sixty-seven


「私、なんでエイミーさんが菜月ちゃんといるのか分からない」

「え?」


 リタと名乗った女の人は、何杯目かの珈琲を口に運びながら、不意に言った。じっと黙り込んで向かい合って、なにも話さないまま数時間も過ぎたあとだった。


 薄暗く、淡い橙の輝石が照明としてぶら下げられている店内には、壁に何かしらの車輪が飾られている。意図は分からなかったが、たぶん店主の趣味なのだろう。店員は怪訝な顔で私たちを見る。珈琲を運ぶ度疑り深い目を向ける店員に、リタさんは一度だけちらりとギルドで発行される小切手を見せ付けると、それ以降店員は態度を朗らかにした。


「だって、あなた魔法もろくに使えないんでしょ。あんなに可愛くて才能のある人が、なんでエイミーさんのこと連れ歩いてるの?」

「それは……」

「もっと魔法の操れる人、探してるんじゃないかな」

「そんなこと……! 菜月さんは私と、そういうことを抜きにしていてくれるんです」

「ほんとに? じゃあどういう理由? 菜月ちゃんが誘ってくれたの?」

「……そういうわけでは、ないですけど」


 自分の声が萎んでいくのが分かる。たしかに、私は菜月さんに誘われたわけではない。むしろ置いて行こうとした菜月さんを追い掛けて、連れて行って下さいと頭を下げたのだ。遠くで食器のぶつかり合う金属的な高い音が響き続けている。


「エイミーさんが無理言ったわけ?」

「無理かどうかは――、たしかに、私が連れて行ってほしいと申し上げましたけれど」

「じゃあ、別に好かれているかどうかも分かんないのね。失敗したな。人質にしたのに。迎えに来るほど愛してないんじゃ、仕方ない」


 会話が止まる。気まずいと言えばまだましな沈黙に包まれていた。リタさんは何度も数え切れないくらいの溜め息を吐いて、私を幾度もうざったそうに見つめていた。実際、菜月さんが城へ入っていって何時間も経ち、もう夜も更け始めている。もう少し早く迎えに来てくれるものだと思っていたけれど、そうではなかったらしい。喫茶店を探すのに難儀しているとも思えない。そうでなければきっと姫さまへの報告に時間が掛かっているとか、もしかすれば身体をどこか悪くしたとしか考えられないが、けれど、それが私にとってずいぶん甘い考えであることも確かだった。


「来てくれます、きっと」


 手を固く結ぶ。テーブルの上で自分の指が白くなっていた。根拠もない台詞だ。自分の言うのが単なる願望でしかないことは、よく分かっていた。菜月さんの姿が瞬きをする度に浮かんで、開く度に消える。リタさんの呆れた顔が、私の心臓をぎゅっと締め付けた。


「でも来ないじゃない。はーあ、掴めないお人。闇に黒い絵の具、よく言ったものだわ」


 思わず反応した。


「――検証したって言ったって」


 首を傾げて私を見る。


「結局、菜月さんの表面的な、記事に書かれたことしか知らないじゃないですか」


 私が言うと、リタさんは妖艶に目を細めた。珈琲を口に運ぶ。遠くの席で葉巻を燻らせる男の人の吐いた煙が、こっちの席にまで届いていた。


「どれくらい菜月ちゃんと一緒にいるの?」

「三ヶ月ほどです」


 リタさんはくすくすと笑って、音を立ててカップを置いた。横に立て掛けられた魔法の杖の先に、空いた手を転がす。


「それで知った気になってるのも、割かし滑稽じゃない? もしなんでも分かるって言うなら、いま現にここに姿を見せない理由を教えて」

「……事情があるんでしょう」

「事情ね」


 口内が乾くのを感じる。舌で湿らせて、リタさんの胸元を見た。


「実際、私たちはいま難しい問題に直面していて、姫様の助けがいるのです。菜月さんは骨を折ってこの状況を何とかしようとしてくれている。――迎えには来ます。必ず。どれだけ遅くなっても」

「あっそう」


 会話が止まる。しばらくしてから、リタさんはまた口を開いた。


「いずれにしても、今日一日現れなかったら、私、あなたのこと用済みだからね、エイミーさん」

「用済み?」

「うん。死んでもらう」


 色もない声に、私は思わずがたりと音を立てて席から腰を上げた。そして、後ろから声がしたのはその時だった。

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