第11話

 祖父の指導は厳しかったの一言に尽きる。

 とにもかくにもスパルタ一辺倒で、できて当たり前、出来なきゃ能無しとでもいうように罵り、教わったことを一度で身に付けなければ拳骨と蹴りが飛んでくるのが当たり前の指導だった。

 本で目にした山本五十六の教えを見習ってほしいものだと何度憤慨したものか。

 そんな横暴極まる祖父のもとで、冬の間は木に触れる機会はなくひたすら基本的な紐の結びの練習をした。

 これまで蝶々結びか方結びくらいしか知らなかった僕は、祖父がみせる数々の曲芸のようなシュロ縄の結び目に何度も驚かされた。



「これを全部覚えるんだ。わかったか」

「ぜ、全部ですか?覚えられるかな……」

「そんな弱気でどうする。覚えられるかではなくて覚えるんだ。こんなの猿でも出来るわ」

 そういうと廊下をフラフラ歩く父親を眺めながら、「その猿でもできることがあいつにはできないんだがな」と、あからさまに聴こえるように言った。

 父はこちらを横目に見ながら、屋敷の中をあっちにいったりこっちにいったりしている。今日もまたあの人を探しているのだろう。

 祖父は大きくため息を吐くと、居住いを正してから僕のことを正面から見据えた。


「いいか、お前は筋が良い。だが集中力が足らん」

「申し訳ございません。以後気を付けます」


 そうは言われても、自分としては言われたことを一生懸命にこなしているつもりだった。

 そもそも好きでもなんでもない庭師の仕事を継げと言われて、「はい。わかりました」と二つ返事出来るわけでもないのに祖父は五代目になるのは僕しかいないと意気込んでいたのがそもそもおかしい。

 厄介なことに、この小さな村ではどんな些細なことでも翌日の朝には広まってしまう。それが真偽関係なくだ。

 そんな閉鎖的な環境では隠し事など土台無理な話で、僕が支倉造園の五代目を継ぐという偽りの話はあっという間に椿村の端から端まで伝わってしまった。


 変化のない生活を送る村人には、三流ゴシップ紙にも載らないような話題ですら好機の話題のタネになる。あちこちで好き勝手いうものだから困り果てていた。


 人の将来を勝手に決めるなと、不貞腐れながら竹垣に使う丸太の表面をバーナーで熱していると、祖父の言っていた言葉を思い出す――


「そうか……とうとうお前に移ったか」


 あの言葉はいったい何を意味していたのだろうか――さりげなく祖父に探りを入れてみたものの、決まって有耶無耶にされるだけでしつこく聞こうものならお決まりの鉄拳が飛んでくる。

「お前は……知らなくて良い」

「なんでですか?こんなの理不尽です」

 思い出すと殴られた頭頂部がまだ痛む。あの年で一体どんだけ力があり余ってるのかとたんこぶをさすっていると、あの赤い着物を着た女のことが頭をよぎった。


 時折り姿を現すあの女の人は一体なんなのか。どうして父には姿が見えないのか。そして――どうして父はあそこまで

 現状わからないことばかりで、僕はそのうち考えることをやめた。

 ぜる音を立てながら焼かれていく真っ赤な丸太を見つめながら、必要以上に焦がさないよう気を付けて丸太を回転させる。

 表面が黒く焼けてやっと火入れを完了させると、自分を呼ぶ声に気づいた。


「おーい五代目ー」

「なんだ、流星じゃんか」

「僕たちもいるよ」

「そうそう」


 垣根から顔を覗かせているのは、真琴と崇、それに流星だった。

 引っ越してきたばかりの頃は、流星は僕にたいして都会から来たというだけで目の敵にしていた。

 流星に事情はあったものの、幼馴染みの真琴と崇は仕方なく流星側についていた。

 おかげで外様の僕はやむなく孤立していたのだが、今では嘘のように四人でつるむ時間が増えていた。

 放課後もこうして祖父の目を盗んでやって来ることが多いのだが、なんで打ち解けるようになったのか――答えは簡単だ。

 流星が僕を目の敵にする必要が無くなったから――つまりは流星と同じようにだ。

 母親の真意は知るよしもないけれど、この家も、父のことも、もう耐えられないと言い残して出て行ってしまったのだ。

 当たり前の話だけど僕は悲しかった。大好きな母が出てってしまったのだから。だけど、それ以上に変わってしまった父が不甲斐なく、そして情けなかった。

 流星は流星でそんな僕に同情したわけではく、自分とところまで落ちてきた僕を目の敵にする必要が無くなっただけ、というのが気にくわない。


「今日はなにして遊ぶつもり?」

 流星に訪ねると真琴が口を開いた。

 今日は違うのと前置きをしてから、

「あのね、県警からきたっていう刑事さんがスーパー田中のおばさんに事情聴取してたらしいよ」とまるで井戸端会議をするおばさんのような顔で話した。

「警察が?この田舎に?」

 スーパー田中とは椿村唯一の商店だが、スーパーといってもコンビニを少し大きくしたくらいの店舗で雑貨屋に近い。高齢のおばあさんが一人で経営してるのだが、どうやらそのスーパー田中に二人組の刑事が訪れたと真琴は目を輝かせていた。

 この村に来てから事件トラブルらしい事件もなかったのだが、こんな田舎に一体なんの用があって訪れたのだろうか。わざわざ出張ってくるくらいなのだから何かの事件に関わっていることは間違いないのだが、それがなにか想像もつかなかった。


「でもさ、田中のおばあちゃんは良い人だよね?」

「うん。よく駄菓子とかタダでくれるし」

 崇が言う通り、田中のおばあさんはこの村でも数少ない良い人だった。子供には無条件に優しくしてくれる徳の高い人だったが、そんなおばあちゃんが何か事件を起こしたとは到底思えない。


「俺、近所のおばさんが立話してる会話を聞いたんやけど、刑事は田中のばあさんが目当てじゃないゆうとったぞ」

「どういうこと?」

 意味ありげに話す流星に尋ねると、少し顔を強ばらせて話を続けた。

「なんや刑事は誰かを探してるらしい。その探してる人間がこの村を訪れてから消息を絶ってるってゆうてたらしいで」

「え?家出とかかな」

「いや、家出程度じゃ警察は人手を使って探さないはずだよ」

 真琴の疑問に僕はドラマで聞いた知識をさも知ってるかのように話すと、三人とも疑いもせずに頭を捻った。


「でも、なんでスーパー田中に寄ったんだろ」

「買い物に立ち寄った可能性があるからじゃない?」

「じゃあさ、田中のおばあちゃんに直接聞いてみようよ」

「そうだな。俺達で解決しよか」


 崇の提案に三人は勝手に盛り上がり、話の流れで僕も参加しなくてはならなくなった。

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