eighty-nine

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「私を信頼してくれてるんでしょ、ローゼ。だからそんなに怒るんでしょ。姫君の信頼を勝ち取ったのも、偶然や姫の酔狂じゃなくて私になにかの光があると思ってくれたからでしょ。でも、私はいつも私の想像以下を走ってしまう。分かるでしょ? その感じ。自分に期待して走ってみたら、たいてい期待以下じゃない? だったら自分に夢なんか見ずに、闇雲に力を奮うしかない。私にはなんの力もない。無力なの。でも、無力だからこそ全力を奮っても誰も傷付けないでいられる。誰かのために生きるのは初めてなの、ローゼ。手伝って。王国は負ける。負けると言いたくないのは分かる。そういう虚勢の張合いだって分かってるくせに、国家の犬みたいになって思ってないこと言わないで。姫は孤独な塔で生涯を終えて死ぬって」

「なにを根拠に、そんなこと言うんです」


 クライネが私を見下ろして聞いた。


「神が言っていた」

「禁呪を使ったのですか。ああ、さっきも使いましたね。時間の神?」


 頷いた。


「罰は? 神がなんでそんなこと貴女に語るの」

「罰は、私の存在それ自体」


 クライネは首を傾げた。ローゼは剣をしまって座り込む。この世界では、神の信じる信じないの論争はない。実際にその目で見られるからだ。だから私の話を一息に嘘だと指摘できなかったし、ローゼもクライネも、人の話を疑える人間だった。


 疑いを持たない純朴な人間の方が簡単に口に乗せられると思うが、実際にはそうではない。十分な審美眼を持つ人間が確かな重みを持って認めた事実の方が、よっぽど役に立つ。


「あなたたちが私の痕跡を辿っても、出生地すら分からなかったのはそれ。私がこの世界にぽんと現れたから。そしてその謝罪に、時間の神は私に自分を殺すように言った。言われたとおりにした。だから罰はもう受けない。餞別か知らないけど、いくつかのことも教えてくれた。戦争が起きることと、それに対する手段」

「自分を戦利品にするのも、神の指図?」


 私は一度黙りこくって、首を横に振った。ローゼは最初に計画を聞いたとき、私を蹴飛ばしてしまった。罵倒もやった。いま私がその通りだと言うと、彼女はそれを後悔するだろう。


「……貴女を連れて行ったとして、その先でどんな目に遭うか分からない。貴女のことは誰も庇えないわよ。連れて行ったあとは私の手を離れて、中央の憲兵の手に渡る。貴女は顔がいいから、男の兵士の慰み者になるかもしれないし、最後には街の真ん中で焼かれたっておかしくない。焼かれて死ぬのは溺れて死ぬことの次に苦しいらしい。連れて行けと? それに加担しろと?」

「加担して」

「クライネ、帰るわよ」

「待って!」


 ローゼの腕を掴む。


「優しくしないで、ローゼ。最初に会った時みたいにしてよ。どうせ捕まるならローゼに捕まって王国に帰りたい!」


 ローゼは私の腕を振り払って髪を引っ掴んだ。


「ふざけないで! 手のこった自殺に付き合う気なんかないわよ!」


 至近距離で目が合う。髪で持ち上げられて見上げる私を、ローゼの凍った瞳が見ていた。


「……貴女、シモーネはどうしたの」

「分からない。泣いてるのを放って帰った」

「あいつだって戦利品だわ。あれを探す」

「シモーネはもうなにもしないよ」

「じゃあ大人しく捕まってくれるわね。出頭しなきゃ貴女を処刑すると喧伝する」

「それこそそんな権限ないでしょ、ローゼ。そんなことしたら、国王にその意図が露見してあなたが殺される」

「死に場所を探しているのが自分だけだとでも?」


 ローゼが私を離す。


「…………」

「焦れったいですね、ローゼ」


 クライネが声を上げた。


「なにを躊躇するんです。敵自ら魅力的な提案をしてるんですよ」

「貴女には敵に見えるの、クライネ」

「ローゼがそんなこと言うだなんて思いませんでしたね」

「貴女には敵に見えるの、クライネ」

「見えます。愚かな魔女に見えますよ」

「愚かな魔女でいえば貴女も同じでしょ」

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