テレビ

笹霧

テレビ

 母と別れて大学に入って一年と半年ぐらいは時間が過ぎた。人の少ない家賃も安いアパートの中で俺はごろごろとしている。今は大学の入学祝いで貰った薄いテレビで借りてきた映画を横になって眺めていた。

「つまんないな」

 映画が面白くないわけじゃない。ただ、心が退屈を尾野に訴えかけてきていた。身体を起こしてテレビのリモコンを探す。散らばっていたメモ帳やノートを脇にどけて遠くにあったリモコンを拾った。その時、テレビに異常が出る。

「固まった? なんでだろ」

 山場の途中と思うシーンでテレビは映像の出力を止めている。尾野はテレビを軽く叩いてみたりリモコンの電源を連打してみたりするが、数分してもテレビに動きは無かった。

「えぇ、なんだこれ」

 立った拍子に夕日が尾野を照らす。腕時計は午後6時を指していた。

「夕飯を買うか」

 リモコンを放り投げて尾野は靴を履く。上着を一枚羽織って外に出た。鍵をかけてドアノブが途中で引っかかることを確かめる。息を吐くとまだ白くはならない。

「もうこんなに寒いのになぁ」


「あ、テレビ」

 ドアの前に立ってようやく自分がテレビを点けたまま家を出たことに気付いた。まずかったかと、尾野は頬を気持ちだけ掻く。実際は両手に荷物なのでやるのは面倒くさいが。

「また怒られるな――っ……はぁ」

 尾野はドアを押した。買い物袋は重たくて、部屋に入ると同時に乱暴に落としてしまう。買い過ぎたとは自分でも分かっている。テレビにしてもそうだ。

「人任せというか、なんと言うか」

 他人が居ることに依存しているなと尾野は思う。一人暮らししてもう大分経つのにと乾いた笑いが漏れた。疲れて座った拍子に見えたテレビの画面は七色に発光している。

「はい?」

 部屋を照らす光はアニメで見るような超常現象めいていた。不思議と好奇心がかきたてられる光景。どこかで見た。というか読んだ。小説で。これは、期待しても良いのだろうか。そんな尾野の心を読んだようにテレビは発光を強める。液晶画面が歪み始めた。

「ありえない」

 そう口に出すのが精一杯だった。歪んだ画面からは指らしきものが出現し、次第に腕やつま先も出てくる出てくる。全身が出るのに1分もかからなかった。尾野は息を呑む。テレビから出てきたのは、男だった。

「なんでだぁ!?」


 男は一糸纏わぬ身体で這い出るようにテレビから出てきた。尾野は妖怪だろうかと考える。でも妖怪なら妖怪でサダコの方が良い。男より女の子だろう。

「あれ、サダコって可愛いような」

 でも、目の前にいるのは男。というよりも漢。上下の暑さがいかにも男らしい。覗き込んでいると漢が目を覚ました。見つめ合うこと数秒。

「ちっ、男かよ」

 そんなことを言いだした。

「それは……こっちのセリフだっ!」


 漢は真野と名乗った。裸では困るととりあえず貸した服はまるでサイズがあってない。何かのスポーツ選手だろうか。聞いてみる。

「え、違うけど」

「違うんですか? じゃあ」

「そんなことより飯はないかい」

「は?」

 腹の虫が漢から鳴る。平気でたかる気か、この人。テレビの精霊は尾野が以前想像していたものよりも現金な存在だった。

「カップヌードルね。チリ味のトマト」

 詳しいな、おい。……そもそもテレビの精なのか? ただのおっさんに見える。お湯を注ぎながら真野の顔を伺う。尾野よりもまず歳上なのは確かだ。だって上下が暑いし。テレビの前でテーブルに肩肘をつくテレビの精にラーメンを出すと彼はすぐに飛びついた。

「いやぁ、助かった! 3日は食べてなくてね」

「え、そうなんですか。というかそもそも食べる必要あるんですか?」

「そりゃそうだろう」

 漢はまるで分からないという顔。精霊も食事を必要なのか。いや、そうじゃない。

「そもそも、真野さんは精霊なんですか!?」

 真野はまじまじと尾野の顔を見つめる。

「なわけあるかい」

 そりゃそうか。そりゃそうだ。

「じゃあ真野さんは何でテレビから……?」

「ああー、そうか」

 真野はカップの底を見る。もう中身は食べ終わったようだ。

「じゃ、そいうことで」

「いやいやいや」

 尾野は立ち上がる真野の肩を押さえる。テレビの精霊じゃなければなんなのだろう。

「困ったなあ。ならあれはどうだい」

「あれ?」

「煙突から家に入って枕元にプレゼントを置く人」

「それサンタクロースですよね。プレゼントを置くどころか夕食を取られたんですけど」

 細けぇなと真野は頭を掻く。尾野にはどう見ても彼は人間に見える。だけどテレビから出てくるのが人間か?

「ちなみに、時間制限とかあるんですか。帰らないといけない、みたいな」

「深夜の12時までにか」

「ええ」

「おっさんだぜ」

 シャツをはだけて胸板を見せてくる。尾野は暑苦しいと手を振った。

「シンデレラはもういいです」

 真野は残念そうに前を閉じた。なんで残念そうなんだ?

「ま、もう帰らにゃな」

「あ、そうですか。……テレビからですか?」

「いやドアから」

 無言が2人の間を流れる。帰りは普通なんだ。真野は立って玄関に向かう。

「あ、あの」

「ん……ああ、大丈夫だ。いつか会えるさ」

 テレビの精はかっこのつかない格好で部屋を出て行く。慌てて外に追いかけてももう居ない。別に寂しいとかそうじゃない。尾野はポケットから財布を取り出した。

「夢にならないかなぁ」

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テレビ 笹霧 @gentiana

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