seventy-three


 宿に帰ると、リタは快復して部屋に運ばれてきたディナーを貪り食っていた。彼女は私たちに気が付くと目を輝かせて、母親に今日の思い出を話す幼児のようにテーブルを指さした。


「あ、おかえりなさい! 菜月ちゃんとエイミーさんの分も運ばれてきてるよ」

「え!?」


 そこにはきらびやかな食器があり、さらにその上にはまた鮮やかなオードブルが陳列されていた。そうだった。ここは高級ホテルだった。ディナーが付いていてるのが自然だ。なんてことだ。私の腹はもう膨れてこれ以上なにも入らないと言うのに。豪勢なご飯は、満腹時には百円のカップラーメンと同じ価値になるんだ……。


 ちらりとエイミーを見る。そして目が合った。彼女はにやりと口角を上げる。


「菜月さん、もう入らないんじゃないですか」

「いやもうまったくその通り……どうしよ、夕飯済ませてきちゃったって言って下げてもらおうかな」

「えー! 二人外で食べてきたの!? 私を置いて!? 信じらんない! ち、ちょっと待って、私三人分食べなきゃだめ?」


 リタの表情は百面相みたいにすぐ変わる。あたふたしたリタに首を振って、エイミーがその狼狽を制した。


「いえ、お二方、その必要はありません」

「エ、エイミー……?」

「エイミー、まだいけます」

「まじ!?」


 この子、異次元どころか胃の中にブラックホールがあるんだ……。私はなにも言わなかった。結局、エイミーとリタが1.5人分の食事をするのを、私は水を飲みながら見ていたのだった。



「ベッド、二つしかないですね」


 薄々気付いていたが、わざわざちょうど三人用の部屋を用意しているホテルは少ない。セミダブルくらいのベッドが二つ、ちょっとした間隔を挟んで並べられていた。


「私、床で寝るけど」

「えー! 菜月ちゃんを床で寝かせるなんて有り得ない!」

「リタさんの言う通りです。きっと寝られずまた朝まで起きてるのですから、せめてふかふかの羽毛の上で身体を休めてください」


 私の提案は即却下。リタとエイミーの関係はどんなもんだろうかと思っていたけれど、それなりにうまくやれてる。エイミーから聞いた話では、私の見ていないところで、いざこざもあったみたいだけれど、こうして意見で寄り合えるのだから二人とも人間関係が上手だ。


「そしたらいつも通りにするか」

「いつも通り?」


 リタの問いに頷く。


「私がエイミーと同じ布団に入る」

「は?」


 リタは低い声で聞き返して、エイミーを鋭い目で見た。


「へえ~、私だけ仲間はずれなわけですか。へえ~。菜月ちゃん。いつも二人で寝てるの? じゃあ今日は私ね」

「いいえリタさん、菜月さんは私と寝ます」

「やだ! ご飯も誘ってくれなかったし意味分かんない!」

「それはリタが船酔いで死んでたからでしょ」

「菜月さんのおっしゃる通りです」

「エイミーさんなんかクライネのところに行けばいいじゃん! ちゅーしてたし!」

「なっ……!」

「エイミー、クライネさんとまたちゅーしたんだ」

「しま、しま……しましま……」


 しましま……?


「で、ですがあれは仕方なかったことです! 元はと言えばリタさんがクライネさんを変に煽り立てたところから話が拗れて私がああせねばならなかったのです!」

「言い訳じゃん、くそ言い訳」

「くそ言い訳!? 筋の通った理屈ですけど!」

「やめてー、私のために争わないでー」

「菜月さん!」

「菜月ちゃん!」


 二人の顔がずいと私に寄る。

 これはあれだ。

 修羅場だ――。


「どっちと寝るか選んでください」


 どちらと同衾するか、この場ではっきりさせろと言われたら全然エイミーを選ぶけれど、リタのこともまた無下にできなかった。この子はわざわざ共和国から私を探しに王国の城まで来て、私たちの旅に協力してくれている。それに、夕飯に誘えなかったのもそれなりに悪いことのように思えていた。


「分かった。私が真ん中ね」


 三人で寝ることにした。

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