ninety


「下手な口論はやめましょう。どのみち現実的で、実効性のあるのはその人の言った方法しかない。シモーネ・ベルがただちに見つかるのならいいですが、みつかったとて、国王がそれで溜飲を下げるとは思いません。処刑される女が一人増えるだけですよ」


 クライネが言い切ると、ローゼは彼女を見て黙った。やがてローゼは意を決したような表情を浮かべて、私に向き直った。


「菜月、私は最初、あなたのことが憎たらしくて仕方がなかったし、暇さえあれば殺してやってもいいと思っていた。でも見ていれば、ただ気が狂った女だとは思えなくなった。貴女はたしかに周囲とは違うけれど、年相応の少女でしかない。ほんの少し前までなんら重要なことなんか知らず、世の中飄々と生きていればそれでよかった女の子だったのに、でも貴女の言うように、神に呼び込まれてこの世界に来て、そしてこういうことをしなければならなかったというのには、私は貴女自信ではなく貴女をそうしたあらゆることに腹立たしく思うんですよ」


 ローゼの声はいままでにないほど穏やかで、私は疲れた脳で、ほんの少し驚いた。年上の姉のような口調で、私を責め立てることなく、私の瞳や頬を見る。


 私が驚いたのは、ローゼが言葉を用いて私に向き合うことと、そして、彼女の言うのが、私が誰かに対して思うようなことと、似ていたからだった。私がただの憂鬱な女であることから抜け出していくのと同時に、ローゼもまた変化していた。


「もし本当に、貴女が運命に抗って、神全部殺して、世界の覇者になるんなら、その手伝いを私にもさせなさい。クライネ、貴女もそう思わない? 貴女もまた、神の被害者でしょう」


 髪の被害者。禁呪の罰のことを言っているのだろう。ローゼの問いに、クライネは首を振った。


「私の受けたのは、被害ではありません。正当な裁きです」

「それはそうね。でももし、それがこいつみたいに――」ローゼは私を親指で差し示した。「予定された運命だったら、どう思う?」


 風が吹き荒ぶ。投げ置いた魔女帽が攫われていきそうになるのを、クライネは足で踏んで止めた。


「神が死んで運命とやらが消えれば、みんな幸福になるのですか?」

「分からない」


 答えたのは私だった。


「分からないけど、でも、神のせいにしなくて済む。私たちの不運や不幸、惨めさが、誰のせいでもなければ、私たちはずっと、自分で自分を認めていられる。誰かに形作られた人生なんて最悪だ。運命と呼ぶべきものは、きっとそういうものじゃない。誰かに操られているんなら、それは死んでるのと同じ。自分の足で立って、それで全部綺麗に受け止めて、喜んだり病んだりするのが、生きるってことの、全部でしょ」


 クライネはなにも言わない。興味もなさそうに、飛んでいきそうな帽子の靡くのを見ていた。


「後悔なんてしたことないって、この口で言いたい」


 でも、私がそう言うと、その瞳が不意に輝いた。銀色の光が駆け抜けて、彼女の生涯に倒れ込んだような気がした。クライネが私を、初めて見付けたみたいに見る。


「どうせ死ぬなら花のように死にたい。一度絢爛に咲いて、色んな人に好かれて、大事にされて可愛がられて枯れていきたい。でも、神がいて、そいつが運命を作っている限り、私たちはずっと、枯れない造花の浅ましい姿のままだよ。造花なんて嘘だし、星を映す機械も嘘。みんなを亡霊にしないためなら、私が一人で背負い込んで、消える。ローゼ、クライネ、手伝って。私が処刑されたあとに、二人が――」


 言い切る前にローゼは立ち上がって。首を横に振った。


「残念ですが菜月、私は貴女の言うことが、半分くらいしか理解できていません。なにせうちは代々信心深い家系なんです。だから神殺しなんて大層なことやったら、実家に顔を出せません。それをやるのは貴女です。――途中まで、貴女の言う通りにしましょう。菜月を戦利品として王国に寄越します。でもそのあと、貴女は死なない。処刑もされない。処刑されるのは、別の奴がいい」

「――そんなの、どうやって」

「私には、天才の知り合いがいるんですよ。人探しや説得、推論から料理もできる先生が。存じ上げないなら名前を教えて差し上げましょうか。イル・ルイーズというんです」

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