろ? 結婚すれば固有スキルも使えるし、俺達はリアルで話せるから連携も取りやすいだろ。トップを目指すには結婚しかない」
「そうだけどさあ……」
「なら自分で金貯めて家建てるか? ちゃんと家具は返すから安心していいぞ」
「それはヤダ! わかったよ。お兄ちゃんと結婚する」
「はっはっは。まさか10年前によく聞いたセリフを今聞くことになるとはな」
「ゲームの話だもん! お兄ちゃんのバカッ!」
不肖の妹はバタンとドアを閉めて隣の自室へと戻っていった。
妹は休校やリモート授業が増えて、俺は完全リモートワークになりお互い家に居る時間が増えた。
昔はよく一緒に遊んでいたけど学生と社会人という身分の違いと年齢差からあまり話さなくなった妹とゲーム内で出会ったのが1年と少し前。
ゲーム内で恋をした相手が同じ屋根の下で暮らす妹だと気付いたのが半年前の話だ。目標金額の7割くらいを貯めていたのと、リアルで交流のある人間の方がゲームでも都合が良いからと言いくるめて今日(こんにち)に至る。
「まったく。なにが『せっかくだから新婚プレイしようよ』だ。アバターが可愛いからドキドキしたじゃねーか」
俺の部屋から悪態をついて出て行った我が妹はゲーム内で甲斐甲斐しくお茶を淹れている。
これがリアルでもできれば多少は小遣いでもやらんでもないのに、まったく困った妹だ。
「お兄ちゃーん! クローゼット用意するの忘れた。装備変更できないから買ってきてー」
ゲーム内のおしとやかな姿からは想像もできないうるさい大声が壁の向こう側から聞こえてくる。
チャットで入力するよりも直接話した方が早い。リアルの人間とオンラインゲームをするメリットの一つだ。
「おにいちゃーん! 聞こえてるー!?」
壁をドンドン叩きながら呼び掛ける様子はさながら借金取りのようだ。
話を聞く限りゲーム内夫婦のほとんどはマイホーム代を折半しているらしい。
愛のある結婚というより固有スキルや連携といったゲーム内でのメリットのための結婚だから当然と言えば当然だ。
要するに、どちらかと言えばゲーム内で借金を抱えているのは我が妹の方である。
だから俺はゲーム内のチャットで返事をする。
「金がない。一緒に狩りに行くぞ」
だってこれは、俺と妹のおうち時間なんだから。
マイホーム くにすらのに @knsrnn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。